錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハ

0 ①

 異相の神であった。

 燃え盛るかがりに照らされて、巨大な身体がにびいろに輝く。たくましく鍛え抜かれた筋骨はりゆうとしてたくましく、背から伸びる六本の腕はその手に、生々しくいろどられた心臓、腎臓、肝臓、ぞう、肺をそれぞれ持ち……残る一本の腕で、天をやりを握っている。

 眼をき、裂けたように巨大な口で笑うその形相は、人の背から見上げるその巨大さも相まって、まさしく人の世をらわんとするじんそのものである。

 その、神像へ向けて。

 広い神殿に、それでも押し込められるようにひしめく僧侶たちがその身を投げ出し、一心不乱に経を唱えている。フード付きの僧衣からのぞく顔や首には、びっしりと文字のいれずみが施されており、そのいずれもが、何らかの経文を示しているようであった。


(おん、きゅるべいろ、けるはしゃあ)

(おん、はるきゅいろ、けるはしゃあ)


 僧たちの唱える経の、その個々はささやくようであるものの、三百をゆうに越す信者たちが一斉に唱えるそれは、さながら闇の中をいずるうめきのようである。

 そこへ。


「五臓を、神前へ」


 やおら神殿の扉が開き、真紅のローブを着た教祖らしき者の声が、おごそかに告げる。信者達は示し合わせたように退き、祭壇への道を作る。

 教祖に続き護衛のそうが二人、それに次いで、薄布をまとった幼い少女が一人、やはり二人のそうに脇を固められ、祭壇へ歩いて行く。


「おん、あすぱる、しゃだ、かるな……」

「「おん、あすぱる、しゃだ、かるな。おん、あすぱる、しゃだ、かるな……」」


 祭壇にひざまずいて祈る、教祖とそうたち。後を追うように、ひれ伏す僧たちも次々に新たな経を唱え出し、神殿の中はにわかに異様な熱気に包まれてゆく。


「お……おん、あすぱる……しゃだ、か、かるな……」


 その祈りの中央、祭壇の前にひざまずく少女は、全身をかたかたと震わせながら、やっとのことで喉から経を吐き出している。それを横目に立ち上がった教祖の赤いローブから、鋭い短剣がぎらりとのぞく。そうが差し出すにびいろの薬液のつぼにぬらりとそれを潜らすと、少女の腕を取り……短剣のつかを、その手にしっかりと握らせた。


「先のは、一つ。先先のは、二つの臓を抜くまで、生きておりました。己の信仰をもってささげれば、それだけ……の魂は、清きりんに昇華されましょう」


 少女の息と震えが一層荒くなり、たまのような汗が幾筋も首を伝った。薄布をはだけ、そうに支えられた少女は、徐々にその短剣を自らへ向け、そのすべらかな腹へとあてがう。


「……あ、ああっ……! はっ! はっ! はっ!」


 なかば狂的に燃え上がる信者達に聞こえぬよう、教祖がそうの耳にささやいた。


たびは、もうひとつ信心が足らぬ様子。お力添えせよ。死ぬ前に、二臓は抜け」


 うなずそうの横で、汗だくの少女の柔肌に、つぷり、と短剣が食い込み、僅かに血をこぼす。


「い……いや……やっぱり、私……!」

「整った。……神前に、五臓をささげよ」

「嫌ぁ──っっ! 誰か、助けてぇ──っ!」


 少女が悲鳴とともに握った短剣を振り回し、それがそうの目をえぐった。よろめくそうの隙をついて駆け出す少女はしかし、一心にきようする信徒たちの壁にはばまれ、そうにその足首をつかまれて転倒してしまう。


「止むをえん。苦しまぬように」

「は」

「嫌、やだぁぁっ! お母さん、お姉ちゃんっ、助けてぇぇ───っっ!」


 押さえつけた少女の首へ向けて、腰からずらりと抜いたそうの剣が振り上がり……

 振り下ろしざまに、べぎん! と、音を立てた。


「……ぬおっ、これは!」


 そうの剣は、娘の首の手前で空を切っていた。風を裂いて飛んだ一筋のせんこうが剣の腹を捉え、その刃を根本からたたったのである。

 そのあまりに美しい剣の断面に、そうがわずかに心を奪われた、その一瞬の後、

 ぼぐん!

 剣のつかから勢いよく咲き誇った真っ赤なベニテングダケが、発芽の勢いでそうの身体を思い切り吹っ飛ばして、神殿の壁にたたきつけた。


「異教徒!」「僧正をお守りせよ!」


 教祖を守ろうと集う僧侶の上を、赤色のせんこうが飛び越し、背後の神像の胸に深々と突き刺さる。神像をまたたくまに赤い菌糸の網が覆い、ばがん! ばがん! とその身体を割って、真紅のキノコがいくつも咲き誇った。


「あ、ああっ、しようてんさまがっ!!」


 僧の悲鳴とどよめきをそうが押さえつける中、ひときわ強いいつが神像の鼻っ柱に突き刺さり、

 ばっ、がん!

 すさまじいキノコのさくれつで、その顔面をまるごと消し飛ばしてしまう。

 砕け散った首の上、キノコの傘に、壁を跳ね飛んで人影がどすんと降り立ち、その首元からがいとうをばさばさとはためかせた。

 炎のようにゆらめく、赤い髪。ぎらりと光る緑色の瞳。右目を覆ういれずみが、かがりの明かりを照り返して赤く輝く。

 さながら修羅、いや、荒神のかんろくのそれが、ごうのごとき気迫をみなぎらせ、その場の全ての人間を恐怖ですくめさせた。


「てめえらのごうを、子供の命であがなおうってのか……!」


 怒りにえれば、牙のような犬歯がのぞく。


「そんなに、もつが欲しいなら……! てめえの首でも、供えていやがれェッ!」


 雷鳴のような怒声が神殿に鳴り響き、無数の僧の心胆を稲妻のように貫いた。


「あ……アグニだ」「スサノオだ!」「しようてん様が、お敗れになられた──ッ」


 悲鳴を合図に、雪崩をうって逃げ出す信者たち。制止するそうたちすらのみ込んでゆくその人の海を逆走し、祭壇へ向けてひらりするりとすり抜ける、一人の僧がある。


「油断するな、もう一人いるぞ!」

「異教徒め、教祖様が狙いかァッ」

「ごめん、寝てて!」



刊行シリーズ

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錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
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