錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハ

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 躍りかかるそうの斬撃をやすくかわし、ひねった身体をひるがえしてそのまま顎を蹴り抜けば、吹き飛んだそうの身体がごろごろと転がり、かがりにぶつかって炎を横倒しにする。

 体勢を立て直した僧侶のフードが脱げ、中から絹糸のように柔らかな空色の髪が、ふわりと躍った。肌は透き通るように白く、女性とまがう童顔のその左目の周りだけ、パンダのように黒いあざで囲まれている。


「あ、あなた……だれなの……!?」

「通りすがりの、お医者さんだよ。通りすがって、よかった!」


 一度、にこり! とはじけるような笑みを浮かべて、パンダ少年は娘を抱きかかえる。そのまま、襲いかかるそうたちを二人、三人と蹴り飛ばして、神像の上で狂ったように矢を放ち続ける相棒に叫びかけた。


「ビスコーッ! やりすぎ! エリンギで逃げるよ!」

「この像の胸から咲かす! 3カウントでいくぞ、3、」

「2、」


 ミロは娘を抱えて神像の腕を跳ね飛び、相棒のもとへ着地する。

 そして背中合わせに一言、


「「1!」」


 と叫んで、ビスコが突き刺した紫色の矢を、二人して思い切り踏み抜いた。

 ぼぐん!

 神像の胸から斜めに伸び上がったエリンギは、三人の身体を神殿からはるか彼方かなたへとはじばし、そして……

 もう、それっきり、何も起こらなかった。散々に破壊された神像から、ぼん、ぼん、と断続的にキノコの咲く以外は、まるで今の一幕が幻であったかのような静けさである。


とくしんやからめ……! 悪鬼か、修羅か……」

「…………。」


 逃げ惑う信者にまれながら、そうたちは疾風はやてのように去ったその脅威におののき……教祖は神像の有様を眺め、赤いフードの奥に、その瞳を苦々しくゆがませた。

 そこへ……


「天啓、と、言えましょう」


 きらびやかな装飾を施した白色のローブをまとう小さな影が、そうの隙間をするりと歩み抜け、横倒しになって燃えるかがりに照らされた。


「……あまさま! なにゆえ、このような所へ……! 危のうございます」

「お前も見たでしょう。神体の打ち砕かれる様はまさしく、しようてんごんしゆう、滅びの暗示。お前も父に忠義立てすることはない、早々に、宗派を見限りなさい」

「滅多な事を申されますな。馬鹿者、お前達がついていながら……!」


 教祖のとうを受けるそう達は一様にうなれるばかりであり、それはこの白ローブが、何者も意見することかなわぬ、高位の僧であることを表していた。


「ご心配めされますな、たかが、偶像を破壊されただけのこと……さあ、こちらへ」


 手を引く教祖にあらがうことなく、白いローブはしずしずと歩き、一度、振り返って……


「……きれい──」


 神像を食い破って咲くキノコが、夜に淡く光る様を見て、紫色の瞳を輝かせたのだった。






「きゃあ────っっ!」


 娘の悲鳴が放物線を描いて夜の闇に歌う。三人は神殿を見下ろす小高い丘の、そのまっさらな地面にたたきつけられようというところで、横合いから飛び上がった巨大な甲殻類に抱え込まれ、それに守られて丘の上をしばらくゴロゴロと転がった。


「……ぷはっ! ありがとう、アクタガワ!」

 ミロは言って、自分たちを守った巨大なかに・アクタガワの腹をでてやる。そしてもう一度、屋根を落とされてさんたんたる有様の、先の神殿を丘から見下ろす。


「あーあ。ビスコ、派手にやりすぎだよ! 神像まるごと、ぶっ飛ばしちゃうなんて……」

「けぇッ。子供の腹、さばこうとするようなやつらに、やりすぎもクソもあるか」


 ミロの隣に立って、ビスコが苦々しげに神殿を見下ろす。


うつとうしいんだよ。大の大人が寄ってたかって、人形相手にペコペコしやがって」

「……でも、確かに潮時だったかもしれないね。もうあの宗派は抜け殻だよ。不死僧正の手がかりは、残ってないみたいだった」


 ミロは言いながら振り返り、アクタガワの足元で気を失っている、少女のもとへ歩み寄る。未熟な身体を自ら抱きしめるその顔には、真新しい涙の跡が伝っている。


「こいつの身体には、例のいれずみはねえな。だったからか?」

「あっ、こら! 見ちゃだめだよ、けがれなき乙女の身体なんだから!」

「なあにが、ガキの裸ごとき……あっ、てめえはいいのかよ!」

「医者ですから。ほらあっち向いて! しっしっ」


 むくれるビスコを背後に、ミロは少女に数本のアンプルを投与していく。恐怖に震えるようだった少女の寝息はやがて穏やかになり、こわばった表情も平穏を取り戻してゆく。


「外傷はないけど、精神的な原因で、萎縮がひどい。よっぽど強力な信仰を植え付けられたんだね。自分のぞうを、自らささげようとするなんて……」

「魂まで染まりきったわけじゃねえだろう。嫌だ、って言ったからな。助けてとも言った。だからそうしただけだぜ。言われなきゃ放っといた」

「よく言うよ! どっちみち助けたくせに」

「黙ってろ、てめーは!」


 アクタガワに飛び乗るビスコを追って、ミロも少女を抱いてくらへ飛び上がる。ゆるやかに立ち上がり、徐々に速度を上げて走り出すアクタガワの上で、ミロがぽつりとつぶやいた。


「自分をささげて信じたものが……誰かの作ったまやかしだったら。それまでの自分は、時間は……なんだったんだろう。この先、この子は……何を信じたらいいのかな?」

「自分を信じりゃいい」


 ビスコのこともなげな一言に、ミロはその横顔を見つめる。


「すべからく神は己の内にいる。キノコ守りも、弓の神に祈るけど……念仏を唱えるから、弓が当たるんじゃない。弓を当てるようになることが、神に祈るっていうことだ」


 ビスコはそこでふと、ほほむ相棒の視線に気づき、それを気恥ずかしそうに振り払った。


「ビスコってさあ、漢字読めないくせに、そういう哲学はちゃんとしてるんだねえ」

「学は関係ねえだろ! てめえはどう思うんだ、オウ!」

「あっはは! 僕に哲学はいらないよ。ビスコを信じてればいいんだから!」


 相棒の無邪気な笑顔にビスコは黙り込み、「けッ」と一言吐き捨てると、勢いこんでアクタガワを一層速く駆り立てた。

 夜は終わりを告げ、遠く朝日がのぞき……おおがにと二人の少年を、少しずつだいだいいろに照らし始めていた。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影