錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハ

1 ①

 ビスコとミロ、そしてアクタガワの一行は、くだんさびい大発生事故の後、ミロの故郷・いみはまへと別れを告げ、ビスコの故郷である四国を目指していた。

 旅の途中、兵庫ははちぶせやまの山岳ルートで、二人はキノコ守りのキャラバンとばったり鉢合わせした。


「動くな──っ、武器を捨てて、こっちへ……。いや待てよ、誰かと思やあお前、ビスコじゃねえか! みんな、ジャビじいんとこの、ビスコだぞーっ」

「あの悪たれが、立派になったねえ。見なよ、れいな嫁さんまで連れて!」

「誰が嫁だ、バカ! こいつはミロ! 俺の、新しい相棒だよ!」


 キャラバンは鳥取のキノコ守り達が中心であり、いみはまがキノコ守りの移民を受け入れるというニュースを受けて、里を引き払って一族大移動の最中だという。

 二人と一匹はそこで上等な(キノコ守りにしては、だが)もてなしを受けた後、折角なので、今のビスコの特異体質について長老に尋ねてみることにしたのだった。


「不老不死の、人間ってな、おるよ」

「ええっっ!?」

「人を不死にできるとも、聞いたわいな」

「おい、ばばあ! 適当こいてんじゃねえだろうな!」

「ちょっとビスコ! 言い方っ!」


 長老は長いパイプにえんをくゆらせて、はつらつとしたビスコの意気に「ヒィーッヒッ」と笑った。しわだらけの顔にぎらりと輝くいれずみとピアスが、長老の歴戦の戦士の気風を、少年二人に感じさせている。


「うちは昔、クサビラ様っていう土地神を持ってたんだが。島根から来た『そうじよう』とかいうやつの宗派に、寺ごとご神体を焼かれちまったことがある」

「『そうじよう』……? 戦ったのか、そいつと!?」

「お前さんみたいに、キノコの力を由来にしてるかどうかは知らんが。あたしゃ、そいつに二発、ベニテングをぶちこんで、それでも生きてやがったからね。こりゃ、ほんとに不死身だと思ってよ。とてもかなわねえってんで、慌てて逃げたぁな、そん時ぁ」


 顔を見合わせる二人の少年を見ながら、老婆は傷痕だらけの顔に僅かに笑みを浮かべて、パイプを数回、吹かした。


「もう昔の話になっちまったんだねえ。島根の出雲いずもりくとうってとこを、二百年も老いないまま治めてる不死身の僧正がいる……ってのは、あたしの若い頃はみんな知ってる話だった。一時は、身体からさびを取りたい連中や、不死になりたいやつらが群れをなして、ごんしゆう……ああ、正しくは、しようてんごんしゆうって言うんだが、長いだろう。ごんしゆうって略すのが普通さ……とにかくみんな、そこの門をたたいたもんだ」

「長老。まだ、そのそうじようは……その、出雲いずもりくとうに居るんでしょうか?」

「そりゃどおだろな。つい最近、そのごんしゆうも落ちぶれちまったって言うからねえ」


 長老はそこでめた煙を二人へ向けてぶわりと吐き出して、けらけらと笑いながら言った。


「まあなんにせよ、行くだけ行って、不死の秘密でも探してみちゃどうだい。人を不死にできるんだったら、不死を取っ払うこともできるかもしれん。いずれにせよ、何ぞ手がかりがあらあな」


 歴戦の老婆はその太い指でビスコの顎を捕まえて、顔の真ん前でにやりと笑った。


「ま、あたしなら、そんな便利な身体を捨てようなんて、無粋なことはしないがね」


 そして。

 その半月後……大宗教国家・島根。

 周囲の県とは距離を置き、独自の文化体系を持つ島根県は、中央政府に対してほぼ同等の発言権を持つと言われている。

 その根拠となるのが、信仰の力、宗教の持つ強大な影響力である。島根を根城とする、てんとうきよりゆうどうなどの巨大な宗派の信者は日本中に散らばっているため、中央政府が島根に圧力をかけようものなら、一般市民に紛れた信者たちがストやらテロやら物騒に動き出してしまう。

 都合、島根は中央政府から干渉を受けない中立県となり、一部の者からは「国家」とすら呼ばれるほどになった。

 とはいえ。

 この現代日本に、争いや陰謀のない場所など、あるはずもない。

 県には県同士のいざこざがあるように、島根の宗教もまた、宗教同士のいざこざ……はっきり言ってしまえば、絶えない戦争の火種を、今日もくすぶらせているのであった。


「いやさーっ、まさか妹が帰ってくるなんて、思ってもみなかったんだから! 父さん母さんにも死なれちゃって、一人っきりの妹までいなくなっちゃったんじゃ、店も畳んじまってあたしも尼になろっかなって、ちょうど考えてたところだったんだあ」


 酒場にぶら下がるいくつもの電球に羽虫が群がり、その小さな身体をぶつけてはカツカツと音を立てて僅かに電球を揺らしている。その下のテーブルには、農民とおぼしき連中が杯を手に、土に汚れた顔でげらげらと笑っている。


「ほんと、感謝してもしきれないよ! 今日はさ、遠慮しないで何でも食べていきなよね! うちの飯はここいらでも、ちょっとした評判なんだよ」

「パレンちゃーん、こっち焼酎カラだわ。酌しておくれよお」

「やーだよ、自分でやんな! 今日は、こっちのお客さんが第一ひいなんだから!」


 年若い美人女将おかみが満面の笑みで言いながら、カウンター席をのぞむ。もっとも、言葉をかけられた二人の若者は、すでに遠慮のかけもない食べっぷりを見せていた。


「おい、何だこの豆腐? めちゃめちゃいな。姉ちゃん、白メシないのか?」

「リッツ、それ、そのまま食べるんじゃないよ。このおをつけるんだと思うけど」

「肝そば、知らないかい? 浮きアンコウの肝を使ってる、島根名物だよ」

「ずるるるるっるるるるる」

「うわあ! き、汚い! ちょ、ちょっとは女の子らしくしてよ!」


 カウンターに座っているのは、かりうどじみた服装の、二人連れの……少女、達である。

 一人は、絹糸のような空色の髪を肩まで垂らした、線の細い少女であった。顔の左側を覆うように包帯を巻きつけ、やや妖しげな気配を持つものの、穏やかな顔つきは慈愛に満ちて涼やかに美しく、これほどの美人を見つけるのは難しいといえるだろう。

 一方、その片割れというのが、これは……

 きんこつたくましい、赤髪の、女……である。とげのような髪を、まるでまんじゆしやのようにばらばらとそこらへ散らかし、相方と逆の、顔の右側にはやはり包帯が巻かれている。鋭い左目の瞳はすいいろに輝いて、目を合わせただけでされそうな迫力がある。

 化粧はとても似合うとは言いがたく、およそ女と言うには野性的に過ぎるようだが、顔立ち自体は整っているし、この時代、ようへいぎようであればこんな女がいてもおかしくないか……というような、ぎりぎりのところだ。

 二人とも、首や胸元に化粧で隠しきれない傷跡がいくつも刻まれていて、壁にかけてあるがいとうの使い込まれた風も合わせて、年若くありながら熟練のかりうどの気風をにじませていた。


「おい。こんなに飯がいと知ってりゃあ、わざわざ身を隠してねえで、宿場をつないでここまで来ればよかっただろ。貧相に、干しトカゲで我慢することなかった」

「誰のせいだと思ってるんだよっ! ビスコがあんな派手なしなきゃ、島根でマークされないですんだのに……」

「おい、バカ! 本名で呼ぶなっつったのは、お前だぞ」

「う。ご、ごめん……」


 無論のこと……

 この不器用な変装で女をよそおっているのは、ひとだけひといパンダの賞金首、ビスコとミロその人である。島根は信仰を求める罪人にももんを開いており、政府に対しては中立を宣言していることから身を隠す必要もなかろうと思ったのだが、先のしようてんごんしゆうに潜り込んだ挙句の大暴れで、二人はすっかりお尋ね者に舞い戻ってしまった。

 助けたの住まいを突き止めた二人は、こっそりそこに置いてくるつもりで、その宿場から漂う飯の匂いにどうしても我慢ならなくなってしまい……


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
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