錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハ

1 ②

 がぐっすり眠っていたのをいいことに、こうした変装で晩飯にありついている。


「おい、この……何だ、白いぐにゃっとしたやつ、めちゃめちゃいなあ」

「沖ナマズの、心臓の天ぷらだよ! しいでしょ?」

「そういえば。島根の名物料理は、内臓を使ったものばっかりだけど。何か、理由があるんですか? ……リッツ! 僕の皿から取るなよっ!」

「島根には宗教たくさんあるけど、ぞうろつがすべての力の源だって慣習は、共通してるんだ。肝を食べれば肝が強くなる、って理屈で、しい臓物は縁起物なの。もともとは島根で一番大きかった、ごんしゆうの五臓信仰から始まってるらしいけど」

「……なあ、姉ちゃん。その、ごんしゆうってのは、」赤髪の少女が、汚れた口元を相棒に拭かれながら、女将おかみに問いかける。「結局、どういう宗派なんだ? 俺達は、不老不死の大僧正が治めてる、それなりにでかい宗派だって聞いてた。それが実際のところ、そんな仙人みてえな僧正は影も形もねえ……単なる、寄せ集めの邪教って感じだったぜ」


 女将おかみは少し間を置き、わずかに声を潜めて、少女に答えてやる。


「どこに、残党がいるか知れないから、大きな声じゃいえないけど。しようてんごんしゆうちようらくしたのは、ここ十年の話だよ。あんたたちが妹を助けてくれたところは、落ち延びた連中のアジトみたいなもんさ。十年前までは、あの出雲いずもりくとうの真ん中に、あんたの言うような、不死身の大僧正みたいなのが、座ってたって話だよ」

「やっぱり、そういう人が、実在したんですか!?」

「あたしだって見たことはないよ。でも、当時のごんしゆうの勢いはすごかった。その僧正はすさまじい仙力の使い手で、自分の認めた人間にも、不死を与えることができたんだって。不死身の身体を欲しがって、りくとうの門には入信者が列をなしてたってさ」


 女将おかみの話は、キャラバンで聞いた女長老の話と一致する。もともと年寄りのいい加減な話だと思っていた赤髪は、そこで眉を寄せ、少しうなった。


「……そんな、すげじんつうりきの使い手が、どうしてちようらくする羽目になったんだよ?」

「不死を与えられるのがそうじようなら、与えた不死を奪えるのも、そうじようだけだからね。そこで、不死を手に入れた側近の高僧たちは、今度はそうじよううとむようになった……」


 女将おかみぎわよく、おおの頭を大包丁でとんとんと落として、身のほうを油の煮立つ鍋に放り込む。そして、売り物の酒をぐびりとあおりながら、話を続けた。


「僧正さえいなくなれば、自分たちの不死を絶対のものにできるからね。それでついに、六人の側近が手を組んで、そうじようを追放しちまったってもっぱらのうわささ」


 青髪の少女はそこで箸を止め、眉をしかめて、しばし考え込んだ。


「……どこまでが、本当の話なんだろう? リッツ、どう思う?」

「俺に聞くな、お前に分からねえのに。姉ちゃん、飯おかわり」

「はいよ! あっはは、あんたら、連中の仕返しが怖いのかい? 心配いらないよ! つい一昨々日さきおとといごんしゆうのアジトは、シイタケの山になって発見されたって言うからね」

「違う、ありゃ、しいたけじゃなくて、ベニテング……」言いかける脇腹に肘をくれて、む相棒をげんのぞ女将おかみに、青髪が引きつった笑みを返す。


「……ただひとつ、気に入らないのは、結局、悪党を潰すのも悪党、っていうところかな。キノコって言やあ、例の、あかぼし一派の仕業だろうからね」


 そこで二人の少女はびくりと箸を止め、おそるおそる女将おかみの表情をうかがう。そして、その言葉の響きにわずかな違和感を覚えて、赤髪が口を開いた。


あかぼし、一派、だァ……?」

「やだなあ、知らないわけないだろうに。ここらじゃ、最近……」


 女将おかみの言葉が終わらないうちに、どがん! と宿場のドアを蹴破って、大柄な男が宿へのそりと入ってきた。


「おうおう、ひなびたびカカシどもが、今日は元気にはしゃいでいらっしゃるぜえ」

「牛のくそ臭くて、たまったもんじゃありませんね、ボス」

「馬鹿野郎。農家の皆様が毎日、いつくばって働いてくれるから、俺達がい飯にありつけるんじゃねえか。少しは謙虚になりやがれ、マヌケども」


 宿場のドアを蹴破って、いかにも山賊風の身なりの、見たまんまのならず者達がぞろぞろと酒場へ入ってきた。

 言葉を失ってうろたえる客のテーブルから、あるものは奪い取った酒の瓶をぐいぐいとあおり、あるものは若い夫婦の嫁へ抱きついたりして、まあ、悪党の見本のような行動をめいめいが取り始める。

 そしてどうやらその中心、おおぎようかつちゆうに毛皮のコート、赤い髪を逆立てたひときわ大きい男が、そのならず者の頭領であるらしかった。それへしなだれかかるように、肌もあらわな青い髪の女が、その片腕に自らの細腕をからめている。


「ちっ。お出ましだよ。間の悪い」

「よお、パレン。見ただろう? 今朝の島根日報。お前が憎くて仕様がねえ、ごんしゆうの連中をよ。ひとつ、世話になってる女将おかみに恩返ししなくちゃあなんねえと思って……」

「皆殺しにしてきてやったのさァ。ねぇ、ビスコ? こないだのアンタも、格好よかったよォ。この大マサカリで、ばっさばっさ、ぼうどもの首ねてさァ」

「ん、げほっ、げほッッ!」

「ちょっと、リッツ!」

「ビスコ」という響きですすっためんが気管に入ったのか、はげしくむせ返る赤髪の少女。その背中を慌ててでてやりながら、なるべく顔をさらさないように、相棒が静かに顔を伏せる。

 それを顔をしかめて見やる頭領の視線を引き戻すように、女将おかみが声を張った。


「そりゃご苦労なこったね。で、また、酒やら飯やらたかりにきたのかい。あいにくだけど、金もなしで出せるような飯は、もうこの宿場にはありゃしないよ」

「言うじゃあねえか、このアマ」その「ビスコ」は、女将おかみの強気な返答に露骨に機嫌を損ねてカウンターをぶったたき、酒瓶をいくつも割り散らした。「てめえらびカカシはどうにも頭が悪くていけねえ。誰が、ここらの治安を守ってると思ってる? 野盗ども、山伏ども、危ねえやつらはいくらもいる。こんな小さな集落、いつ蹴散らされてもおかしかねえんだぜ」


 そこで、ぐ、と立ち上がりかける青髪の少女を、女将おかみがきっと目で押さえる。いつものことだからじっとしていろ、というような合図だ。

 それを目ざとく見つけた「ビスコ」の女が、二人の少女のテーブルに目をつける。


「なァんだ、あるじゃない、しそうな飯も、酒もさ。そんな田舎のメスガキどもには飯を出せて、あたしらに出せない理由ってな、何なんだい?」

「……まあ、まあ、ミロ。見たとこ新顔さんじゃねえか。あんまり驚かすんじゃねえよ」


 赤髪の大男は低俗な笑いを浮かべながら少女達へ近寄り、手近な……空色の髪の、少女の顎を、ぐい、と持ち上げた。


「それに見てみな、こんなべつぴんさんが……ここいらの田舎もんなわけがねえや。なあ、嬢ちゃん。どっから来た、ん? どうだ、俺達と一杯?」


 空色の少女は一度、きっ、と「ビスコ」をにらむものの、もともとの優しいその視線は、相手の下卑た笑みに吸い込まれてしまう。

 一度、震える息を吐き出して、心細げに、相棒を振り返り……


「ねーちゃん。これ、ウニのやつ、もう一杯ちょうだい」

「助けろよっっ!! バカっっ!!」


 その後頭部を、思い切りぱたいた。

 頭を押さえてうずくまるその相棒とは裏腹、「ビスコ」は自分をないがしろにされたことにひどく腹を立てたらしく、青髪を突き飛ばしてその赤髪へとずかずか歩み寄り、その首根っこを思い切りつかんだ。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影