「誰の前でシカトこいてやがるんだ、ああっ!? 賞金総額三百万日貨、全国指名手配の大賞金首、人喰い茸の赤星たあ、俺のことだぞ、こらぁっ!」
その怒声に答えるように、少女の口から牙のような犬歯が覗き、赤い髪がずわりと燃えるように広がった。締め付けられているはずの首はまるで苦しむ様子もなく、口元には獰猛な笑みすら浮かべている。
「て、てめえ……!?」
「気に、入らねえとすれば……。やるなら、ちゃんと、やれ、ってとこだぜ」
少女……もとい、赤星ビスコは、口の端に残った麵をちゅるりと啜って、続ける。
「墨師に、からかわれてる事にも気がつかねえんじゃな……お前の右目の刺青は、エノキの印。群れなきゃ何もできない、臆病者って意味だぜ」
「お、おまえ、一体……!!」
「赤星ビスコの、刺青は」
ビスコが自分の包帯を剝げば、ドス赤く光る見事な刺青が、右目の周りに顕になった。
「錆喰いの印だ。強い、不動の加護を持っている……。俺の名前を使うなら。半端な真似を、するんじゃあ、ねえ……!」
犬歯を剝き出しにしてぎらりと瞳を光らせるビスコの笑みは、さながら小動物が猛獣を目の前にしたときのように、「偽赤星」の表情を一瞬で恐怖一色に変えてしまった。
「ひ、人喰い、赤星……お、お前が、本物の……!」
「いつまで、汚ねえ手で触ってんだ、コラ」
ビスコはそう言うと、首を摑まれていた腕を逆に摑み返して、万力のように力を込める。
めぎめぎめぎ!
「おおぎゃああ───っっ!」
ビスコの凄まじい腕力が、偽赤星の無骨な小手ごと握り込んでひしゃげさせ、その肉に食い込ませると、哀れにも「偽赤星」は激痛に派手な悲鳴を上げた。
ビスコがそのまま引っ摑んだ腕をぶん回し、床に叩きつけるように放り捨てれば、その身体は勢いを殺さずまるで風車のようにくるくると回って、テーブルを一つ、二つ砕き散らした。
「お、お頭ぁ!」
怯みながらも、それぞれに銃器を構えてビスコを狙う手下へ、すかさず抜きはなったミロの弓から次々に矢が飛ぶ。細矢は山賊達の手首に突き刺さって小さな空色のキノコを咲かせ、瞬く間に無力化させてゆく。
「う、うわああっ、なんだ、手が、しびれっ」
「き、キノコだ! こいつら、本物のキノコ守りだァッ」
慌てふためく山賊たちを横目に見て、ミロはなんだかぶすりとした表情で弓を背中へ仕舞い、慌てて包帯を直すビスコへ吼えかける。
「あーいう状況で、よく、吞気にゴハン食べてられるよね! 少しは、僕が心配だとか、思わないわけ!?」
「何でだよ? あんなの、お前一人で片付くだろ」
「ゼロだね、思いやりの心が。道徳が0点!!!」
「てめえら、この野郎──ッッ!!」
言い合っている二人へ向けて、店の外から、拡声器越しの偽赤星の怒声が聞こえてくる。咄嗟に店を飛び出した二人の前に、主砲をこちらへ向ける無骨な戦車が立ちはだかった。
「なめくさりやがってェーッ! てめえを殺しゃ、オレが本物だ! アクタガワの主砲で、店ごとコナゴナにしてくれるァ───ッッ!」
「やべえ。からかい過ぎた」
吞気に言うビスコへ、主砲がきしみながらその砲身を向ける。ビスコが咄嗟に「ピィッ」と指笛を鳴らせば、何か巨大な気配がぐわりと風を起こして、二人を上空から影で覆った。
「発射ァ!!」
撃ち出される砲弾が着弾するその寸前、巨大なオレンジの隕石が、ずどん! と着地し、その大鋏を振り払う。店ごとビスコを粉砕するはずの砲弾は、弾かれたボールのようにはるか遠方の山岳へすっとび、そこで炸裂して白煙を上げた。
「あぶねー。急に悪いな、アクタガワ!」
「な、なんだァーッ!?」
大蟹の威容に驚く偽赤星の悲鳴が終わるころには、二人のキノコ守りの矢が戦車の装甲板を貫いていた。主砲からは赤いキノコ、動力部からは空色のキノコが凄まじい速さでぼぐん、ぼぐん! と咲き誇り、鉄の装甲をそこらじゅうへ弾き飛ばしてゆく。
「わあ、ワァァ──ッッ」
黒煙を吹き出す戦車のコクピットから、命からがら這い出す偽赤星の後ろで、その「偽アクタガワ」は轟音を立てて爆発し、そこらへ火の粉を撒き散らした。
「て、てめえら、覚えてやがれっ、殺してやるぞ、ブッ殺してやる──ッッ」
手下を引き連れて逃げてゆく偽赤星の怨差の声を聞きながら、ビスコは苦々しげに首をごきりと鳴らすと、宿場の入口で固まっている、青い髪の女に声をかけた。
「おい、てめえは逃げねえのか。一回目は見逃してやる。それとあの頭目には、刺青をちゃんと直すように言っとけ」
「ちょ、ちょっと待って、それじゃ……あ、あんたが、本物の、赤星ビスコってことお?」
それまで成り行きに怯えていた「偽猫柳」が、猫なで声を作りながらビスコへ走り寄り、するりとその首へ腕を絡める。
「う、うわっ! 何しやがる!」
「そりゃ、この筋肉で、女なわけないもんねぇ。やぁーあっと見つけたわぁ。ねえ、あたしだって、あの偽モンに騙されてたんだから、被害者よね? 本物の赤星がいてくれるんだったら、うちも安泰だわぁ。ねえ、今から、あたしたちの根城にい……」
顔を真っ赤にするビスコの耳元で、ささやくように続ける「偽猫柳」の、その肩に手をかけたミロが、ちょっと信じられないぐらいの力で、ビスコから引き剝がす。
「う、うわっ、ちょ、ちょっと……あ、あはは、そうだね、アタシにも本物がいるわけだ。あんたは、そ、そうだな、料理番……」
「……痣が、逆だよ。右じゃなくて、ひだり。」
いつもの慈母の眼差しとは真逆の、どす暗く嚙み付くような視線で、ミロが言う。
「……本物、つけてあげようか?」
偽猫柳は、ミロのふわりと優しげな容姿に似付かない、低く圧し潰すような声に震えあがり、乱れた服もそのままに闇夜の中を逃げ出していった。
驚いたのは、ビスコも同様である。
「……お前、そんなドスの利いた声出るなら、もっと普段から出せよ!」
「普段は出ない。それより……ああ、お店、滅茶苦茶にしちゃった……」
戸口を潜りながら、ミロがため息まじりに見渡す酒場は、偽赤星がその身体で砕いたテーブルや、麻痺にもだえる山賊たちが砕いた椅子などで、なかなかの惨状といえる。
「滅茶苦茶ってほどでもねえ。いつもと比べりゃ、ほんの小指程度だろ」
「あのさあ。さっきまでご馳走になってた僕らが、それ言う!?」
女将が、驚愕の表情を徐々に笑顔に変えて、二人へ走り寄ると、その手を握りしめてぶんぶんと振りたくった。
「わあーっ! 赤星を、倒しちまったよお! あんた達、キノコ守りだったのかい! 凄いんだね! あたし、胸がすっとしちゃった!」
「女将さん、ごめんなさい、お店、こんな……」
「あっはは! なあんだい、これくらい! 連中が入ってきた時点で、この倍は勘定してたよ。腕っ節のあるお客がいて、助かったよ!」
快活に笑う女将は幸いにして、店の壊れ具合を咎めるようなことはせず……それから、巷を騒がすキノコ守り二人組のその正体にどうやら気付きつつも、改めて騒ぎ立てるような様子はないようだった。
そこへ、山賊を縛りおえた客の一人が声をかける。