錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハ

1 ③

「誰の前でシカトこいてやがるんだ、ああっ!? 賞金総額三百万につ、全国指名手配の大賞金首、ひとだけあかぼしたあ、俺のことだぞ、こらぁっ!」


 その怒声に答えるように、少女の口から牙のような犬歯がのぞき、赤い髪がずわりと燃えるように広がった。締め付けられているはずの首はまるで苦しむ様子もなく、口元にはどうもうな笑みすら浮かべている。


「て、てめえ……!?」

「気に、入らねえとすれば……。やるなら、ちゃんと、やれ、ってとこだぜ」


 少女……もとい、あかぼしビスコは、口のはしに残っためんをちゅるりとすすって、続ける。


「墨師に、からかわれてる事にも気がつかねえんじゃな……お前の右目のいれずみは、エノキの印。群れなきゃ何もできない、臆病者って意味だぜ」

「お、おまえ、一体……!!」

あかぼしビスコの、いれずみは」


 ビスコが自分の包帯をげば、ドス赤く光る見事ないれずみが、右目の周りにあらわになった。


さびいの印だ。強い、不動の加護を持っている……。俺の名前を使うなら。はんを、するんじゃあ、ねえ……!」


 犬歯をしにしてぎらりと瞳を光らせるビスコの笑みは、さながら小動物が猛獣を目の前にしたときのように、「にせあかぼし」の表情を一瞬で恐怖一色に変えてしまった。


「ひ、ひとい、あかぼし……お、お前が、本物の……!」

「いつまで、きたねえ手で触ってんだ、コラ」


 ビスコはそう言うと、首をつかまれていた腕を逆につかかえして、万力のように力を込める。

 めぎめぎめぎ!


「おおぎゃああ───っっ!」


 ビスコのすさまじい腕力が、にせあかぼしの無骨な小手ごと握り込んでひしゃげさせ、その肉に食い込ませると、哀れにも「にせあかぼし」は激痛に派手な悲鳴を上げた。

 ビスコがそのままつかんだ腕をぶん回し、床にたたきつけるように放り捨てれば、その身体は勢いを殺さずまるで風車のようにくるくると回って、テーブルを一つ、二つ砕き散らした。


「お、お頭ぁ!」


 ひるみながらも、それぞれに銃器を構えてビスコを狙う手下へ、すかさず抜きはなったミロの弓から次々に矢が飛ぶ。細矢は山賊達の手首に突き刺さって小さな空色のキノコを咲かせ、またたく間に無力化させてゆく。


「う、うわああっ、なんだ、手が、しびれっ」

「き、キノコだ! こいつら、本物のキノコ守りだァッ」


 慌てふためく山賊たちを横目に見て、ミロはなんだかぶすりとした表情で弓を背中へ仕舞い、慌てて包帯を直すビスコへえかける。


「あーいう状況で、よく、のんにゴハン食べてられるよね! 少しは、僕が心配だとか、思わないわけ!?」

「何でだよ? あんなの、お前一人で片付くだろ」

「ゼロだね、思いやりの心が。道徳が0点!!!」

「てめえら、この野郎──ッッ!!」


 言い合っている二人へ向けて、店の外から、拡声器越しのにせあかぼしの怒声が聞こえてくる。とつに店を飛び出した二人の前に、主砲をこちらへ向ける無骨な戦車が立ちはだかった。


「なめくさりやがってェーッ! てめえを殺しゃ、オレが本物だ! アクタガワの主砲で、店ごとコナゴナにしてくれるァ───ッッ!」

「やべえ。からかい過ぎた」


 のんに言うビスコへ、主砲がきしみながらその砲身を向ける。ビスコがとつに「ピィッ」と指笛を鳴らせば、何か巨大な気配がぐわりと風を起こして、二人を上空から影で覆った。


「発射ァ!!」


 撃ち出される砲弾が着弾するその寸前、巨大なオレンジのいんせきが、ずどん! と着地し、そのおおばさみを振り払う。店ごとビスコを粉砕するはずの砲弾は、はじかれたボールのようにはるか遠方の山岳へすっとび、そこでさくれつして白煙を上げた。


「あぶねー。急に悪いな、アクタガワ!」

「な、なんだァーッ!?」


 おおがにの威容に驚くにせあかぼしの悲鳴が終わるころには、二人のキノコ守りの矢が戦車の装甲板を貫いていた。主砲からは赤いキノコ、動力部からは空色のキノコがすさまじい速さでぼぐん、ぼぐん! と咲き誇り、鉄の装甲をそこらじゅうへはじばしてゆく。


「わあ、ワァァ──ッッ」


 黒煙を吹き出す戦車のコクピットから、命からがらにせあかぼしの後ろで、その「にせアクタガワ」はごうおんを立てて爆発し、そこらへ火の粉をらした。


「て、てめえら、覚えてやがれっ、殺してやるぞ、ブッ殺してやる──ッッ」


 手下を引き連れて逃げてゆくにせあかぼしえんの声を聞きながら、ビスコは苦々しげに首をごきりと鳴らすと、宿場の入口で固まっている、青い髪の女に声をかけた。


「おい、てめえは逃げねえのか。一回目は見逃してやる。それとあの頭目には、いれずみをちゃんと直すように言っとけ」

「ちょ、ちょっと待って、それじゃ……あ、あんたが、本物の、あかぼしビスコってことお?」


 それまで成り行きにおびえていた「にせねこやなぎ」が、猫なで声を作りながらビスコへ走り寄り、するりとその首へ腕をからめる。


「う、うわっ! 何しやがる!」

「そりゃ、この筋肉で、女なわけないもんねぇ。やぁーあっと見つけたわぁ。ねえ、あたしだって、あのにせモンにだまされてたんだから、被害者よね? 本物のあかぼしがいてくれるんだったら、うちもあんたいだわぁ。ねえ、今から、あたしたちの根城にい……」


 顔を真っ赤にするビスコの耳元で、ささやくように続ける「にせねこやなぎ」の、その肩に手をかけたミロが、ちょっと信じられないぐらいの力で、ビスコからがす。


「う、うわっ、ちょ、ちょっと……あ、あはは、そうだね、アタシにも本物がいるわけだ。あんたは、そ、そうだな、料理番……」

「……あざが、逆だよ。右じゃなくて、ひだり。」


 いつもの慈母のまなしとは真逆の、どす暗くくような視線で、ミロが言う。


「……本物、つけてあげようか?」


 にせねこやなぎは、ミロのふわりと優しげな容姿に似付かない、低くつぶすような声に震えあがり、乱れた服もそのままに闇夜の中を逃げ出していった。

 驚いたのは、ビスコも同様である。


「……お前、そんなドスのいた声出るなら、もっと普段から出せよ!」

「普段は出ない。それより……ああ、お店、ちやちやにしちゃった……」


 戸口を潜りながら、ミロがため息まじりに見渡す酒場は、にせあかぼしがその身体で砕いたテーブルや、にもだえる山賊たちが砕いた椅子などで、なかなかの惨状といえる。


ちやちやってほどでもねえ。いつもと比べりゃ、ほんの小指程度だろ」

「あのさあ。さっきまでごそうになってた僕らが、それ言う!?」


 女将おかみが、きようがくの表情を徐々に笑顔に変えて、二人へ走り寄ると、その手を握りしめてぶんぶんと振りたくった。


「わあーっ! あかぼしを、倒しちまったよお! あんた達、キノコ守りだったのかい! すごいんだね! あたし、胸がすっとしちゃった!」

女将おかみさん、ごめんなさい、お店、こんな……」

「あっはは! なあんだい、これくらい! 連中が入ってきた時点で、この倍は勘定してたよ。腕っ節のあるお客がいて、助かったよ!」


 快活に笑う女将おかみは幸いにして、店の壊れ具合をとがめるようなことはせず……それから、ちまたを騒がすキノコ守り二人組のその正体にどうやら気付きつつも、改めて騒ぎ立てるような様子はないようだった。

 そこへ、山賊を縛りおえた客の一人が声をかける。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
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錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
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