「おい、あんたたち、半端してくれたな。赤星を、なんで殺してくれなかった! 連中、残りの戦車をかき集めて、襲ってくるに違いねえ!」
「ちょっと! 恩人に、そんな言い方ないじゃない!」
「でも、パレンちゃん。連中は、従わねえ村の女どもを攫って、六塔に売り飛ばしてるって話だよ。ちっちぇえ宿場だから見逃されてきたけど、もし連中が、ここを……」
「何、ビビってんの! あの、ブン投げられた赤星の間抜け面、見なかった!? 所詮は赤星も、チンピラに毛が生えた程度の奴ってことだよ。今度はあたしらが、あの野郎ふんづかまえて、三百万日貨、せしめてやろうじゃない!」
女将の激励への反応はまちまちで、農民たちはお互いに顔を見合わせ、いまひとつ踏ん切りをつけきれずにいるようだった。
ビスコは、そのやりとりを無関心に眺めていたが、相棒に袖を引かれ、その懇願するような表情にひとつため息をつくと、乱暴に言い放った。
「どこだよ、連中のアジトは」
「えっ?」
「赤星の、根城はどこですか? 私たちが行って、話をつけてきます。ごめんなさい、もとは、私たちの撒いた種だから……」
「冗談よしなよ! いくら場数があるからって、女二人で……連中にどうされるか、わかったもんじゃないよ!」
「……どっちかと、いえば……」
ミロは憮然と腕を組む相棒を横目に見て、少し笑った。
「どうなるかわかんないのは、向こうのほう、かな!」
もう半年ほど前のことなので、民衆の記憶からは少しずつ薄れつつあるが、北宮城大乾原で起きた、人喰い赤星によるキノコ森の大発生、さらにその発生源が『テツジン』であるというニュースは、日本各地に凄まじいショックを伴って響き渡った。
その後の影響のひとつに……
『赤星ビスコの大量発生』という現象がある。
もはや日本中に知らぬものはない、疾風無頼のキノコ守り『赤星ビスコ』。その積もり積もった悪行はついに賞金総額三百万日貨を超える勢いを見せている。
日本政府の詰めが甘かったのは、そうした賞金の吊り上げや悪行の公表を重ねたことで、かえって『人喰い赤星』の名前にカリスマを与えてしまったことであった。
かねてから政府のやり方に不満を募らせていた民衆達の中には、政府をあざ笑うように活躍する赤星を信奉する者も増え、そうすると次第に、一向に表舞台に姿を現さないビスコに代わって、「俺こそが、人喰い赤星だ!」などと、旗を上げる輩が出てくる。
そうしたいわゆる「偽赤星」達が次々に立ち上がり、それぞれの県で信奉者を集め、山賊行為に精を出している……というのが、ここ半年の日本の動きであり、まあこれは各県の自警団やら県警やらにしてみればたまったものではないだろう。
その一方で……
この赤星ビスコ・猫柳ミロ、本物の賞金首二人組にとってしてみれば、これは図らずも、都合のいいことではあった。
強面の偽赤星達が幅を利かせている今、まさかこんな少年達が件の大悪党だと思わないものだから、各県の検問の通過もずいぶん容易くなった。今、関所破りの手管に長けたビスコ達を引っ掛けられるとすれば、何度も煮え湯を飲まされている群馬の関所ぐらいのものであろう。
「ねえ、連中をおとなしくしたら、その後はどうする? 四国に帰る? それとも、まだ宗教を追っかけるの?」
大蟹・アクタガワの手綱を取るビスコの、その化粧を取ってやりながら、ミロが問いかける。ビスコは猫目ゴーグルで暗闇を見通しながら、器用に夜道に蟹を歩かせていく。
「うん。あの女将が言ってた、出雲六塔の話が気になる。その不死僧正とやらが、不死を取っ払う秘術を持ってたのが本当なら……その術法が、六塔の中に残ってておかしくない。帰るのはそれを確かめてからだ」
「……ビスコ、正直言うと……僕は、あんまり気が進まないんだ、出雲六塔のことは。あそこは、全ての人間に門を開いてる宗教都市って触れ込みだけど、その実は、宗教同士の紛争が絶えなくて、治安も悪いって言われてる。眉唾な噂話を根拠に、わざわざそんな所へ……」
「しッ。見えた。あれだ。高台の上にある」
ミロがビスコの指差す方向を見れば、夜の闇の中に、薄明かりの漏れる二階建ての廃ビルが小さく見て取れる。女将の話から聞いた、偽赤星の根城に間違いないだろう。
「面倒くせえな。ここから、ベニテング矢で一網打尽に……」
「だめだってば! 攫われてる人が居るかもしれない。それに、殺すのは、すごく悪いやつだけって、約束したはずだよ!」
「線引きが難しいんだよ、それの。このご時勢に、どっからを悪い奴って言うんだ?」
「それは、えっと……黒革みたいな奴とか。あと、猫とか、蟹をいじめたり……」
「徳川綱吉か、てめーは。行くぞ」
ひとまずアクタガワを下り、高台を跳ね登ってアジトを窺う二人。てっきり、復讐の熱気に煮えたぎっていると思われたその建物内部は、予想に反して、ひっそりと静まり返っている。
「……ビスコ。血の匂いがする。仲間割れか何か、あったかな……?」
「うん。でも、静かすぎる。……もう少し、寄ってみるか」
建物に素早く忍び寄り、中を窺うも、やはり話し声のひとつも聞こえてこない。ビスコの視線の合図にミロが頷いて、油断なく弓を構え、建物の中へ忍び込んでゆく。
大部屋の、ちらつく白色灯には、数匹の蛾が群がって地面に影を揺らしている。
そして……
そこに不自然な姿勢で転がる、何人もの山賊の、青白い肌を照らしていた。
(……っ。死んで……!?)
驚愕に動揺しかける精神を抑えこんで、ミロが周囲を見回し、その中に先ほどの偽ビスコの大柄な亡骸を認めて、それへ駆け寄った。
ミロの首筋を、嫌な汗が伝う。
(……何だ、これ……!? どうしたら、こんな……!)
医者としても、キノコ守りとしても修羅場を潜ってきたミロが、たかだか死骸ひとつで狼狽えるはずはない。
ただ、目の前の偽赤星のそれは、その経験をもってなお、異様な死に様であった。
「胃」を、抜き取られている。
腹にぼかりと開いた肉の穴の奥に、あるはずの胃の腑が存在せず、ただぼろぼろに錆び付いた周囲の臓器が覗いているだけなのだ。普通なら溢れ出すはずの血そのものも、錆びつかされてしまっているのか、出血は少ない。
(肌は、綺麗だ。胃だけが……こんなサビツキの症例、見たことない……)
「ミロ。妙だ。一通り見て回ったが、死体だらけだ。しかも、争った跡がねえ」
吹き抜けの二階から飛び下りたビスコが、背中のミロへ囁く。
「うん。外傷が全然ないのに、胃だけ、抜かれてる……不気味だよ。しかも、これ、全員……」
「気味が悪い。よし、人質だけ探して、ずらかる。アクタガワを呼んでくれ」
「わかった!」
素早く高台を駆け下りるミロを見送って、ビスコは地下へ続く石造りの階段を下ってゆく。明かりのない地下を猫目ゴーグルで探れば、複数ある鉄格子の先に折り重なるようにして、女たちがぐったりと倒れ伏しているのが見える。
ちぃっ、と、ビスコが舌打ちをくれる。女たちは一様に口から血を吐き流し、上の死体と同様、腹に穴を開けられて胃を抜かれているようであった。
(金や女が目的じゃねえのか。……どういう奴の仕業だ?)
ビスコは暗闇で口元を押さえ、結局は自分が考えるより相棒に頭を絞らせたほうが早いと思ったので、そこでひとまず人質はあきらめて引き上げにかかる、
そこへ。
「……る……きゅるもん……すなう……」