錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハ

2 ①

「見えてきたな。また、おおぎような建てモンだな、おい」

「……うう。不気味だよ……。ねえ、おじいさんを届けたら、すぐ出てくからね!」


 人気のない丘の上、揺れるアクタガワから見通す夜の宗教街の、その中央に。

 巨大な六本の塔が、雲を突き破らんばかりに伸びているのを二人は見て取った。下層部は城壁のようなもので囲まれており、そこから突き出した塔はそれぞれ、まばゆいばかりの金色の塔、燃える炎のようにゆらめく赤い塔など、個性を色濃く主張している。

 出雲いずもりくとう

 島根宗教のメッカ、心臓とも呼べる場所である。その巨大な六つの塔を囲む、五角形の壁をさらに囲むようにして、切り立った底の見えない崖が深く長く掘られており、そこに架かる一本の橋だけがりくろうへの通行手段、ひいては関所のような役割も果たしているらしかった。


りくとうの関所は、朝しか開いてないんだ。このあたりは開けてるから、キャンプを張って、今日は休もう……アクタガワは連れていけないから、隠れててもらわないといけないよ」

「わかった。おい、ジジイ! 明日んなりゃ、身内んとこで死なせてやる。もうちょい、踏ん張れよ」


 アクタガワを飛び下り、キャンプを張り始めるビスコの声に、老人は「ぎゅぐうーっ」と、返事とももんの声ともつかぬうなごえを返した。


「なあ、いくらジジイの札があるからって、そのまま関所を通るわけにいかねえよな。何か、変装しないといけないか? やっぱり」

「当たり前じゃん。女装するよ」

「げえーっ! お前、またかよ!?」

「あのさ、僕が趣味でやってると思わないでよ? 島根は宗教都市だから、女性へ接触するときの戒律が厳しいんだ。そうになりたいですって言いさえすれば、関所でも身体を触られないで済む。ビスコのそんな傷跡まみれの筋肉見られたら、一発でばれちゃうからね」

「そりゃ、解るけどよ。……慣れねえよ、何度やっても」

「あっはは! 天下のひとあかぼしが、まさか女の格好してるなんて、誰も思わないからね! そこも理由かな。ねえ、次は、イヤリングと……アイシャドウも入れてみよっか?」

「お前、なんで毎回アレンジを入れてくるんだよ!? 普通でいいんだ、普通で!」


 ビスコは笑う相棒に不満を叫びながら、寝床の支度を終え、アクタガワの背で縮こまる老人を助けに歩み寄った。そのびきった細い身体を抱えようとして、ふと。

 ぞくり!

 背筋を伝うかんに、思わず息を止めた。見れば、か細く閉じていたはずの老人の両目がぐわりとフクロウのように開ききり、暗闇の中にらんらんと光っている。


「あかぼし」


 老人はそのしわだらけの顔に半月のような笑みを浮かべて、ビスコの眼を見つめつづけている。

 しまったな、と思い、ビスコは小さく舌打ちをした。内心ではすっかりボケきっているとあなどっていたこの老人に、先の会話でどうやら正体が割れてしまった。

 輝く目で自分を見つめる老人に、ビスコは流石さすがに気味が悪くなって、さっさと寝かせてしまおうとその軽い身体を両手で抱えあげた。


「あかぼし。ほしい。あかぼしい」

「ああ、そうだよ、俺があかぼしビスコだ。あのな、関所で余計な事言うなよ。明後日あさつてには死んじまうんだ、今更俺の賞金もらったって、意味ないぞ」

「ほしいよ~~」


 ビスコは老人を寝床に横たえて、枕元の燃虫ランタンの火種が尽きていることに気がつき、相棒に声をかけた。


「ミロ! 油がもうない。カナブン持ってきてくれ」

「いくつー?」

「二匹ありゃいい! ……ジジイ、ちょっと待ってな、今、明かりを……」


 ビスコが言いながら振り向く、その眼前に、

 しゅばり! と、空気を引き裂いて、蛇のようにしなる身体が襲い掛かった。ビスコはコンマ秒のうちに戦士の勘を取り戻し、そのさびいろの蛇の突撃をかわしながら、刀のように鋭い回し蹴りをそれへ向けて見舞った。

 ビスコの蹴りはすさまじい鋭さで蛇の片腕を千切り飛ばしたが、それでもその身体が止まることはなかった。蛇は勢いをそのままにぐねりとうねって、回し蹴りの隙、ビスコの腹へ向けて残る片腕を思い切り突き刺した。


「がァッッ!?」

「おん、しゃむだ、うるしんは、くなう!」


 蛇の両目が電球のように光り、その口を大きく開く。ビスコの腹に突き刺さった腕が徐々に引き抜かれてゆくと、その腕にはだいだいいろに光る、太陽のような臓器が脈打っていた。


「ほ ん も の だあ~~~っ」

「てめえッ、何モンだァッッ!」


 ビスコが素早く構えた弓が、夜の闇を引き裂くようにせんこうのような矢を放ち、老人を狙う。老人が再び蛇のようにぬるりとそれをかわせば、輝く臓器がネオンのように光の尾を引いた。

 ぼぐん!


「ぬごっ!?」


 放たれた矢のうち、老人の動きを読んで放たれたシメジが、時間差で地面から咲き誇ってその身体を中空へ跳ね上げた。制御を失って隙だらけの老体へ、ビスコが狙いをつける。


「先に手ェ出したのは、お前だぞッ!」


 勝利を確信したビスコが、必殺の弓を引き絞る、

 その、つるが。


(……何だ……っ!? 重、い……!!)


 弓に、力が入らない。違和感を感じた瞬間からすぐに、ビスコを異変が襲った。


「ごぼぉッ」と、口から鮮血がまるで滝のように噴きこぼれ、ビスコの胸を汚し、足元に沼のようなまりを作る。力を振り絞って放つ矢は、普段の威力を失い、中空の老人の脇腹にさるも、キノコを咲かせるに至らなかった。


「かっ。かっ。くかかかかかははァァァ─────ッッ」


 地面にべしゃりとたたきつけられながらも、高らかに笑う老人。それを膝をついてにらみながら、ビスコは勢いを増して噴き出す血を地面に吐き出し続ける。


「とったよお。あかぼしの、胃、とったぁ」


 老人は言いながら、だいだいいろに脈打つ臓器に、いとしげに頰ずりをする。

 ビスコはそこでようやく、自分を襲う激痛の正体、そして先の山賊の変死体の山が、何によってもたらされたのか、悟ることができた。


「こいつ、俺から、何か……! 抜きやがったのか……!」


 老人はにんまりと満面の笑みを浮かべて、光るビスコの臓器を頭上に掲げ、大口を開けてそれを飲み込もうとする、

 それへ向けて、しつぷうごとく矢がひらめき、老人の喉を貫いた。


「!? がぼぉっ」


 続く二矢、三矢を、またも蛇のような身のこなしでかわしながら、老人は喉に刺さった矢を乱暴に引き抜く。その眼に、弓を引き絞って迫る、青髪のキノコ守りが映った。


「ビスコに、何をしたァッ!!」


 喉から効いてくるしびれ毒の気配と、二人目のキノコ守りの気迫に自身の不利を悟って、老人は跳ね飛ぶように荒野を逃げ出してゆく。


「ミロ、気をつけろッ! ただのジジイじゃねえッ!」

「わかってるっ!」


 青い髪を炎のように揺らしてミロは空中へ躍り、跳ね飛んでゆく老人を狙って、必殺の一弓を放つ。その矢は、まるで吸い込まれるようにして、ちょうど地面へ着地する老人のみぎももを貫き、その肉を、ぼぐん! とはじけさせて、青いキノコを咲かせた。


「んいいいい────っっ」

「次は、頭に咲かせるぞ……! 言え! ビスコに、何をしたんだッ!」


 激痛にみぎももを押さえ、うずくまる老人の頭に、ミロはびたりと照準を合わせる。老人は、すすり泣くようにしばらくうめいていて、やがて、かすれた声で笑い出した。


「く。ひひ。くひひひ……あかぼし、ほんもの……」

(ビスコから、何か、った……! こいつ、人間、なのか!?)


 弓を向けながらも、ミロの額には緊張による玉の汗が浮いている。

 肩口から片腕をばされ、首にしびれ毒をまされてなお動く、このびまみれの老人。どこからどう見ても、尋常の人間ではなかった。早く始末をつけたいが、老人が拝むように掲げる輝く球のようなもの、それを人質に取られて、かつに矢を放つことができない。


「ひとくい、あかぼし。さびくいの……さびくいの、胃」

「何だって……!?」


 さびい、の一言で生まれたミロの隙を、老人は見逃さなかった。すかさず、自分の喉を貫いた矢を振りかざし、遠くビスコへ向けて投げ放つ。


「しまったッッ!!」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
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