錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」

0 ①

 空色の髪の上に、様々なキノコをあしらった藤細工の冠が載せられると、ミロはその意外な重みに少し驚いて、わずかにを見開いた。

 かがりがいくつもともる集落の夜はれいげんあらたかな静寂に満ち、その場に居並ぶキノコ守りの誰もが、長老と、その前にひざまずく新たなキノコ守りの姿を見守っていた。時折、幼い子供達がミロを指差して楽しそうにはしゃいでは、母親にいさめられている。


「ひょの、ひのひをこそ、しゃびは」

「その命をこそさびおそれ」

「……ひょのまえに、み」

「その前に道を開けよう」


 歯がすっかり抜けてしまっている長老の言葉を、隣のが代弁してミロに伝える。がいつもい気味に自分の言葉を遮るので長老はなんだか不満そうだったが、新たな美貌のキノコ守りが厳粛にこうべを垂れるのを見て、満足そうに大きくうなずき、背後に控えるわかしゆうへ、


「たこ!」


 と、ひとつ声を張り上げた。


(……た、たこ?)


 ジャビやビスコから聞いていた儀式の段取りはここまでだったので、意外な事の運びにミロは思わずおもてを上げる。やがて、草木や革を組んで作ったとおぼしき大きなたこのオブジェが、わかしゆうに運ばれて儀式の間に姿を現した。


「古来から、たこかにの天敵て言うっしょ。だから、あいつをキノコでぶっ飛ばせたら、一人前のあかしをやる、って……ついこないだから、長老が儀式に追加したんよ」

「弓で、あれを……ですか?」

「そ。ま、別に余興みたいなもんだから。咲かなくても笑い話でおしまい。気楽にやんなぁ」


 褐色肌のが、美しい顔をミロに寄せてそっとささやいた。かがりの火の粉に照らされたおおだこのオブジェは、その八本足を広げ、ミロにいかかるような体勢で広場の中央に置かれる。


(……わあ。よくできてるなあ)


 芸術に長けたキノコ守りらしい凝った造形に、ミロが半ばほうけてそんなことを考えていると、の手から数本の矢と緑色の短弓が手渡された。

 周囲を見渡せば、儀式の場を囲むキノコ守り達は、声を抑えつつもわくわくが止まらないといった様子で、大人から子供まできらきらとを輝かせてミロの動向を見守っている。

 ミロはその雰囲気にされてごくりと固唾かたずみ、一度、後方を振り返った。

 奥のほうに建てられた高台に腰掛けて、見知った顔がふたつ、見える。

 少女がピンク色のくらげ髪をしゃらりと揺らして楽しそうに手を振り、その隣の赤髪の相棒は、ミロの儀式すら見ずに、なんだか漫画本を一心不乱に読みふけっている。

 赤髪は何か刺すような視線をミロから感じてぴくりと視線を合わせると、一目でだいたいの事情を察して、こともなげにあごの先でおおだこをしゃくった。


(……あのバカ!)


 ミロは相棒へのふんまんを込めるように、緑色の弓に矢をつがえ、強く引く。ぎりぎりぎり、とつるが鳴れば、そのきやしや身体からだからは想像もつかないりよりよくに、にわかに里がざわつきだす。


「……シッ!!」


 一呼吸置いてを見開いたミロは、中空に跳び上がりざますさまじい早業を見せ、おおだこの脳天に縦に並ぶよう、一回の跳躍で三本の矢を打ち込んだ。


「おおっっ!!」「わあーっ!」「すごい!」


 口々に叫ぶキノコ守りたちの声をすように、すぐさま爆発するシメジが ぼん、ぼん、ぼん!! とおおだこの骨組みをはじばし、盛大に咲き誇った。

 発芽の勢いですっ転んだ長老は、慌てたわかしゆうに抱きかかえられながら手をたたいて喜び、


「ミロ!!」


 と叫んだ。


「ミロ!」「ミロ、ミロ!」


 長老の言葉に応えて群衆達は口々に新たなキノコ守りの名を叫び、群れとなって押し寄せた。ミロはそのままもみくちゃにされてわかしゆうに抱え上げられ、その軽い身体からだで、しばらくの間胴上げのじきになっていた。


「お! 来たよ、新しいキノコ守りが……あ、あっははは! ミロ、髪、髪!!」


 加減を知らない祭り好きのキノコ守りの胴上げからようやく解放されて、ミロはパンダ顔でくされたように、逆立った髪の毛をしきりに気にしている。


「サイヤ人みたいでいい。あいつらも、満月を見るとパンダになる」

「大猿!」

「ちょっと、なんで怒ってんの? かっこよかったじゃん! 長老も大喜びでさ」

「だってさあ。大事な儀式だって言うから出たのに、ビスコ全然見てないんだよ!?」

「俺は見る必要ない、相棒なんだから」広場の中央から漂う、巨大な魚が焼ける香りにつられて、ビスコは楽しそうに腰を上げた。「お前を誰より知ってる。本物のおおだこを仕留めるところも、生で見てるしな」

「えっ……」

「だとさ。ほらミロ、あたしたちも食べに行こう!」


 チロルはミロの手を引き、ほうけて相棒の背中を見送るミロの頰を、ぺちんと張った。


「い、った! チロル、急になに!?」

「ミロはあかぼしにチョロすぎるよ! もちょっと耐性つけなさい」


 すでにキバガツオの丸焼きの、脂の多いところを皿にもらっていたビスコに二人は追いつき、祭りのけんそうから離れたところへ腰掛けて、素手でそれをつまみながらしばらくキノコ守りの祭りを眺めていた。


 島根・出雲いずもりくとうにて、しようてんケルシンハを討ち果たした二人は、そのままビスコの故郷、四国は愛媛えひめいしづちさんにある四国キノコ守りの里を目指した。道中、純金のガナンジャ像を売り払ったことで商売の元手を手に入れたチロルが、キノコ守りと取り引きがしたいという目的でアクタガワに相乗りし、今日に至る。

 里では帰郷したビスコがもみくちゃにされると思いきや、ビスコは今や英雄というよりもキノコの神様みたいな扱いになっていて、強い子に育つように赤ん坊の手やかにのハサミをでさせられたりと(これはチロルとミロが頭をでたらバカになってしまうという判断でやんわりとビスコに助言したものだが)、とにかく寺か神社みたいにして大勢のキノコ守りがビスコをあがたてまつった。

 当然ながらビスコにしてみれば居心地悪い事この上ない。

 せっかくの里帰りがこれでは可哀かわいそうだとミロも思ったため、ビスコと持ってきたくろかわの漫画・アニメ・映画コレクションを里にばらまいてやると、目先のことしか見えないキノコ守りたちの興味はそちらへ移り、ビスコへの関心は途端にどっかへ行ってしまったらしかった。

 現に、今日のミロの儀式も本来一晩かけて行うはずのものだが、すでに子供達はそんな事にかまわず、広場に置かれたテレビにくぎけになっている。


「あ……あ……そんなあ……」

「げ、ゲンキダマが、当たったのに……!」


「はっ! ガキは単純でうらやましいぜ。アニメごときに、あんなに入り込めてよ」

「あのシーン、ビスコも全く同じリアクションしてたよ」

「……。」

「単純でうらやましいぜ」

「パンダてめえコラ!!」


 転げ回るねこのような少年二人を横目に、子供達は食い入るようにアニメの続きを見つめている。

 やがて、先ほどから妙にむずかっていたその中の一人が、とうとう耐えかねたように一時停止ボタンを押して立ち上がった。


「ご、ごめん、止めといて! ちょ、ちょっと、トイレ」

「ええー!? ユッ太、お前これで何回めだよー! 今、めっちゃいいとこなのに!」

「すぐ戻って来るからっ! 止めといてよ!!」


 ユッ太少年は強引に仲間に念を押すと、小ぶりのかにを抱えて、いそいそと集落のはずれの暗がりへ駆けて行く。

 そして、石造りのかにぞうが数多く立ち並ぶ、戦没したかにまつる一角へ来ると、少年ならではの恐れ知らずで、そこで小用を済ませてしまった。


「……ふ───。みかんジュース飲みすぎたな。ナツメ、お前もする?」


 人心地ついたユッ太が自分のかにに語りかけると、かにはおもむろにユッ太の腕から離れ、目の前のかにぞうに飛びついて、しきりにそれをハサミでたたきだした。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
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