錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」

0 ②

「ちょ、ちょっ! ナツメやめろよっ、お地蔵さん壊したら、また父ちゃんに……ん、んんっ!?」


 ユッ太はそこでようやく、遠くの明かりに僅かに照らされるそれが、地蔵でなく、ひどく整然とした直方体の集合体であることを見てとった。


「な……なんだ、これ??」


 表情豊かなかにぞうたちと異なる、自然を全く感じさせないその直線的なフォルムにユッ太はわずかな恐怖を覚え、おそるおそるそれへと手を伸ばす。

 ユッ太の手が、直方体のものに触れる、その直前。

 すがん! ずがん! ずがん、ずがん、ずがん!!

 大地を割るかのような振動が辺りを襲い、眼前のかにぞうの群れから、巨大な直方体のものが次々に隆起してきた。うち一本はユッ太のほんの半歩前からすさまじい勢いで伸び上がり、風圧で少年の黒い髪をばさばさと躍らせる。


「うわああっ……なんだよ、これ────っっ!!」


 伸び上がってゆく直方体のものは、ユッ太の悲鳴に呼応するように、整然と等間隔に並ぶ窓から白色の強い明かりをともし、かにぞうえんの辺り一帯を照らした。

 明かりは、ばづん! ばづん! と電気のさくれつおんを立てて連鎖的に広がり、夜の闇を消し飛ばした。今や真昼のように白く光るそのかつてのかにぞうえんには、まつられていた地蔵たちが、見る影もなく無惨に砕かれており……

 その下から、狂った樹木のように、大小さまざまな直方体のものが四方八方へと伸び上がり、それぞれがランダムに窓から明かりを点灯させていた。


「う、わあ、あ……!」


 今も、八方に伸び上がり続けるその直方体の群れは、さながら……

 命を食い破って咲く、感情を持たない滅びの森のように、ユッ太の目には映った。


「……は、はやく、大人に、知らせなくちゃ……!」


 まながにナツメをぎゅっと抱きしめ、恐怖を殺してなんとか立ち上がるユッ太を、まるで追いかけるように、

 ずがん、ずがん、ずがん! と、四角いものが地面を食い破る。


「わあ──っっ!」


 必死で逃げるユッ太の後ろから、直方体の群れは容赦なく次々に隆起してゆき、ついにそのひとつが、尖った鉄骨でユッ太のシャツの裾を引っ掛けた。


「助けて、と──ちゃ───んっっ!!」


 悲鳴はごうおんにかき消され、もはや恐怖に目をつむることしかできないユッ太の、その頰をかすめて。

 どずん! と、すさまじい威力の矢が、白色の壁に突き立った。


「う、ウワァッ!」


 硬質の壁に、激しいヒビを入れて突き刺さったワイヤー矢を素早く巻き取り、がいとうをはためかせた赤い影が、どんっ! とその壁に張り付く。


「ビスコにいちゃんっっ!!」

つかまってろ、ユッ太!」


 振り下ろす弓のうらはずで鉄骨をたたき折ったビスコは、そのままユッ太少年を背負い、隆起しつづける壁を蹴って夜の闇の中へ跳ぶ。


「俺達のシマに。断りもなしに! 生えてきてんじゃァねェッ!!」


 宙空でビスコが弓を引き絞れば、すいの瞳が ぎん! と輝き、燃える火の粉のような胞子がその口の端からあふれた。ぎりぎりぎり、と新しくあつらえた弓を引き絞れば、藍色のそれは持ち手からみるみる太陽の色に染まってゆく。


(……さびくい、ビスコ!)


 息をむユッ太の耳をつんざく、ばぎゅん! という拳銃じみた音が弓から放たれ、残光を引く赤い直線が直方体を貫いた。

 そこから、ほんのわずかに間を置いて……

 ぼぐん、ぼぐん! と、太陽の色に輝くさびいが、強固な壁をぶち割って、直方体のあちこちから生え出す。直方体はまたたに全身を巨大なキノコにい破られてその隆起をやめ、力尽きるようにへし折れて、どずううん! と地面に落ちて白煙をあげた。


「何だこりゃ!?」


 ビスコはユッ太を地面に下ろしながら、置き土産のようにもういつ放ち、直方体の群れにさびいの菌糸を食い込ませる。キノコに喰い破られてゆく直方体を見て、しかしビスコの表情は険しい。さびいが効くのは確かでも、これがビスコの生涯でいまだ見たことのない、得体の知れぬ脅威であることは間違いなかった。


「白い……箱? 不気味だ。得体が知れねえ……!」

「ビスコ! 下っ!」


 背後から響く相棒の声に、ビスコはとつにユッ太を抱えてそこから退く。ビスコの俊敏な動きを計算して放たれた矢が、ビスコの爪先をかすめて地面に突き立ち、ぼうん、ぼうん! と広範囲にまいたけの群れを発芽させる。

 ビスコの足元から伸びあがろうとしていた直方体は、そこでまいたけの群れに押し込められ、それでも無理矢理伸びあがろうとしてぼきりと折れてしまった。折れた白いそれが地面に落ち、白煙を上げるのを見つめるビスコの横へ、ミロがすとんと下り立つ。


「その子は無事? よかった!」

「ミロ、この白い、塔みたいなのはなんだ!? 新手のキノコか?」

「わかんない……! でも、見たままを言うなら、これは《都市ビル》の形だよ」

「《都市ビル》って……古代建築だろ、スパイ映画に出てくるやつ。それがなんで、キノコ守りの里に生えてくるんだよ?」

「わかんないよ、僕だって! とにかく急いで、今、南のほうでみんな戦ってる。この集落が、何か妙な奴らに襲われてるみたいなんだ!」

「わかった! アクタガワ──ッ!」


 ビスコの呼びかけからわずか数秒と置かず、巨大なおおがにの影が折れた都市ビルの跡を跳ね飛び、少年たちの脇に、どすうん!! と着地した。すかさずそのくらに飛び乗る二人に手を振って、ユッ太少年が叫ぶ。


「ビスコにいちゃ───ん!! がんばれっ! さびくいで、やっつけろ!」

「ユッ太はガキどもつれて、長老の家に逃げろ! わかったな!」

「りょーかいだーっ!」


 敬礼するユッ太、ならびにそのまながにナツメを背後に、ビスコとミロはアクタガワを駆り、戦場へ向けて突っ走っていく。


「……くそ、俺の、里が……!」


 ビスコは一度、小高い丘の上でアクタガワを止め、集落を見下ろして奥歯をめた。

 先ほどまで祭りの喜びにあふれていた広場は、ユッ太を救った時のような《都市ビル》の森にすっかりじゆうりんされ、やわらかな火の明かりは、白色灯の強い光に打ち消されてしまっている。

《都市ビル》の木々はそこらじゅうの家屋をい破ってなおも広がり、この里全体を着実に命なき森に変えつつあった。


「どこの、どいつが……何の恨みで! こんな真似しやがるッ!」

(ビスコ……)


 あまりにも理不尽な眼前の光景に、ぶるぶると震える相棒のすいの眼光を、ミロが見つめる。己が内に沸くれんびんの情をミロはひとまず押し込めて、ひとつ相棒の肩を張った。


「相手がどこのどいつでも。一発撃ち込んで、やめさせなきゃ! 急ごう、ビスコ!」

「……おうッ!」


 ビスコは相棒のげきに我に返り、アクタガワのづなを操ると、故郷の祭りの夜を踏みにじったまだ見ぬ敵へ向けて、たぎる怒りのほむらとともに駆けてゆくのだった。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
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