「子供と子蟹を守れ! これ以上下がるなーっ、ここで食い止めろ!」
「畜生っ、タクボクがやられたっっ! 若くてもいい、こっちに蟹を回してくれ──っ」
儀式の広場から南、集落の入り口付近では、怒号の飛び交う壮絶な戦いが繰り広げられていた。
夜の闇の中から青く輝く謎の塊が隕石のように降り注ぎ、家屋、人間、蟹の区別なく、それに触れたものを次々に破壊して、電柱や信号、道路といった《都市》に変えていってしまうのである。
戦場はもはや、キノコ守りの素朴な家屋と《都市》の混ざり合う混沌と化していた。
地面を次々と食い破って生え出す《都市ビル》の合間を縫って、歴戦のキノコ守り達は弓矢と蟹を操り、天狗のような素早さで未知の敵に応戦するものの、一人、また一人とその都市の力の前に倒れていく。
明らかな劣勢であることが、慌てて身を隠して荒い息をつくチロルにも十分に見て取れた。
「……ひいえええ……なんだかえらいことになっちゃったよ。こりゃいよいよ、この世の終わりかな?」
チロルは暗闇から戦場を窺うも、敵はキノコ守りを凌ぐ素早さの集団であるらしく、一向にその姿を確認できない。時折、激突するような矢と短剣の音が夜の中に響くのみである。
「キノコ守りが敵わないって、どんな奴らだよ……? だ、だめだ、ぼさっとしてちゃ。あたしはさっさと、おさらばしないと……」
素早くまとめた商売道具を背負って、物陰を飛び出そうとした、チロルの目の前に。
がしゃぁん! と、がらくたが落ちるような音を立てて、何かが盛大に落下してきた。チロルは「ひぃっ」と喉の奥で悲鳴を上げ、そのがらくたを覗き込む。
キノコ守りが仕留めたのであろう、腹をキノコで食い破られて火花を散らすそれは、極めて精巧に作られた「機械人形」であった。
すらりと長く、人間の五割増しほどに伸びた腕が目を引くものの、つるりと光沢を帯びた白い肌とそのボディラインは、美しくスリムに造形されている。頭部は真っ赤な金属の繊維で覆われ、見た目だけなら人間の髪の毛と遜色ない。
「……んな、なんだぁ、こいつ?」
チロルがおそるおそる屈み込み、その白い無表情を覗き込んだ瞬間。
ぐわり! と白い人形は上半身だけを起こし、その右手をチロルへ向けてかざした。みるみるうちにその手のひらには、青光りするキューブ状のものが凝固してゆく。
「ラ……ンチ……シてィ……メい、カー…」
「んおわああ───っっ!!」
チロルは半狂乱になって反射的に腰のバールを引き抜き、目の前の人形の脳天目掛けて振り下ろす。
ずがしゃん! と音を立てて人形の頭が砕けると、撃ち出された青いキューブの狙いはチロルから逸れ、背後の石灯籠にぶちあたり、じゃがん! じゃがん! と金属が擦れるような音を立てて、それを瞬く間に一本の電柱へと変えてしまった。
「ひいええええ……なんなの、こいつら!」
チロルが驚愕で慄く暇も与えず、集落の入り口から、一際大きい爆裂音が響き渡った。
ついで、歴戦のキノコ守りの断末魔の叫びと、大蟹が弾き飛ばされて大地を砕く音が、続けざまに聴こえてくる。チロルの本能は必死に逃げようとするも、度重なる大地の震えと、単純に腰が抜けているのもあって身動きがとれない。
そんな中を……
かつん、かつん、かつん。
この大自然の中に、全く不釣り合いな靴音を立てて、何かが歩いてくる。
かつん、かつん、かつん。
音が横切るにつれ、すっかり集落を蹂躙した《都市》の群れが、呼応するように光を灯し、その人影を闇夜の中に照らし出した。
「猿、ども……と、侮蔑の意味で、使ってはいたが」
影の主は、燃え立つような赤い髪を苛立ちにゆらめかせ、不気味なほど真っ赤な瞳で虚空を睨みながら、白衣のポケットに手を突っ込んで、不機嫌そうに歩を進めてゆく。
「まさか、本当に……猿なみに退化しているとは。石器時代みたいな武器で、《ホワイト》を、生身で倒す身体能力。無駄すぎる……! これを、人類と、呼んでいいのか……」
ぶつぶつと呟く赤髪の足元には、まるで波が寄せるようにしてアスファルトが覆い、地面を埋め立ててその靴を土に触れさせない。背後には先ほどの白い機械人形を数体従えており、どうやらこの人形の容姿は、赤髪に似せて作られているらしかった。
「くたばりやがれっ、バケモノ───ッッ!!」
突如、考え事に沈む赤髪の頭上から、一匹の大蟹がキノコ守りとともに飛び下り、その大鋏を振り下ろした。
ぶうんっ!
風を切る轟音が里に響き渡るも、赤髪は顔を上げることすらしなかった。大蟹の鋏は赤髪に触れる寸前で、それが纏う青い粒子のバリアに触れ、まるで砂のように、白色の粉となって消え失せてしまったのである。
「う、おあ……!? ヤスナリの鋏が!」
「蟹に、乗る? などという……発想も、理解できない。いかれている、つくづく……」
赤髪が手をかざすと、青く輝く粒子がぶわりと突風を起こし、大蟹はまるで巨大な鉄球に打ち付けられたようにすっ飛んでゆく。大蟹はそのまま家屋のひとつにぶちあたって、そこで爆発するように小型のビルに変えられてしまった。
「……ヤスナリ───ッッ!! 畜生、てめええ──っっ!!」
投げ出されたキノコ守りが怒りにまかせて短刀を閃かせ、山犬のように赤髪に飛びかかる、その首根っこを、赤髪はいとも簡単に摑み、怪力で自分の眼前に跪かせる。
「ここ四国では、復元プログラムのバグが顕著だ。アポロ粒子を遮る、別の粒子の存在を確かに感じたが……見当違いか。こんな猿どもに、そんなものが作れるとは思えん」
「……へ、へへ……その、スカしたツラも、今のうちだ……」
「どういう意味だ?」
「オレ達には神様がいるんだ、キノコの、神様がな……ビスコが、必ず、お前を……」
どすん! と喉を突き破って咲いた《都市ビル》に、キノコ守りの言葉は遮られた。赤髪に摑まれた部位を中心にして、その身体中がみるみる小さなビル、電柱といった都市群に食い破られてゆき、それはキノコ守りが絶命した後も止まらなかった。摑んだ死体が原形をなくし、小さな街のジオラマみたいになったころ、赤髪はようやくその身体をつまらなそうに放り出す。
「ぼくはすかしてなどいない。『マナー』を知らぬやつだ」赤髪はなんだか全く的のはずれたことを言って、背後の白人形たちを振り返る。「今、片付けたのはほんの一部だ。根絶やしにするぞ。四体は長老宅へ。三体は、蟹……くそ、ナンセンスだ……蟹牧場へ行って……」
赤髪が命令を終える前に、とすん、と、一本の矢が白人形の胸に突き立った。
少しの間、その場の一同が、無感情にその矢を見つめて……
ぼぐんっ!
大きなキノコの炸裂が人形を弾き飛ばすと、白人形達は散らばるようにそこから飛びすさった。赤髪だけが、眉間に皺を寄せて、咲き誇ったキノコの跡を眺めている。
ぼぐん、ぼぐん、ぼぐんっ!
空色の髪がビルの間を跳ね飛ぶたび、白人形が夜空に次々にキノコを咲かせ、地面に落ちてゆく。一体の白人形から咲いた蜘蛛の巣のようなキノコが、数体の人形を絡め取ると、纏まったそれへ向けて、大蟹がその大鋏を振り上げる。
「いけえっ、アクタガワ!」
ずがしゃんっ!! と轟音を立てて、振り下ろした大蟹の鋏が、白人形の塊を砕き散らした。吹き飛ぶ破片がそこらじゅうに散らばり、その一片が赤髪の足元へ転がる。
「……暴力性だけが、いたずらに進化している……冷房も、加湿器もないくせに!」
赤髪の顔が怒りに歪む、その正面に、一本の輝く矢が飛ぶ。赤髪がすかさず片手でそれを振 り払うと、逸れた矢は背後のビルに突き立って輝くキノコを咲かせた。
「……何だ? 今の矢は。手が、痺れた……」
「今のを弾けるってことは、てめえが親玉だな」