錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」

1 ①

「子供とがにを守れ! これ以上下がるなーっ、ここで食い止めろ!」

「畜生っ、タクボクがやられたっっ! 若くてもいい、こっちにかにを回してくれ──っ」


 儀式の広場から南、集落の入り口付近では、怒号の飛び交う壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 夜の闇の中から青く輝く謎の塊がいんせきのように降り注ぎ、家屋、人間、かにの区別なく、それに触れたものを次々に破壊して、電柱や信号、道路といった《都市》に変えていってしまうのである。

 戦場はもはや、キノコ守りの素朴な家屋と《都市》の混ざり合うこんとんと化していた。

 地面を次々と食い破って生え出す《都市ビル》の合間を縫って、歴戦のキノコ守り達は弓矢とかにを操り、てんのような素早さで未知の敵に応戦するものの、一人、また一人とその都市の力の前に倒れていく。

 明らかな劣勢であることが、慌てて身を隠して荒い息をつくチロルにも十分に見て取れた。


「……ひいえええ……なんだかえらいことになっちゃったよ。こりゃいよいよ、この世の終わりかな?」


 チロルは暗闇から戦場をうかがうも、敵はキノコ守りをしのぐ素早さの集団であるらしく、一向にその姿を確認できない。時折、激突するような矢と短剣の音が夜の中に響くのみである。


「キノコ守りがかなわないって、どんなやつらだよ……? だ、だめだ、ぼさっとしてちゃ。あたしはさっさと、おさらばしないと……」


 素早くまとめた商売道具を背負って、物陰を飛び出そうとした、チロルの目の前に。

 がしゃぁん! と、がらくたが落ちるような音を立てて、何かが盛大に落下してきた。チロルは「ひぃっ」と喉の奥で悲鳴を上げ、そのがらくたをのぞむ。

 キノコ守りが仕留めたのであろう、腹をキノコで食い破られて火花を散らすそれは、極めて精巧に作られた「機械人形」であった。

 すらりと長く、人間の五割増しほどに伸びた腕が目を引くものの、つるりと光沢を帯びた白い肌とそのボディラインは、美しくスリムに造形されている。頭部は真っ赤な金属の繊維で覆われ、見た目だけなら人間の髪の毛とそんしよくない。


「……んな、なんだぁ、こいつ?」


 チロルがおそるおそるかがみ、その白い無表情をのぞんだ瞬間。

 ぐわり! と白い人形は上半身だけを起こし、その右手をチロルへ向けてかざした。みるみるうちにその手のひらには、青光りするキューブ状のものが凝固してゆく。


「ラ……ンチ……シてィ……メい、カー…」

「んおわああ───っっ!!」


 チロルは半狂乱になって反射的に腰のバールを引き抜き、目の前の人形の脳天目掛けて振り下ろす。

 ずがしゃん! と音を立てて人形の頭が砕けると、撃ち出された青いキューブの狙いはチロルかられ、背後のいしどうろうにぶちあたり、じゃがん! じゃがん! と金属がこすれるような音を立てて、それをまたたに一本の電柱へと変えてしまった。


「ひいええええ……なんなの、こいつら!」


 チロルがきようがくおののく暇も与えず、集落の入り口から、ひときわ大きい爆裂音が響き渡った。

 ついで、歴戦のキノコ守りの断末魔の叫びと、おおがにはじばされて大地を砕く音が、続けざまに聴こえてくる。チロルの本能は必死に逃げようとするも、度重なる大地の震えと、単純に腰が抜けているのもあって身動きがとれない。

 そんな中を……

 かつん、かつん、かつん。

 この大自然の中に、全く不釣り合いな靴音を立てて、何かが歩いてくる。

 かつん、かつん、かつん。

 音が横切るにつれ、すっかり集落をじゆうりんした《都市》の群れが、呼応するように光をともし、その人影を闇夜の中に照らし出した。


「猿、ども……と、侮蔑の意味で、使ってはいたが」


 影の主は、燃え立つような赤い髪をいらちにゆらめかせ、不気味なほど真っ赤な瞳でくうにらみながら、白衣のポケットに手を突っ込んで、不機嫌そうに歩を進めてゆく。


「まさか、本当に……猿なみに退化しているとは。石器時代みたいな武器で、《ホワイト》を、生身で倒す身体能力。無駄すぎる……! これを、人類と、呼んでいいのか……」


 ぶつぶつとつぶやく赤髪の足元には、まるで波が寄せるようにしてアスファルトが覆い、地面を埋め立ててその靴を土に触れさせない。背後には先ほどの白い機械人形を数体従えており、どうやらこの人形の容姿は、赤髪に似せて作られているらしかった。


「くたばりやがれっ、バケモノ───ッッ!!」


 突如、考え事に沈む赤髪の頭上から、一匹のおおがにがキノコ守りとともに飛び下り、そのおおばさみを振り下ろした。

 ぶうんっ!

 風を切るごうおんが里に響き渡るも、赤髪は顔を上げることすらしなかった。おおがにはさみは赤髪に触れる寸前で、それがまとう青い粒子のバリアに触れ、まるで砂のように、白色の粉となってせてしまったのである。


「う、おあ……!? ヤスナリのはさみが!」

かにに、乗る? などという……発想も、理解できない。いかれている、つくづく……」


 赤髪が手をかざすと、青く輝く粒子がぶわりと突風を起こし、おおがにはまるで巨大な鉄球に打ち付けられたようにすっ飛んでゆく。おおがにはそのまま家屋のひとつにぶちあたって、そこで爆発するように小型のビルに変えられてしまった。


「……ヤスナリ───ッッ!! 畜生、てめええ──っっ!!」


 投げ出されたキノコ守りが怒りにまかせて短刀をひらめかせ、山犬のように赤髪に飛びかかる、その首根っこを、赤髪はいとも簡単につかみ、怪力で自分の眼前にひざまずかせる。


「ここ四国では、復元プログラムのバグが顕著だ。アポロ粒子を遮る、別の粒子の存在を確かに感じたが……見当違いか。こんな猿どもに、そんなものが作れるとは思えん」

「……へ、へへ……その、スカしたツラも、今のうちだ……」

「どういう意味だ?」

「オレ達には神様がいるんだ、キノコの、神様がな……ビスコが、必ず、お前を……」


 どすん! と喉を突き破って咲いた《都市ビル》に、キノコ守りの言葉は遮られた。赤髪につかまれた部位を中心にして、その身体からだじゆうがみるみる小さなビル、電柱といった都市群に食い破られてゆき、それはキノコ守りが絶命した後も止まらなかった。つかんだ死体が原形をなくし、小さな街のジオラマみたいになったころ、赤髪はようやくその身体からだをつまらなそうに放り出す。


「ぼくはすかしてなどいない。『マナー』を知らぬやつだ」赤髪はなんだか全く的のはずれたことを言って、背後の白人形たちを振り返る。「今、片付けたのはほんの一部だ。根絶やしにするぞ。四体は長老宅へ。三体は、かに……くそ、ナンセンスだ……かにぼくじようへ行って……」


 赤髪が命令を終える前に、とすん、と、一本の矢が白人形の胸に突き立った。

 少しの間、その場の一同が、無感情にその矢を見つめて……

 ぼぐんっ!

 大きなキノコのさくれつが人形をはじばすと、白人形達は散らばるようにそこから飛びすさった。赤髪だけが、眉間にしわを寄せて、咲き誇ったキノコの跡を眺めている。

 ぼぐん、ぼぐん、ぼぐんっ!

 空色の髪がビルの間を跳ね飛ぶたび、白人形が夜空に次々にキノコを咲かせ、地面に落ちてゆく。一体の白人形から咲いたのようなキノコが、数体の人形をからめ取ると、まとまったそれへ向けて、おおがにがそのおおばさみを振り上げる。


「いけえっ、アクタガワ!」


 ずがしゃんっ!! とごうおんを立てて、振り下ろしたおおがにはさみが、白人形の塊を砕き散らした。吹き飛ぶ破片がそこらじゅうに散らばり、その一片が赤髪の足元へ転がる。


「……暴力性だけが、いたずらに進化している……冷房も、加湿器もないくせに!」


 赤髪の顔が怒りにゆがむ、その正面に、一本の輝く矢が飛ぶ。赤髪がすかさず片手でそれを振 り払うと、れた矢は背後のビルに突き立って輝くキノコを咲かせた。


「……何だ? 今の矢は。手が、しびれた……」

「今のをはじけるってことは、てめえが親玉だな」



刊行シリーズ

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