ぶわりとはためく外套から火の粉の胞子を振りまき、一族最強のキノコ守りが赤髪の眼前に着地する。ビスコは矢筒から次の矢を抜きながら、咬みつくように吠えた。
「得体の知れねえ呪力で好き放題しやがって。てめえら、何モンだ、コラァッ!!」
「あ、赤星! おおお、おせーよ、バカ!」
それまで気配を消していたチロルは、地面に降り立ったビスコの後ろにそそくさと隠れる。残る白人形をアクタガワに任せ、ミロもビスコの影のようにそこへ立ち、鋭く赤髪を見据える。
「……それは、ぼくが、聞きたい」錆喰いの明かりに照らされて、白衣の赤髪はゆらりと顔を上げ、ビスコと目線を合わせた。「きみたちが何者なのか……正確に言えば、平均186㎝の跳躍をする動物が本当に人類なのかどうか、だが」
そこで初めて、ビスコと赤髪はその視線をぶつけあい、びしりと固まってしまった。固まったのは、ミロとチロルの両名も同じであり、その理由は明白であった。
(こ、こいつ、赤星にそっくりじゃない!?)
(う、うん……! あ、頭はもっと良さそうだけど……)
二人の言う通り、赤髪の容姿はビスコを清潔にして前髪を下ろしたような風貌で、精悍な顔立ちもよく似ている。違うのは瞳の色と、その佇まい……ビスコの持つ野性を取り去って、知性を備えさせたような、そういう雰囲気であった。
「……ヤスナリと、岩倉をやったのは、てめえだな……! 死ぬ前に名前を教えろ。二人の墓碑に捧げる」
「……『人に名前を聞くときは、自分から名乗る』のが『マナー』だ。……礼儀を猿に教えるのも、馬鹿らしい話だが……」
赤髪は手袋をはめた手に再び青い粒子を沸き立たせて、どうやら眼前の猿が他の猿と一味違うと判断したのか、その表情をわずかに引き締めた。
「岩倉、というのは、それのことか? くたばり際に、『ビスコ』ならぼくを殺せると言っていたよ。……きみが、そうか。きみがその、ビスコか?」
「天下にとどろく人喰い赤星、錆喰いビスコの名前を知らないなんて、世間知らずもいいとこだよ!」ビスコの後ろから顔を出して、チロルががなる。「ほら、こっちが名乗ったら、次はあんたの番でしょ。あんたは何モンで、何が目的なの!?」
赤髪ははじめ、問答無用でその手をビスコへ向けかけたが、何か口の中で呟くように思い直すと、正面からビスコを見つめ、声を張り上げた。
「ぼくは、アポロ。……平たく言えば。きみ達を、滅ぼしに来た」
「ビスコ! 話の通じる相手じゃないよ!」
「ハナから解ってる!」
「『マナー』は返したぞ、猿どもッッ!」
アポロの手から、青い隕石のようなキューブの弾丸が放たれ、ビスコを襲う。咄嗟に放ったビスコの錆喰いの矢が、そのキューブをぶち割って咲き、そこらじゅうにその欠片を振りまいた。キューブの欠片は張り付いた場所に、ミニチュアのような都市を次々と築いてゆく。
「……! ぼくの粒子を、分解した! やはりこれが、バグの原因……しかし……き、きのこ、だと!?」
「キノコの何が悪いんだ、コラァッ」
「《ランチ・ウォール・プロテクト》!」
驚くアポロに、続くビスコの二矢、三矢が襲いかかるも、真言めいたもので作り出された漆黒の壁がアポロを守り、その矢を食い止める。
「!? 錆喰いが、咬まねえ!」
「《ランチ・シティ・メイカ───ッ》!!」
アポロの手から、矢継ぎ早に青色のキューブが打ち出される。集落のあちこちを跳ね飛んでそれをかわすビスコだが、キューブの光弾はしつこくその後を追い続け、アポロを狙う矢もその漆黒の壁にすべて弾かれ、キノコを咲かすことができない。
「くそッ、ジリ貧だ!」
「won / shed / kerd / snew(対象の周囲を守る)!」
相棒と背中合わせに飛び、真言を唱えたミロの周囲に、緑色の胞子が壁を作る。青い追尾弾は次々とそれにぶち当たるが、とうとうミロの真言の盾はその全てを食い止めた。
「野郎、ケルシンハと同じ盾を使うぞ。この弓じゃ通らねえ!」
「わかった。真言弓でいくよ!」
「よし!」
防壁を破るべく、眼下で両手に力を溜めるアポロを見ながら、ミロの唇から静かに真言が漏れ出す。閃く緑色のキューブが半月を描いてビスコの手をかすめれば、星を穿つがごとき大弓がその手に顕現し、ビスコの八重歯といっしょにぎらりときらめいた。
「射てるよっ、ビスコ!」
「《シティ・メイカー・ブラスト》!!」
「喰らええええ────ッッ!!」
アポロの凝縮されたキューブと、ビスコの真言弓が放たれたのは殆ど同時であった。
そこからコンマ秒の間に、極限まで威力を増して射出されたはずのアポロの粒子塊弾はしかし、火の粉を散らして飛ぶオレンジの直線に一息に貫かれてしまう。
「!!」
真言弓の思わぬ威力に、アポロは咄嗟に漆黒の盾を展開するも、盾はわずかに狙いを逸らしただけで、そのままアポロの左腕をはるか後方へもぎ飛ばしてしまう。
「……な、にいっ!?」
驚愕し、歯を食いしばるアポロはしかし、矢を放って無防備になった二人へ、残った片腕でなおも粒子を練り上げてゆく。
弓の反動でバランスを崩し、地面に落ちてくる少年達へ向け、それを放とうとした矢先、
ぼぐんっっ!
輝く錆喰いがアポロの脇腹を食い破って咲き、その身体を衝撃で弾き飛ばす。ぼぐん、ぼぐんっっ! と、二度三度そこらじゅうに身体を撥ね飛ばされてアポロはついに這い蹲り、オレンジに輝く鏃を握りしめながら、「げほぉっ」と、一度白い砂のようなものを吐いた。
「ば、かな。これは。胞子が、アポロ粒子を、喰って、いるのか……!」
アポロは普段は無表情なその顔に明らかな驚愕を浮かべ、数回、咳き込む。そこへ、真言弓で持てる力を吐き出した二人が、受け身も取れずに地面に転がる。
「や、やったよ、ビスコ!」
「いや、待て! 野郎……あれだけキノコに食われて、息がある!」
少年二人は、尋常でないダメージを受けてなおも立ち上がる、アポロを目の前にして固唾を吞んだ。
アポロはその得体の知れない粒子の力で錆喰いの繁殖を食い止めたらしく、身体中から白い砂をこぼしながら、千切れた腕を押さえつつ、少年二人をその目で睨みつけている。
「退かないと……」
アポロは真紅の目から白い砂をざらざらと零し、ゆっくりと後ずさる。
「相手の力量を認めるのは『マナー』だ。ここは、ぼくの負けだ……しかし、わかった、都市化を阻むものが。まさか、『自然発生した粒子』に……アポロ粒子が、喰われていたなんて。つぎはぼくの勝ちだ、退きさえ、すれば……」
「そうは、いくかっっ!」
「ミロ!」
「《ランチ・シティ・メイカー》……!」
ミロが持てる力を振り絞って立ち上がり、アポロへ弓を向ける。しかし、アポロが残った片手を地面に叩きつけると、瞬時に伸び上がった槍のような鉄骨がミロの片足を突き破って鮮血を散らし、そこへ縫い止めてしまう。
「! う、ああっ!?」
「ミロッッ!!」
満身創痍の少年たちに、アポロが追い打ちをかける。ちぎれ飛んだ自らの腕を宙空に躍らせて操り、小型獣を獲物にけしかけるように、ミロ目掛けて飛びかからせたのである。
(くそっ、だめだ、足が!)
「ううらああ───っっ!」
間一髪、身を挺してミロの前に飛び出したのは、物陰に隠れていたチロルであった。チロルが横薙ぎに振り抜いたバールは、見事に腕の手首を捉え、そこを両断する。
「はっ、はっ! どーだ、この野郎っ!」
「チロルッ! 退がってッ!!」
ミロの必死の警告より、アポロの動きが速かった。トカゲの尻尾のように腕を落として、千切れた掌だけがチロルの顔面に摑みかかったのである。
「わあっ! こいつ! は、離れ……うわあ、うああああ───ッッ!」