錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」

2 ①

『全日本同時多発都市化テロ』。

 白いボディに赤い髪の機械人形が突如襲来し、触れたものを次々に『都市』に変えてゆくという、全国規模の一大怪事件である。人形が標的にするのは自然・人工物、または動物・人間の区別などまるでなく、とにかく片っ端から『都市』、つまりはビルであったり電柱・信号機であったりといった旧文明の建造物に変質させてゆく。

 過去に類を見ないこの奇妙な現象は、何の前触れもなくまたたに日本中を襲い、国民たちをきようかんの渦に巻き込んだ。

 各県ともにこのテロでじんだいな被害を受ける中、それまでの日本の中枢であったきようが集中的な攻撃を受け、一晩にして陥落。指令系統を失い崩壊しかける日本に、突如、関東はいみはまけんから号令がかかる。



『我がいみはまけんは、さいたま南・とうきようばくしんけつに、突如として出現した巨大都市を確認。日本各地を襲う人形兵器らしきものは、この巨大都市から派遣されていると思われる』

『県、宗派、企業、部族。われら日本人、ここに至ってすべてのえんこんを捨て、護国の志のもと、いみはまけんに軍事力を結集されたし』



 若き美貌のいみはま県知事・ねこやなぎパウーの発したこの声明に、プライドの高い各県・民族が無条件に応じるかどうかは疑問視された……が、いみはま県知事には確信があった。

 至極単純なことだが、今この状況、『誰も面子メンツに構っていられなかった』のである。



『ショット。……アンセット。ランチ・シティ・メイカー……ショット』


 じゃがん! じゃがん、じゃがん!

 自在に空を舞う数体の白人形が、じゆごんのようなものをつぶやいて青いキューブの弾丸を撃ち出すたび、いみはまの街はそのじきとなって、次々に整然とした都市に食い破られてゆく。


「民間人はシェルターに逃がして! 入りきらなきゃ、下水道にでも入れといて!」

「ナッツ隊長──ッッ、下がってください! 前線は危険です!」

「ばか言え、これ以上下がったら、県庁をやられる。おまんら、気張れ! せめて、会談が終わるまで、県庁にこいつらを入れるなァッ」


 いみはま自警団が跳ね飛ぶイグアナを駆って奮戦するのに合わせ、キノコ守りが弓で加勢する。関東の要塞・いみはまけんも、今まさにこの都市化テロの標的となっていた。


「……おのれ。見境なしか……!」


 いみはまの街が隆起するビルに食い破られてゆくのを強化ガラス越しに見て、パウーの美しい顔がゆがむ。会談を控えつつもその風貌は自警団長時代の戦士のたたずまいであり、得意のてつこんもしっかりとその手に握りしめている。

 奮戦する自警団の姿に、たまらず自分も戦場へ飛び出しかける、そこへ、


まとじゆうこう会長、まとぜん寿じゆろうさま、お見えになりましたッ」

「キノコ守りの暫定代表は、とつとりから、長老・ガフネおおばばさま」

いわばんりようから、おおちやがまだいそうじよう

しまからは、アムリーニそうじよう、ラスケニーごんのそうじよう、共にお越しです」


 会談室に、日本を代表するトップクラスの要人達が次々と現れはじめた。パウーは深呼吸してひとまず戦意を鎮めると、それぞれに挨拶をして回る。


「アムリィ。よく来てくれたな……しまも大変なところ、ラスケニーまで。すまない」

「何をおっしゃるの。パウー姉様のお力になれずして、クサビラ宗そうじようは名乗れませんわ」

「今はあなたが人類のリーダーだ、パウー。宗派がらみのことは私達に任せて、あなたはひとまず、部族や企業の折衝に努めてくれ」


 ラスケニーが耳元でささやくのに、パウーはうなずき返す。続々と円卓に座る面々はいずれも日本にその名をとどろかせる大物ばかりで、ある種犬猿の仲の者同士がいくつも顔を合わせていると言ってもいい。パウーのリーダーシップが、会談の鍵になることは間違いなかった。


くろかわの野郎がおっにおってから、ぼちぼちいみはまとも縁を切ろうかと思っとった矢先」まとじゆうこう会長・まとぜん寿じゆろうは、その太い指でテーブルをどんどんとたたき、その濁った瞳で一同をめ回すように見つめた。「こうしてこんな場所に、顔を出す羽目んなるとはな。……しかも、よりによってキノコ食いの田舎者どもと、同じ卓に座らされるとは」

「文句があるのかい。ぶたじじい」


 キノコ守りの女長老ガフネは、鼻を鳴らしてまと会長を嘲り返す。


「偉そうに工場並べてる割に、弓矢の一発でおしやになるポンコツばかり作りよってよ。今回はそのハリボテを、たまけに使ってやるってんだ。有り難く思いな」

「ま……まとの兵器を、ポンコツとかしたか、貴様!」

「他に何て言えばいいんだい。鉄くずか、できそこないか」

「長老、おやめください! まと会長も……今は、日本の一大事と知っておられるでしょう」


 パウーが制止に入るも、ガフネ長老は全く悪びれる様子もなく、一方のまと会長は、怒ったいのぶたのようにすっかり顔を紅潮させている。


「ふん! 天下のまとじゆうこうがキノコ食いと協力したとなれば、先祖からどんなたたりがあるかわかったもんではない。知事、わしはこれで……」


 ずごうん! と、ごうおんまと会長の言葉を遮り、天井を貫いて円卓の中央に何かがたたきつけられた。顔面を一本の矢で貫かれたその白い人形は、ぎぎぎ、と身体からだを動かして、やがて ぼん、ぼん! と数発のキノコを咲かせ、そこで動かなくなった。


「ひ、ひええ……そ、そいつは……例の!!」

「そうビビるない。死んどるわ」


 一人のろうが天井の穴からひらりと円卓へ飛び下りて、遅れて落ちてきた三角帽をかぶり直す。そして念押しにその白人形の首を足でへし折って、頭を横へ転がした。


「あれは、英雄ジャビ!」「老人の動きではないぞ」


 円卓から口々に感嘆の声が上がる中、ジャビはきょろきょろと円卓を見回し、ガフネ長老と目を合わせて露骨に嫌な顔をした。


「……げえっ。鬼ババが来とる」

「相変わらず礼儀のねえ奴。ガフネお姉様と呼びな」

「ジャビ殿! ご無事でしたか。まさか、人形に県庁に入られましたか!?」

「んや、この一体だけじゃァ。しかし連中、ぜんぜん数が減らんでな。話があるならはよう済ませんと、県庁もやられかねんぞい」


 パウーはジャビにうなずいて、ざわめく円卓へ向け、ひときわ声を張った。


「一同、見ての通りだ。この部屋だけではない、今、日本中の全てのの命が危険にさらされている! えんこんを引きずった挙句、自らの県を、民を失っては笑い話にもならない。この場は心をひとつにし、共通の敵に立ち向かうがひつじようであろう!」


 てつこんを掲げ、黒髪をなびかせるいみはま県知事の声に、円卓は一時静まり返ったが、やがて……


「異議なし」

「パウー知事を支持する!」

「つるよき」


 円卓のそこかしこから賛同の声が上がり、各所のいもそこで収まったようであった。

 不満顔のまと会長も、まとじゆうこうの利益不利益とてんびんにかけてその場は怒りを収め、不承不承ではあれど「さっさと済ませろ」の声をその喉から絞り出した。


「ヒョホホ。政治の駆け引きも板についてきたのォ、嬢」

「また、意地悪なことを。心は戦士のままです」


 パウーはジャビのつぶやきに若干むくれたように言い返し、ひとつせきばらいをして、会談室の正面に埋め込んである大型のディスプレイに目を向けた。



刊行シリーズ

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錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
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