『全日本同時多発都市化テロ』。
白いボディに赤い髪の機械人形が突如襲来し、触れたものを次々に『都市』に変えてゆくという、全国規模の一大怪事件である。人形が標的にするのは自然・人工物、または動物・人間の区別などまるでなく、とにかく片っ端から『都市』、つまりはビルであったり電柱・信号機であったりといった旧文明の建造物に変質させてゆく。
過去に類を見ないこの奇妙な現象は、何の前触れもなく瞬く間に日本中を襲い、国民たちを阿鼻叫喚の渦に巻き込んだ。
各県ともにこのテロで甚大な被害を受ける中、それまでの日本の中枢であった京都が集中的な攻撃を受け、一晩にして陥落。指令系統を失い崩壊しかける日本に、突如、関東は忌浜県から号令がかかる。
『我が忌浜県は、埼玉南・東京爆心穴に、突如として出現した巨大都市を確認。日本各地を襲う人形兵器らしきものは、この巨大都市から派遣されていると思われる』
『県、宗派、企業、部族。われら日本人、ここに至ってすべての怨恨を捨て、護国の志のもと、忌浜県に軍事力を結集されたし』
若き美貌の忌浜県知事・猫柳パウーの発したこの声明に、プライドの高い各県・民族が無条件に応じるかどうかは疑問視された……が、忌浜県知事には確信があった。
至極単純なことだが、今この状況、『誰も面子に構っていられなかった』のである。
『ショット。……アンセット。ランチ・シティ・メイカー……ショット』
じゃがん! じゃがん、じゃがん!
自在に空を舞う数体の白人形が、呪言のようなものを呟いて青いキューブの弾丸を撃ち出すたび、忌浜の街はその餌食となって、次々に整然とした都市に食い破られてゆく。
「民間人はシェルターに逃がして! 入りきらなきゃ、下水道にでも入れといて!」
「ナッツ隊長──ッッ、下がってください! 前線は危険です!」
「ばか言え、これ以上下がったら、県庁をやられる。おまんら、気張れ! せめて、会談が終わるまで、県庁にこいつらを入れるなァッ」
忌浜自警団が跳ね飛ぶイグアナを駆って奮戦するのに合わせ、キノコ守りが弓で加勢する。関東の要塞・忌浜県も、今まさにこの都市化テロの標的となっていた。
「……おのれ。見境なしか……!」
忌浜の街が隆起するビルに食い破られてゆくのを強化ガラス越しに見て、パウーの美しい顔が歪む。会談を控えつつもその風貌は自警団長時代の戦士の佇まいであり、得意の鉄棍もしっかりとその手に握りしめている。
奮戦する自警団の姿に、たまらず自分も戦場へ飛び出しかける、そこへ、
「的場重工会長、的場禅寿郎さま、お見えになりましたッ」
「キノコ守りの暫定代表は、鳥取から、長老・ガフネ大婆さま」
「岩手は万霊寺から、大茶釜大僧正」
「島根からは、アムリーニ僧正、ラスケニー権僧正、共にお越しです」
会談室に、日本を代表するトップクラスの要人達が次々と現れはじめた。パウーは深呼吸してひとまず戦意を鎮めると、それぞれに挨拶をして回る。
「アムリィ。よく来てくれたな……島根も大変なところ、ラスケニーまで。すまない」
「何をおっしゃるの。パウー姉様のお力になれずして、クサビラ宗僧正は名乗れませんわ」
「今はあなたが人類のリーダーだ、パウー。宗派がらみのことは私達に任せて、あなたはひとまず、部族や企業の折衝に努めてくれ」
ラスケニーが耳元で囁くのに、パウーは頷き返す。続々と円卓に座る面々はいずれも日本にその名を轟かせる大物ばかりで、ある種犬猿の仲の者同士がいくつも顔を合わせていると言ってもいい。パウーのリーダーシップが、会談の鍵になることは間違いなかった。
「黒革の野郎がおっ死におってから、ぼちぼち忌浜とも縁を切ろうかと思っとった矢先」的場重工会長・的場禅寿郎は、その太い指でテーブルをどんどんと叩き、その濁った瞳で一同を舐め回すように見つめた。「こうしてこんな場所に、顔を出す羽目んなるとはな。……しかも、よりによってキノコ食いの田舎者どもと、同じ卓に座らされるとは」
「文句があるのかい。豚爺い」
キノコ守りの女長老ガフネは、鼻を鳴らして的場会長を嘲り返す。
「偉そうに工場並べてる割に、弓矢の一発でお釈迦になるポンコツばかり作りよってよ。今回はそのハリボテを、弾除けに使ってやるってんだ。有り難く思いな」
「ま……的場の兵器を、ポンコツと吐かしたか、貴様!」
「他に何て言えばいいんだい。鉄くずか、できそこないか」
「長老、おやめください! 的場会長も……今は、日本の一大事と知っておられるでしょう」
パウーが制止に入るも、ガフネ長老は全く悪びれる様子もなく、一方の的場会長は、怒った猪豚のようにすっかり顔を紅潮させている。
「ふん! 天下の的場重工がキノコ食いと協力したとなれば、先祖からどんな祟りがあるかわかったもんではない。知事、わしはこれで……」
ずごうん! と、轟音が的場会長の言葉を遮り、天井を貫いて円卓の中央に何かが叩きつけられた。顔面を一本の矢で貫かれたその白い人形は、ぎぎぎ、と身体を動かして、やがて ぼん、ぼん! と数発のキノコを咲かせ、そこで動かなくなった。
「ひ、ひええ……そ、そいつは……例の!!」
「そうビビるない。死んどるわ」
一人の老爺が天井の穴からひらりと円卓へ飛び下りて、遅れて落ちてきた三角帽をかぶり直す。そして念押しにその白人形の首を足でへし折って、頭を横へ転がした。
「あれは、英雄ジャビ!」「老人の動きではないぞ」
円卓から口々に感嘆の声が上がる中、ジャビはきょろきょろと円卓を見回し、ガフネ長老と目を合わせて露骨に嫌な顔をした。
「……げえっ。鬼ババが来とる」
「相変わらず礼儀のねえ奴。ガフネお姉様と呼びな」
「ジャビ殿! ご無事でしたか。まさか、人形に県庁に入られましたか!?」
「んや、この一体だけじゃァ。しかし連中、ぜんぜん数が減らんでな。話があるなら早う済ませんと、県庁もやられかねんぞい」
パウーはジャビに頷いて、ざわめく円卓へ向け、一際声を張った。
「一同、見ての通りだ。この部屋だけではない、今、日本中の全ての無辜の命が危険に晒されている! 怨恨を引きずった挙句、自らの県を、民を失っては笑い話にもならない。この場は心をひとつにし、共通の敵に立ち向かうが必定であろう!」
鉄棍を掲げ、黒髪をなびかせる忌浜県知事の声に、円卓は一時静まり返ったが、やがて……
「異議なし」
「パウー知事を支持する!」
「つるよき」
円卓のそこかしこから賛同の声が上がり、各所の小競り合いもそこで収まったようであった。
不満顔の的場会長も、的場重工の利益不利益と天秤にかけてその場は怒りを収め、不承不承ではあれど「さっさと済ませろ」の声をその喉から絞り出した。
「ヒョホホ。政治の駆け引きも板についてきたのォ、嬢」
「また、意地悪なことを。心は戦士のままです」
パウーはジャビの呟きに若干むくれたように言い返し、ひとつ咳払いをして、会談室の正面に埋め込んである大型のディスプレイに目を向けた。