「それでは一同、長旅の疲れもあろうが時間が惜しい、本題に入ろう。まず、東京爆心穴に現れた謎の巨大都市について、上空から撮影に成功した写真がある。我々はこの……んっ?」
東京爆心穴の航空写真を映したディスプレイは、全員が注目を集めたとたん、異音を立ててその表示を乱れさせてゆき、ついに砂嵐だけを移すようになってしまった。
「故障か? こんな時に間の悪い。仕方ない、印刷したものをここへ……」
『……あっ、人の声がする。繫がったか? あーもしもし。今そちらへ繫いでいる、聞こえるか。忌浜県庁に繫いでいる、誰かいたら応答してくれ』
「……な、何事だ、これは!?」
砂嵐のノイズに混じって、少女のような声が会談室に響き渡った。パウー以下、円卓の要人たちがざわめく中で、突然砂嵐の画面が切り替わり、赤い目のくらげ髪の少女を大写しにする。
『……おお! やっと無線をつかまえた。ちょっとノイズが乗るがまあ仕方ない』
「チロル! 無事だったか!」パウーは画面に映る親友の姿に表情を緩めたが、要人達の手前である事を思い出し、慌てて咳払いをした。「ど、どういう理屈で、そこに映っているんだ? あ、いや、それより今は会議中なんだ、話は時間を改めてだな……」
『衛星をジャックしただけだよ、黒革が忌浜から衛星放送にアクセスしているのは知っていたがチャンネルを特定できなかったから少し時間がかかった……おお、ちょうど日本の首脳陣が勢ぞろいしているぞ。タイミングが良かったな』
「チロル……? お前、何だか様子が……」
「しょ、しょの、額の聖紋はっっ!」
チロルの様子を訝しむパウーの横から、突然もこもこの綿毛のようなものが飛び出したかと思うと、ぴょんぴょんと身軽に飛び跳ねて、ディスプレイの前に跪いた。
「お、大茶釜僧正!?」
「開祖しゃま! お戻りをお待ちしておりましゅた。わちら万霊寺一同、常に教えを守り、経典の学びを欠かしておりましぇぬ。どうか、いまひとたび、お導きを」
全く口を開かないので有名な万霊寺大僧正が、急にそんな事を言い始めたので、会談室はまたもや騒然となってしまった。
「……万霊寺の、開祖? そんなまさか。チロルさまが?」
「いや、アムリィ。あの額のキューブの文様は、ケルシンハの経典にも描かれていた、最高位の神を示すもの。大茶釜大僧正が、ぼけたわけではないよ」
「お母様! そんな事、わたくし思ってませんわ! もうっ」
その一方、ディスプレイの中のチロルは、目の前に跪く大茶釜僧正を見て不思議と懐かしそうに目を細め、やや勢い込んで喋りだした。
『大茶釜くん! きみ、まだ現役なのか。歳、いくつになったんだい? いやよかった、君がいるなら話が早い。そちらの様子はどうだ?』
「は。日本の主だった県が、白人形《アポロ・ホワイト》の軍団に襲撃されておりましゅ。連中の放つシティ・メイカー・プログラムで、日本各地は着実に都市化されつつあり、まこと、由々しき状況……ただ、直接的な攻撃で都市を復元しゅているとゆうことは、アポロもまた、一括で日本を復元できなかったとゆうこと」
『うん。アポロは三百年の間に、「胞子」という抗体が自然発生することを予見しなかった。ゆえに錆がうまく働かず、思い通りに都市を復元できないんだろう。アポロがバグにまごついている間に東京を攻め滅ぼせば、ぼくらは滅びずにすむ』
「とはいえ、開祖様。わちらには、東京に攻め入る決め手がありましぇぬ。アポロ・ホワイトの侵略を止めるのが精一杯の状態では、アポロ本体には敵わぬ」
大僧正の進言を聞き、チロルは精悍な顔に「にこり」と笑みを浮かべた。
『大茶釜くん。人類には切り札がある。ぼくは目の前で、それがアポロを貫くのを見た』
「なんと」
『ビスコ──っ! ミロも来てくれ……ここだ、長老のテレビの前!』
「び、ビスコと、ミロだと!?」
成り行きを啞然と見守っていたパウーが、思わず身を乗り出してディスプレイを覗き込む。やがて、画面にその翡翠の眼を大映しにして、ビスコの狂犬面が映った。次いで、パンダ痣の美貌の少年が、ビスコのおでこをぐいっと画面から剝がし、画面の半分に映る。
『ジャビがいるぞ。なんだこりゃ? 録画か?』
『あっ、パウー! まって、アムリィもいるよ。チロルこれ、向こうと繫がってるの?』
『この二人は、人類とキノコの奇跡のハイブリッドだ。錆……いや、アポロ粒子を喰い破る、極めて強力な胞子をその血中に宿している』
二人の頰の間を割って入るように、チロルの赤い眼が画面の中で瞬いた。
『もはや、肉体を捨て粒子の集合体になったアポロを打ち倒せるのは、彼らの胞子の力しかないんだ。これからぼくがこの二人を連れて忌浜へ向かう間、なんとか持ちこたえてくれ』
「おおちぇのままに!」
『おい、どけ、チロル。忌浜と繫がってんなら、都合がいい』
満足げに頷くチロルの頭をひっつかんで、ビスコが画面に割り込んできた。
『おい、パウー! 見ての通りだ、チロルがおかしくなった。東京がどうとか、日本が滅びるとか、言ってる事が支離滅裂でよ。なんか、妙な憑きモンが中にいるんだと思う』
「ち、チロルに、何か憑いてるだって?」
『うん。ミロも呪いだの祟りだのは専門外だし……忌浜ってほら、祈禱師とか、呪物屋とかたくさんいるだろう。腕のいいのを、一人ぐらいこっちに寄越してくれ』
『ビスコ! 今はそれどころじゃない。我々こそ、忌浜へ向かわないと……』
『おめーの為に頼んでんだろ! ミロ! 飴でも舐めさせとけ』
ぎゃあぎゃあと騒ぐディスプレイの向こうを見つめながら、円卓がざわめく。大茶釜僧正はぽりぽりと頭を搔いて、少し困ったように漏らした。
「連れてくる、ったって、あの赤星をだからね。開祖しゃまに、納得させりゃれるかな」
大茶釜僧正のぼやきを聞いて、アムリィの紫の瞳がきらりと光った。
「……ビスコ兄様を、ここまで、お連れすればよろしいのね?」
「ひょほ?」
「ビスコお兄様!」
突然、円卓のざわめきを遮ってアムリィが席から立ち上がり、画面に呼びかけた。
「チロルさまはわたしにお任せください。悪いものが入り込んだなら、真言で吸い出しますわ。そういう憑き物の類は、仙医の得意とするところですのよ」
『アムリィ! そうか、お前なら間違いないよ。すぐ、四国まで来てくれ!』
「それが……その。今ちょうど、パウーお姉様に憑いた悪霊をお祓いしていて。忌浜を離れられないのですわ」
「んえっ!? わ、私に、悪霊!?」
思わず声を上げかけるパウーに、慌ててアムリィがウインクでサインする。パウーはすんでのところでアムリィの意図に気がつき、抗議の文句を飲み込んだ。
『パウーにも憑きモンがいるのか? まあ、不思議じゃないか……業の深い女だからな。どんな悪霊に憑かれてるんだ?』
「それは、えっと……前知事、黒革さまの怨霊ですわ。公務を放って、漫画を読みふけったり……不健康なスナックを食べ漁ったり、大変ですの」
(し、芝居とはいえ、勝手なことを……!!)
画面の向こうでげらげら笑うビスコの顔と、ややばつが悪そうなアムリィの顔を見比べて、パウーは怒りと羞恥に顔を紅潮させた。
「そ、そういうわけなので! ビスコ兄様、すぐ忌浜までチロルさまをお連れください。処置が遅れると、重篤化するかもしれませんわ」
『そうか。結局、忌浜には行かないといけねえのか』