錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」

2 ②

「それでは一同、長旅の疲れもあろうが時間が惜しい、本題に入ろう。まず、とうきようばくしんけつに現れた謎の巨大都市について、上空から撮影に成功した写真がある。我々はこの……んっ?」


 とうきようばくしんけつの航空写真を映したディスプレイは、全員が注目を集めたとたん、異音を立ててその表示を乱れさせてゆき、ついに砂嵐だけを移すようになってしまった。


「故障か? こんな時に間の悪い。仕方ない、印刷したものをここへ……」

『……あっ、人の声がする。つながったか? あーもしもし。今そちらへつないでいる、聞こえるか。いみはま県庁につないでいる、誰かいたら応答してくれ』

「……な、何事だ、これは!?」


 砂嵐のノイズに混じって、少女のような声が会談室に響き渡った。パウー以下、円卓の要人たちがざわめく中で、突然砂嵐の画面が切り替わり、赤い目のくらげ髪の少女を大写しにする。


『……おお! やっと無線をつかまえた。ちょっとノイズが乗るがまあ仕方ない』

「チロル! 無事だったか!」パウーは画面に映る親友の姿に表情を緩めたが、要人達の手前である事を思い出し、慌ててせきばらいをした。「ど、どういう理屈で、そこに映っているんだ? あ、いや、それより今は会議中なんだ、話は時間を改めてだな……」

『衛星をジャックしただけだよ、くろかわいみはまから衛星放送にアクセスしているのは知っていたがチャンネルを特定できなかったから少し時間がかかった……おお、ちょうど日本の首脳陣が勢ぞろいしているぞ。タイミングが良かったな』

「チロル……? お前、何だか様子が……」

「しょ、しょの、額の聖紋はっっ!」


 チロルの様子をいぶかしむパウーの横から、突然もこもこの綿毛のようなものが飛び出したかと思うと、ぴょんぴょんと身軽に飛び跳ねて、ディスプレイの前にひざまずいた。


「お、おおちやがまそうじよう!?」

「開祖しゃま! お戻りをお待ちしておりましゅた。わちらばんりよう一同、常に教えを守り、経典の学びを欠かしておりましぇぬ。どうか、いまひとたび、お導きを」


 全く口を開かないので有名なばんりようだいそうじようが、急にそんな事を言い始めたので、会談室はまたもや騒然となってしまった。


「……ばんりようの、開祖? そんなまさか。チロルさまが?」

「いや、アムリィ。あの額のキューブの文様は、ケルシンハの経典にも描かれていた、最高位の神を示すもの。おおちやがまだいそうじようが、ぼけたわけではないよ」

「お母様! そんな事、わたくし思ってませんわ! もうっ」


 その一方、ディスプレイの中のチロルは、目の前にひざまずおおちやがまそうじようを見て不思議となつかしそうに目を細め、やや勢い込んでしやべりだした。


おおちやがまくん! きみ、まだ現役なのか。とし、いくつになったんだい? いやよかった、君がいるなら話が早い。そちらの様子はどうだ?』

「は。日本のおもだった県が、白人形《アポロ・ホワイト》の軍団に襲撃されておりましゅ。連中の放つシティ・メイカー・プログラムで、日本各地は着実に都市化されつつあり、まこと、由々しき状況……ただ、直接的な攻撃で都市を復元しゅているとゆうことは、アポロもまた、一括で日本を復元できなかったとゆうこと」

『うん。アポロは三百年の間に、「胞子」という抗体が自然発生することを予見しなかった。ゆえにさびがうまく働かず、思い通りに都市を復元できないんだろう。アポロがバグにまごついている間に東京を攻め滅ぼせば、ぼくらは滅びずにすむ』

「とはいえ、開祖様。わちらには、東京に攻め入る決め手がありましぇぬ。アポロ・ホワイトの侵略を止めるのが精一杯の状態では、アポロ本体にはかなわぬ」


 だいそうじようの進言を聞き、チロルはせいかんな顔に「にこり」と笑みを浮かべた。


おおちやがまくん。人類には切り札がある。ぼくは目の前で、それがアポロを貫くのを見た』

「なんと」

『ビスコ──っ! ミロも来てくれ……ここだ、長老のテレビの前!』

「び、ビスコと、ミロだと!?」


 成り行きをぜんと見守っていたパウーが、思わず身を乗り出してディスプレイをのぞむ。やがて、画面にそのすいを大映しにして、ビスコの狂犬面が映った。次いで、パンダあざの美貌の少年が、ビスコのおでこをぐいっと画面からがし、画面の半分に映る。


『ジャビがいるぞ。なんだこりゃ? 録画か?』

『あっ、パウー! まって、アムリィもいるよ。チロルこれ、向こうとつながってるの?』

『この二人は、人類とキノコの奇跡のハイブリッドだ。さび……いや、アポロ粒子をい破る、極めて強力な胞子をその血中に宿している』


 二人の頰の間を割って入るように、チロルの赤いが画面の中でまたたいた。


『もはや、肉体を捨て粒子の集合体になったアポロを打ち倒せるのは、彼らの胞子の力しかないんだ。これからぼくがこの二人を連れていみはまへ向かう間、なんとか持ちこたえてくれ』

「おおちぇのままに!」

『おい、どけ、チロル。いみはまと繫がってんなら、都合がいい』


 満足げに頷くチロルの頭をひっつかんで、ビスコが画面に割り込んできた。


『おい、パウー! 見ての通りだ、チロルがおかしくなった。東京がどうとか、日本が滅びるとか、言ってる事が支離滅裂でよ。なんか、妙なきモンが中にいるんだと思う』

「ち、チロルに、何かいてるだって?」

『うん。ミロもまじないだのたたりだのは専門外だし……いみはまってほら、とうとか、じゆぶつとかたくさんいるだろう。腕のいいのを、一人ぐらいこっちに寄越してくれ』

『ビスコ! 今はそれどころじゃない。我々こそ、いみはまへ向かわないと……』

『おめーの為に頼んでんだろ! ミロ! 飴でも舐めさせとけ』


 ぎゃあぎゃあと騒ぐディスプレイの向こうを見つめながら、円卓がざわめく。おおちやがまそうじようはぽりぽりと頭を搔いて、少し困ったように漏らした。


「連れてくる、ったって、あのあかぼしをだからね。開祖しゃまに、納得させりゃれるかな」


 おおちやがまそうじようのぼやきを聞いて、アムリィの紫の瞳がきらりと光った。


「……ビスコ兄様を、ここまで、お連れすればよろしいのね?」

「ひょほ?」

「ビスコお兄様!」


 突然、円卓のざわめきを遮ってアムリィが席から立ち上がり、画面に呼びかけた。


「チロルさまはわたしにお任せください。悪いものが入り込んだなら、しんごんで吸い出しますわ。そういうものたぐいは、せんの得意とするところですのよ」

『アムリィ! そうか、お前なら間違いないよ。すぐ、四国まで来てくれ!』

「それが……その。今ちょうど、パウーお姉様にいた悪霊をおはらいしていて。いみはまを離れられないのですわ」

「んえっ!? わ、私に、悪霊!?」


 思わず声を上げかけるパウーに、慌ててアムリィがウインクでサインする。パウーはすんでのところでアムリィの意図に気がつき、抗議の文句を飲み込んだ。


『パウーにもきモンがいるのか? まあ、不思議じゃないか……ごうの深い女だからな。どんな悪霊にかれてるんだ?』

「それは、えっと……前知事、くろかわさまの怨霊ですわ。公務を放って、漫画を読みふけったり……不健康なスナックをあさったり、大変ですの」

(し、芝居とはいえ、勝手なことを……!!)


 画面の向こうでげらげら笑うビスコの顔と、ややばつが悪そうなアムリィの顔を見比べて、パウーは怒りとしゆうに顔を紅潮させた。


「そ、そういうわけなので! ビスコ兄様、すぐいみはままでチロルさまをお連れください。処置が遅れると、重篤化するかもしれませんわ」

『そうか。結局、いみはまには行かないといけねえのか』


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影