錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」

3 ①

 かつて日本政府がキノコ守りを迫害した際、政府からの追っ手を排除するため、本州から四国へ向かう橋は軒並みキノコ守りが落としてしまっていた。

 小型の船で四国へ向かおうものなら、海中のアカハダに狙いをつけられ、その鋭い牙でものの五分とかからずに海のくずとなってしまう。

 したがってこの海路は、アカハダの歯が立たないテツカザミに乗って泳いで渡る、という荒技しか通用せず、四国を天然の要塞たらしめていた要因の一つでもあった。


「まあた不眠不休で泳ぐのかこの海を。めんどくせえなあ」

「不眠不休はおおだよ。じゃんけん交代で眠ればいいでしょ」

「お前、来る時はスヤッスヤに寝てたから、そう言えるんだろ!!」

「ビスコが全敗するのが悪い」

「待ってくれ、二人とも。わざわざ、アクタガワを泳がせることもなさそうだぞ」


 ミロに背負われて、チロルがある一方を指差し、笑顔を見せた。

 この瞳の赤い、ビスコの言うところの「もの」をそのままチロルと呼ぶのは、少年たちには抵抗があったため、二人は単純に「赤チロル」と呼ぶことで区別をつけている。

 とにかく二人がそちらを見やると、つい三日ほど前まではまっさらだった海上に、漆塗りの、美しく巨大な橋がかかっている。橋の先端は霧に覆われて見えないが、どうやらその先は本州に通じている気配である。


「な、なんだありゃ!?」

「ビスコ、あれは橋といって、人を陸から陸へ渡らせるためのものだ」

「ぶん殴るぞ!」

「どうして!? 僕らが来たときには、あんな立派な橋、影も形もなかった」

「アポロがここを襲撃する際、作ったものだろう」


 赤チロルは言いながら、何かおかしいのか、喉の奥でくくくっと笑った。


「……しかし、あの造形はじようおおはしだぞ。おおはしが復元できなかったのかな? やはりアポロはまだ、さびを思い通りに具現化できないようだ」

「どっちにしろ都合がいい」赤チロルがよくわからないことを口走るのにはもう二人は慣れきっていたので言わせるままにしておき、橋のほうへアクタガワを向かわせた。「陸路なら本州まであっという間だぜ。あの橋を渡らせてもらう」

「じゃんけんしなくて済むね」

「うるっっせ──んだ、てめーは!!」


 ぎゃあぎゃあとわめきながら、一同はアクタガワを駆ってその巨大な橋に飛び下り、一路本州へ向けて疾走しはじめた。きっちりと整備された道路はアクタガワも走りやすいらしく、そのスピードも一段と速い。


「しかし、あの人数で渡ってくるのに、こんなバカでかい橋必要なかったろうによ。あのアポロってやつも大概、大雑把だなあ」

「ぼくらの時代は交通量が今の比じゃなかったからね、こういう大型の橋が必要だったんだ」

「ぼくらの時代、って。チロルと僕ら、いくつも違わないでしょ」

「そうだった。気にしないでくれ……待て。何か、揺れていないか……?」


 赤チロルの言う通り、先ほどから断続的に橋が不自然に揺れているのがわかった。ごん、ごん、と揺れが伝わるたび、アクタガワは走りにくそうに前につんのめる。


「地震にしちゃ、でかいな」

「待って。……これは地震じゃないよ。何か下から、僕らを狙ってる!」


 揺れはやがて、ごん、ごん、ごん! と、橋そのものにヒビを入れ、盛り上げるように下から突き上げる衝撃となり、アクタガワの身体からだを何度も跳ね上げた。


「くそッ、何だ、こいつッ!?」

「チロル、捕まってて! アクタガワ、跳ぶよ!」


 ビスコとづなを代わったミロが、大きくアクタガワにむちを入れると、アクタガワは脚を折って身体からだを丸め、蹴られたまりのようにして大きく前へ飛んだ。その直後、何かおそろしく巨大なものが橋を突き破ってみず飛沫しぶきを上げ、『ぎゅおおおお』と空気を揺るがすほうこうを上げた。


「何だありゃ!?」


 一見して表現すればそれは、『すさまじく巨大なシュモクザメ』である。しかしその規格外の巨大さに加え、背部から無数に生えるビル群など、その容貌は尋常のものではなかった。

 凶悪な牙がのぞく大口の奥には、粉砕機のようなローラーがぐるぐると回り、食らった鉄骨などを片っ端からばりばりとくだいてゆく。横に長い独特な形状の頭部には、『死亡事故多発 よく見て 安全運転』などと書かれた電光掲示板が、断続的にその表示を変化させている。

 また、その両のヒレの裏には、凶悪なスパイクタイヤが高速で橋に咬みつき、ぐいぐいとその巨体を前に運んでくる。


「あれは生き物なの!? これも、アポロの仕業!?」

「いや! 都市化の巻き添えになった《都市生命》だな。したがって名前もない……橋を食ってるから、《はしい》とでも呼ぶべきかな」

のんなこと言ってんじゃァねえ! あいつ、橋を喰いながらこっちへ来る!」


 ビスコの言葉通り、その大口を開いたまま《はしい》はすさまじい勢いで前進を続け、アクタガワを飲み込もうと猛然と追ってくる。砕かれた橋桁はそのまま口中のローラーに飲み込まれ、ごうおんとともに粉砕されていった。


「ビスコ! 奴は喰うことしか頭にない。飲み込まれたら、ひとたまりもないぞ!」

「なら、これでも喰ってろッ!!」


 ビスコが火の粉の息を吐き、強弓を引き絞る。アクタガワの上から《はしい》の大口に狙いを定め、ばぎゅん! と、赤いせんこうのような矢を放つ。せんこうはそのまま巨大な《はしい》の喉を貫き、背中から抜けていったようであった。

 ぼん、ぼん、ぼぐん!

 断続的に咲き出すさびいの威力に、《はしい》は思わずり、『ぎゅうおおおお』と悲鳴を上げ、その速度を緩める。


「おおっ。すごい! これが、さびいの弓矢か!」

「だめだ、浅いよ、ビスコ!」

「ちぃッ」


 ミロの呼びかけに、ビスコが表情を引き締める。《はしい》は一瞬その速度を緩めたものの、すぐに口中の粉砕機に生え出すさびいを飲み込み、ごりごりとき砕いてしまった。その都市を備える体質が、菌糸のめぐりを遅くしているらしい。


「関係ねえぜ。何発でもぶち込んでやる!」

「ビスコ、待ちたまえ! あいつ、何か出してくるぞ!」


 赤チロルの叫びに、《はしい》の方を見ると、その背中の都市部分から、小型の車らしきものがいくつも走り出してくるのが見てとれた。


「なにあれ!? 車……に、ヒレがついてる!?」


 アクタガワを追ってくるその車らしきものは、両のヒレと背ビレ、さらには泳ぐようにばたつく尾を備えている。がばり、とボンネットを開けば、その内部にはノコギリのようなサメの歯がびっしりとそろっていた。


「これも都市生命だ! クルマウオ、とでも呼ぶべきか。しかし生き物と言っていいものか」

「危ないっ、チロル!」


 そのクルマウオの一匹が道路から飛び上がり、チロルに大口を開けてくのを、ミロの弓が捉えた。次いで二匹、三匹を飛びかかってくるクルマウオを、アクタガワのおおばさみが弾く。クルマウオはそのままはるか後方へ転がっていき、《はしい》の口に放り込まれて、そのままばりばりとくだかれた。

 ビスコも、先ほどから《はしい》目掛け二矢、三矢と放ちその進行を食い止めてはいるのだが、何しろ見たこともない都市生命の弱点がどこかわからないのと、《はしい》自身の無尽蔵の生命力に押され、アクタガワとの距離をどんどん縮められている。ミロも次々と飛びかかってくるクルマウオにかかりきりになり、づなを操る暇がない。


『制限速度を 守りましょう』


 電光掲示板を点滅させて、《はしい》が大きく頭を振れば、砕け散った橋の残骸がばらばらとビスコ達へ降り注ぐ。ミロの手綱はすんでのところでそれを避けるも、アクタガワはその破片につまずいて危うく一度転ぶところであった。


「このまま逃げきれそうにねえ。ミロ! 手はあるか!?」

「……はしい、か……」


 ミロはビスコの隣で《はしい》の挙動をにらみ、その口中のローラーに粉砕されてゆく橋をしばらく見つめて、突然、電撃的なひらめきに両目を見開いた。


「ビスコ! 砂エノキで合わせて」

「わかっ……えっ、砂エノキを!?」

「橋につんだ! いくよ!」



刊行シリーズ

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