ミロの言葉の終わりを待たず、二人の弓が閃いて、無数の矢をアクタガワの後ろ、通り過ぎた橋の床板に放った。ぼん、ぼん、ぼん! と、黄色い砂埃を巻き上げて、ビスコの砂エノキと、何やら黒色の粘ついたキノコが咲いてゆく。
《橋喰い》は、ビスコの矢による迎撃がなくなったことでいよいよ勢いを増し、自らが放ったクルマウオさえ嚙み砕きながら、凄まじい勢いでアクタガワへ肉薄してきた。
二人が全力で弓を放ちはじめ、手綱をとるものがいなくなったアクタガワは、《橋喰い》の放る障害物を避けきれずに、とうとう瓦礫に正面からぶつかって前方に撥ね転び、鞍の上の三人を地面に投げ出してしまう。
「うわああっっ! ば、万事休すだ……!」
地表すれすれでミロに受け止められた赤チロルは、今まさに自分たちを嚙み砕こうとする《橋喰い》の威容を頭上に見て、思わず目を瞑った。
「……?? ん? あれっ?」
「なるほどな。食い意地の張った奴が相手なら、その口を閉じちまおうってことか」
「こいつが機械じかけだから思いついたけど、上手くいったね。砂エノキとタールマッシュを混ぜ合わせたら、どんな歯車も動かなくなる」
少年二人の落ち着き払った声に、赤チロルはおそるおそる目を開いて、《橋喰い》を見上げる。見れば《橋喰い》の巨大な粉砕機は、今や真っ黒な強粘性のものでべっとりと覆われ、ぎぢぎぢぎぢ、と悲鳴のような音を上げて軋み続けている。
「こ……これは! 粘性のキノコで、こいつを止めたのか!」
「ヒレで殴ってくるぞ! アクタガワ、急げ!」
最大の武器を封じられた《橋喰い》は、自らの巨大なヒレを振り上げて、眼前の三人と一匹へ襲い掛かる。すんでのところでアクタガワに飛び乗り、それをかわした一行の後ろで、橋桁が盛大に砕け、そこらに瓦礫を撒き散らした。
「「しィッ!」」
少年二人の、背中合わせに放ったカエンタケの矢が《橋喰い》の身体に突き刺さる。ぼん! と炎を纏って咲いたカエンタケは砂混じりの黒い粘液に次々に延焼し、巨大な《橋喰い》の身体を瞬く間に紅蓮の炎で包み込んだ。
『ぎゅううおおおおおお』
断末魔の声を上げる《橋喰い》は、『通行止』の表示を激しく点滅させて激しくもがいた。クルマウオ達も同じく炎に包まれ、激しくのたうちながら次々と橋を飛び下りてゆく。
「ビスコ、ミロ! 火勢が強すぎる、橋も燃え落ちるぞ!」
「やべえ」
「やべえ、じゃないでしょ。ほんと加減きかないよね、ビスコってえ」
勢いを増して走るアクタガワの後ろで巨大な橋は炎に包まれて崩落してゆき、そこでとうとう、巨大な《橋喰い》の身体も海中に叩き落とされて、付近一帯に水の飛沫を振りまいた。
「やあ。見事だったな、ビスコ! 咄嗟の機転で、あんな怪物を仕留めてのけるなんて……やはりきみは人類最高の戦士、いや、人間の明日といってもいい!」
「……お前、憑かれてから素直になったな。おい、もっと言え」
「何にやにやしてんだよお。作戦を思いついたのは、僕だよ!」
ミロの不満げな声にかぶせるようにして、アクタガワが がうん、がうん! と大鋏を振る。
「うわっ! ご、ごめん、走ったのは、アクタガワだよね……!」
やかましく騒ぐ一行は、先の未曾有の危機などもうすっかり思い出にしてしまって、一路忌浜へ向け急ぐのであった。