錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣

1 ②

「いらん口を挟むなッ! おい、白服。お前が抱きしめているボロクズは、シシという重罪人である。即刻、こちらへ引き渡してもらおう」

「もちろんです」


 白トレンチが、けろりと言う。


「我々の護送が済み次第、この子……シシの罪状証明書、ならびにあなた方の身分証明書を京都府警へお送りください。一ヶ月前後で、お引き渡しします」

「ふざけるな、ゥッッ!」


 副獄長ゴピスはみし、そのむちを地面に強く打ちつけ、リノリウムの床にヒビを入れた。


県がみすみす、罪人を余所よそへ渡すものか。他県の所属とはいえ、これ以上公務の邪魔をすれば、その首をはねてくれるぞッ!」

「困ったな。公務の邪魔をする気はないけど……こちらもこれが公務ですので」

「なにィィ……?」

「説明してあげて」

「んんっ!?」


 白トレンチの視線を不意打ち気味に受けて、暇そうだった黒トレンチは一瞬、びっくりしたように目を開き……自分の手帳をめくると、ふりがなまみれのその条文を読み上げた。


「キョウトフケイ、ココロエ、ダイ二ジョウ。いかなるとき、いかなるバショにおいてもシミンのキキあるとき……えーと? フケイはその盾にならねばならない」

「よく読めました」

「府警の信念など知ったことか、ゥッ! お前らには、何の関係もないことだッ!」

「確かに俺らに関係のねえことだ。別にガキ一人、渡してやったっていい……普段なら、そう思うところだったんだがな」


 手帳をひらひらと振りながら、黒トレンチはゴピスの威圧をものともせず、続ける。


「きわめて中立的な視点から判断するに、そうはいかなくなった」

「きさま。ガキ一人のために、と戦争するつもりか!」

おお言うな。単に礼儀の話だ」


 帽子の奥で、射抜くような瞳が光り、黒ずくめの看守達をひるませる。


「てめえはガキ一人捕まえられない間抜けの分際で、俺たちを四回『アホ』呼ばわりした」


 ゴピスのこめかみに、びきり、と血管が浮いた。


「このガキは、少なくとも……『お願いします』と言ったぞ」

「死ねッ!!」


 ゴピスのむちうなりをあげ、黒トレンチの顔面を捉えた。掲げた手帳とかぶった帽子は遠くはじばされ、マスクを破って血が噴き出す。

 骨すら寸断するような、鋭い一撃であった。


「あ~~バカバカ。また、他県の公人を殺したな。し面倒くさいんだぞお」

「はッ! お前の仕事など、知ったことか。京都府警だからと、でかい顔をするからだ……サタハバキのいないうちは、あたしがの法なんだッ!」

「あたしが、だっつってんだろお?」


 ゴピスは勝ち誇って、むちを手元に手繰り寄せようとして……それが、万力のような力で押さえつけられ、びくりとも動かないことを知る。


「……な、何、だ……!?」


 黒トレンチの顔面には、むちが巻き付いたまま。

 しかし、裂けたマスクの奥、ぎらりと光る猛獣のような歯に……

 むちの先端がしっかりとめられ、その動きは完全に封じられていた。


「こ、こいつ、何者だァッ!?」


 ゴピスの悲鳴に、役人達が一斉に刀のつかに手をかければ。

 それに応えるように、帽子で押さえられていた真っ赤な髪が、燃え立つように逆立つ。


「斬れッ! 殺せ……わああッッ!?」


 竜巻のごとく、黒いトレンチがひるがえった。歯と首の筋肉でもって、ぐん! とむちを引っ張った赤髪は、すっ飛んできたゴピスの横っ腹を、空中後ろ回し蹴りで思う様蹴り飛ばしたのである。


「がばァァッッ」


 ゴピスの身体はそのまま役人たちを巻き込んで、壁をぶち破って屋外へ飛んでいく。


「回りくどいやつだ。けんがしてえなら、ハナからそう言いやがれ」

「こ……こいつ、何て力だ!?」

「油断するな、囲めーッ!」

「き、きししし……」


 一斉に抜刀する看守達にこそこそ隠れながら、副獄長メパオシャの顔に、きようがく混じりの笑みが浮かんだ。


「こ、こりゃ、バカげた話になってきた……なんで、よりによってこんなやつが、今、出てくるんだあ?」

「メパオシャ様。こやつのことを、ご存知なのですか!?」

「おまえ、減給だぞ、バカ。仮にも看守なら、あのツラ忘れるなってのお」


 壁も貫かんばかりの眼光、その右目を縁取るように施された真っ赤な刺青を指し示し、メパオシャがごくりと唾を飲み込んだ。


「真っ赤な髪に、右目の赤い刺青。元・懸賞金三百万につ、世間にあだなす大悪党……」

「……そ、そりゃ、まさか……」


 メパオシャの言葉に、役人達の視線が一斉に注がれる、その先で……


「俺が誰だか知ってるなら。ガキより大物を狙え、腰抜けども」


 ごきり、と首をひとつ鳴らし、挑むように役人達をにらみつける。すいの眼光。その覇気にじりじりと後ずさる役人達から、うめくような声が漏れた。


「あ、あかぼしだ。ありゃ本物だ! ひとだけの、あかぼしだァッ」

ひとあかぼしが、あかぼしに出たぞォォーッ!」


 口々に騒ぎ立てる役人達のその後ろから、口から血をこぼし、ゴピスがえる。


「黙れえーッ! ゥどもッ! たかだかキノコ守りの、一人がどうしたァッ! りくどうごくしゆしゆうの恐ろしさを見せてやれ。囲め! 敵は、一人だぞぉッ」

「バカ、目的を見失うんじゃないよ。その白服を殺して、ガキを取り返すんだよお」


 ゴピスとメパオシャのげきに、看守が次々と黒トレンチ……もとい、あかぼしビスコを囲んでくる。白トレンチはやれやれとため息をついて、ビスコに恨み節を投げつけた。


「結局、こうなるんだから。うまく言いくるめられたかもしんないのに」

「普段の三倍はこらえた。で、どうする? 逃げるのか?」

「そうしたいけど。この子の傷が深すぎる。今すぐ、処置したい」


 白トレンチはばさりとコートを脱いで、その内ポケットにじゃらりとそろえた医療器具を、すばやく数本抜き取った。


「すぐ済ませる。応急処置が終わるまで、連中を僕らに近づけないで」

「曖昧な言い方だな。どれぐらい、どこまで、守ればいいんだ?」

「それじゃ」


 白トレンチは腰からトカゲ爪の短刀を引き抜き、くるりと空中にその身体をひらめかせた。

 帽子が飛び、空色の髪が宙に躍る。看守達が思わずその美しさに見とれる間に、横たえた子供の周囲の床には、短刀がれいな丸い輪を描いていた。


「五分間、この輪の中に、何も入れないで」

「五分?」

「この子の傷に胞子がつくから、キノコも禁止。できる?」


 あなどるようなパンダあざの目に、ビスコが舌打ちして返す。


「けぇッ。見くびりやがって」

「バカバカっ、何を日和ひよってんだ。かかれ、かかれーっ!」

「そこで見とけ。三分で片付けてやる!」


 前後左右から一斉に斬りかかってくる看守達の前で、ビスコが黒いトレンチコートを投げ捨てた。それに目を覆われた看守をまとめて蹴り倒し、そのまま一人の身体をハンマーのようにブン回して、円の反対側の敵へ投げつける。

 トレンチコートから解き放たれ、風を受けてひるがえるキノコ守りのがいとうが、背後から斬りかかってくる一人にからみついた。器用にがいとうを操り、くるんだ敵をそのまま壁へブン投げながら、ビスコは奪った刀の峰で三人、四人と打ち倒し、久々の大立ち回りに気持ちよさそうに笑った。


「これ、片刃でよかったな。峰打ちにしといてやるよ!」


 間断なく、看守達の怒号と悲鳴が響き渡る、そのだいけんそうの中……

 描かれた円の中だけが、不思議なほどの平穏を保っている。

 シシは短い気絶から目を覚まして、しばらく、その眼前の光景に絶句していた。真っ赤な戦神のような少年が、その顔に笑みすら浮かべて暴れ狂い、一方で自分を手当てしている目の前の少年は、頭上を看守の身体が何度もすっとんでゆくのに、気にもとめないのだ。


「あ。気が付いた?」


 空色の髪が揺れる。そのパンダあざの少年は、おびえるように縮こまるシシに、口元のマスクを取ってにこりと笑いかけた。


「う、うわあっ! 看守達が……早く、逃げないと!」


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影