錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣

1 ③

「じっとしてて。今、麻酔が効いてる。僕はねこやなぎミロ、お医者さんだよ。きみはひどい全身火傷やけどに加えて、深い裂傷がいくつもある。重症だけど、絶対に助かるから安心して」

「でもっ、そっ、それどころじゃ……!」

「大丈夫。この円の中にいれば、絶対に、きみには傷ひとつつかない」


 蜂の巣をつついたようなそのけんさわぎの中、ミロの言葉通り、手品のように何ひとつその円の中に入ってこない。

 シシにとってしてみれば生きた心地のしない光景だったが、次第にその目は、看守を相手取って暴れまわる、炎の戦士の戦いっぷりに魅せられていく。

 強くしなやかな筋肉から繰り出される、大迫力の体術。一瞬遅れれば首が飛ぶ斬撃をこともなげにいなす、ごうの集中力・瞬発力。何より、これだけの殺気を相手取ってぎらりと笑う、その超常的な豪胆さが、シシの心の炉に一瞬で真っ赤な火を入れた。


(……この、赤い人は……何だ!? 強い! 強くて……れいだ、すごく……!)

「胸が裂けてる……ひどい傷だ。縫うよ、痛かったら言って」

「…………。」


 痛みも忘れるほど、相棒の戦いぶりに見入る少女を見てミロは微笑ほほえみ、驚異の医術をふるって、驚くべき速度で治療の仕上げをした。


「ビスコ! 応急処置おわり、もう大丈夫……」


 言いながら振り返るミロの眼前に、すっ飛ばされた勢いで外れた看守の仮面が、くるくると回りながら飛んできた。

 ミロの手が、それを振り払おうとする寸前、

 ばすんっっ!

 せんこうのように放たれた矢がその仮面を捉え、対面の壁に瞬時に縫いとめた。


「わお」

「おい! 今、触ったか!?」

「えっ? なにが!?」

「それに触ったのか。円の中に、何か入ったか聞いてんだ!!」


 群がる看守を蹴散らしながら、くそ真面目にそんなことを聞いてくる相棒にミロは笑い、自身も背中からエメラルドの弓を引き抜いた。


「だいじょぶ触ってない! 任務クリア、ビスコの勝ち」

「……? 俺の勝ち? ……ふうん。それならいい」


 あまり事情を理解しないまま、満足げにうなずくビスコの周囲にはいまや、打ちすえられた看守達の身体が山のように重なり、口々にもんのうめき声を上げている。


「やりすぎ~。あのさ、注文しといて悪いけど、もう少し手加減できないの?」

「一人も殺してねえ。平和的にやりてえなら、ハナからそのガキを渡しゃいい」

くつだけはうまいよね。漢字読めないくせに」

「今、関係あるかそれが、コラァッ!」


 下らないくちげんを始める二人を見つめて、メパオシャが引きつった顔で笑う。


「き、きししし……あれだけの手駒を、まるで子供あつかいだ。聞きしにまさる大悪党。まだ、ガキのくせに、どうやったらあんな、バカ力……」

「言ってる場合か、ゥッ! あのガキを逃がしたら、あたし達にどんな沙汰があるか、わからないんだぞォッ」

「お前のせいだ、バカ! とっくに増援は呼んでる。五倍の数で囲めば、あかぼしだって……」


 メパオシャの言葉通り、もはやその収容施設の周りを埋め尽くすように、黒ローブの看守達が押し寄せてきていた。


「もう、捕らえようと思うな。殺せ、殺しちゃえ!」


 メパオシャの指図に合わせ、看守達は刀を振りかざしてビスコたちに襲いかかってくる。


「いよいよ、本腰を入れてきたね」

「これぐらいで丁度いい。おい、もっかい円を描け。さっきのは簡単すぎた」

「バカ言ってないで、逃げるよ!」


 ミロはきらめくような空色の髪を揺らし、床に敷いた白いコートを蹴って宙に放ると、とつの早業で短弓を引き絞り、はためくコート目掛けて矢をッぱなす。

 ばふん、ばふん!

 瞬時に咲き誇った黄土色のキノコから、何やら刺激臭のする黄色い胞子が爆発するように飛び散り、看守達を覆った。


「うわあ──っ、かゆい、かゆい──っ、なんだこの、粉は──っっ」


 全身を襲う、クスグリダケの猛烈なかゆみにもだえる看守達を横目に、ミロが言う。


「この子を安全なところまで連れていく。行こう、ビスコ!」

「お前さっき、キノコ禁止とか言ってなかったか!?」

「僕はいいの。加減がわかってるから」


 ミロが天井に向けていつ放てば、ぼん! とシメジが咲いて屋根を崩落させ、部屋の中に陽光を呼び込む。少女を抱えたミロとビスコの二人は、そのまま穴へ跳んで屋根へ跳び上がり、てんのような素早さでその場を後にする。


「あーっ。逃がすな、ゥッ! 追え、追え──ッ」

「はッ! 数をたのんで、キノコ守りが捕まえられるかよ」


 背後に響くゴピスの怒声に、ビスコが笑う。二人のキノコ守りのがいとうが、風を受けてぶわりと春の風に舞った。


「しかし、妙な邪魔が入ったぜ。あそこに、福岡のキノコ守りがいたかもしれねえのに」

「仕方ないよ。この子、すごい怪我けがだった。早く本格的に治療しないと、あぶないもの」


 今は麻酔がすっかり効き、眼を閉じて眠る少女の寝息を背中に受けて、ミロがつぶやく。


「あの女看守、むちの威力はそれなりだった。俺も耳と鼻が裂けたからな。それを、ガキの身体にしこたま受けたなると……」

「ひどいやつだよね。あれがりくどうしゆうごくの、副獄長だって? むちゃくちゃだよ。結局この県も、腐敗しきってる……!」

「えっ? あ、まあ。そうだな」

「んっ。何か他のこと言おうとしてた?」

「いや、単に……そのガキ根性あるな、と思って」


 キノコ守り二人は、そのままぴょんぴょんと屋根から屋根へ跳ね、黒い海のように大挙していたりくどうしゆうごくの看守達を、またたくまにけむいてしまった。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影