錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣

2 ①

 少年二人の、この奇妙な潜入劇の由来を説明するには……

 いま少し、時をさかのぼる必要がある。

 ことの発端は『あかぼしいちごう』、かつて《東京》との決戦の際、道すがら生み出してしまった人型ロボットであり、これはビスコの血液を媒介としたプログラムを組みこまれている。

 ビスコの血を受け継ぐゆえか、その性質はきわめて凶暴。その有り余るパワーを振るって人里で暴れまわり、全国区で大々的にニュースになった。その様はまさしくかつてのひとあかぼし、荒れ狂っていた当時のビスコをほう彿ふつとさせる。

 これに対し、


「血を分けた以上、ロボットだろうが、そいつは親族である」


 というビスコの信ずるところのもと、暴れる弟をなんとかせねばと、はるばる九州までやってきた……というのが、当初の目的であったが。

 九州は福岡に上陸したあたりから、この九州全体に漂う奇妙な気配を、少しずつ一行は感じ取ってゆくことになる。


「ぷはーっ! 空気がおいしいね、パウー!」

「うむ。眺めもきれいだ……九州北部は凶暴な生物が少ないことでも有名だし、人気の観光地だからな。食べ物も充実していると聞くぞ……特に、水牛の火鍋は絶品だとか」


 アクタガワのくらで揺られるパウーと、バックパックから顔を出すミロは、暖かな春の風の中で楽しげに会話を弾ませている。

 いみはまを離れ、窮屈な県知事のスーツから解き放たれたパウーは、ここぞとばかりに私服に着替えている。私服といってもパウーのことであるからこれはなかなか金がかかっていて、シンプルだが上品な白いドレスに、装飾をほどこしたつば広の帽子、白イグアナのロンググローブと、さながらアカデミー賞授与式の女優のごときよそおいであった。


「水牛の火鍋だって! ねえビスコ、聞いてた? 今日はそれにしようよ!」

「平和かァッ、てめえらコラ!」


 大声で怒鳴るビスコの目は、ねこやなぎ姉弟きようだいとは裏腹に、ぎょろりと血走っている。


「何を見ても食ってもいいが! ぜんぶ、いちごうのバカを捕まえてからだ!」


 ビスコが血眼で追うあかぼしいちごうは、キノコ守りの神・てんの本尊をすでに焼き払っている。人一倍信心深いビスコはそれ以来、神罰に討たれる夢を夜な夜な見るらしく、とにかく罰当たりな弟を早々にふんづかまえて、神仏のゆるしをうことで頭が一杯のようであった。


「この山の奥に入ったところに隠れ里がある。そこで毒と矢の補給をしよう」

「丁度いい。少し服が汚れてしまった、新しいのに着替えたかったのだ」

「あのなあ。お前、服ばっか何着持ってきてんだよ!? どれもかにに乗るような服じゃねえ。いつものバイク乗りの格好で、どうして駄目なんだ!?」

「野暮なことをっ。夫婦の旅行に、洒落しやれなしで行けるものかっ!」


 くわっ、と、髪がなびくほどの覇気でかつされたビスコは、げっそりと目元をひくつかせ……やがて山頂のほうに見えてきた、桃色に輝く満開の花にその目を奪われた。


「……んんっ? なんだ、ありゃァ……」

「わあ、すごいな! 見事なものだ。ビスコ、あの花はなんだ?」

「花……? この山、花なんか咲いたかな?」


 ビスコが手綱を操ってアクタガワを急がせれば、山頂から隠れ里へ続く獣道に、その桃色の花の木が散見される。そしてとうとう隠れ里へ到着すると、その里を覆いつくさんばかりに一面の花が咲き乱れていた。


れいだ……こんな場所が隠れ里だなんて、もつたいないな」

「……変だな。キノコ守りが里をこんな派手にして、放っておくわけないぞ」


 半ばぼうぜんと里を見つめる二人に先んじて、ミロがするりとアクタガワを降り、近くに生えている花の木に駆け寄って、はらはらと散る花びらの一枚をまじまじと眺めた。


「……間違いない。これは『桜』だよ、ビスコ」

「さくら? 桜って、野生に咲く花なのか。初めて見た」

「いや。いまは京都の自然保護センターにしか生えてない。かぜのせいで、自然のものは軒並み枯れちゃったはずなんだ。それが、どうして……?」

「東京との決戦のあと、日本各地のかぜの影響は弱まったと聞く」


 パウーがビスコに続いてアクタガワを降りながら、弟のもとへ歩み寄った。


「あるいはそれによって、植物も本来の力を取り戻したのではないか?」

「そうだとしても、おかしい」ミロが眉間にしわを寄せ、親指の爪で唇をく。「こんな瘦せた土に、狂い咲きもいいとこだよ。一体、何を栄養に咲いてるんだ……?」


 ミロはそう言いながら、しゅるりとがいとうひるがえして、桜の咲き乱れる集落の中へ駆け入ってゆく。ビスコとパウーは顔を見合わせて、「アクタガワ、そこで待っててくれ!」とまながにに一声かけると、慌ててミロの後を追っていった。


「こりゃ、どういうことだ……!!」


 集落の中央まで進み、その周囲を見回して、ビスコの目つきが狩人かりゆうどのそれへと変わった。

 キノコ守りの家屋が、いずれも食い破られるようにしてすっかり桜に覆われており、さらに、何か巨大な力に打ち倒されたとおぼしきおおがにたちの残骸から、甲殻を突き破って立派な桜の木が生えてきている。


「桜で、集落がめちゃくちゃだ。何かに襲撃を受けたんだよ!」

「見りゃわかる! でも一体、何が……!?」


 この集落では、イエダケという硬い繊維質のキノコを大きく咲かせ、その中をくりぬいて住居とするのが特徴であった。みずみずしく、美しく立ち並ぶイエダケはキノコ守りの中でもちょっとした名物であったのだが、それも今や桜の花と樹木に栄養を吸われきり、さながらキノコのミイラが並ぶような有様である。


「! ビスコ、どけッ!」


 物陰からの殺気に、パウーのピンヒールがぎらりとひらめき、ビスコに向けて放たれた一本の矢を鋭い飛び蹴りではじばした。矢は斜め後方へ飛んでいき、そこで、ぼん! と小さなシメジを咲かせる。

 パウーはふわりと飛びかけるハットを宙空でつかまえ、着地ざまにかぶりながら叫んだ。


「何者っ! 姿を現せ!」

「性懲りもなく、出てきよったかぁ~~っ」

「……ええっ!?」

「この、ばばの弓、あなどるな。息子を、孫を、かえしぇえ~~っ」


 ひらり! と、てんのように身をひるがえして現れたのは、一人のキノコ守り……それも、老婆であった。老婆はパウーの威容にもひるまず、ぱひゅん、ぱひゅん! と、老体とは思えぬ素早さでキノコ矢を放ってくる。


「誤解です、おばあさん! 僕らは通りがかりでっ」

「しんばつ、しょうらい~~っ」


 ミロの声を聞きつけ、それに向けて矢を引き絞る老婆の横合いから、

 ばんっ! と建物を蹴って三角に跳んだビスコがその身体に飛びかかり、老婆の身体をつかまえて地面をゴロゴロと転がった。


「ううう~~~っっ おのれぇい、ひ、ひとおもいに、ころしゃがれぇい」

「落ち着け、ババア! 俺たちは味方だ、キノコ守りだ!」

「は……はぇ~~っ?」


 老婆はビスコの言葉に素っ頓狂な声を出し、自分にのしかかっているビスコの顔を、ぺたぺたと触る。どうやらかなり重度の老眼であるらしい老婆は、そこでようやく、気の抜けたような息を吐き出した。


「あ、悪鬼じゃのうて、にんげんじゃ。はあ。なんじゃ。おどろかせおるわ」

「そりゃこっちの台詞せりふだ。ちゃんと目で見て撃ってこい!」

「ご老人、ここで何があった? 人の気配がまるでない。それに第一、この有様は……」

「……う、うう。ううう~~~っっ」


 老婆は先ほどまでの戦意を失うと、途端に震える声でビスコの腕にすがりつき、おいおいと涙をこぼしはじめた。


「青鬼が。青鬼が出たのよォォォ」

「……お、鬼だぁ……?」

「でっけえ、青鬼が、急に里に乗り込んできて……里のかにをぜんぶたたきのめして、若え衆を、みいんな、連れていっちまったあ」


 ビスコは眉間にしわを寄せてパウーと顔を見合わせ、老婆を揺すって問いかける。


「そいつが何者か知らねえが、九州のキノコ守りは強豪ぞろいのはずだ。全員総出で、かなわなかったのか!」

「だめだあ。みんな、キノコ矢であいつを撃った。でも、食われちまった」

「食われた……? かにをか。キノコ守りをか?」

「青鬼に、花が……花がよ、花がばぁーっと咲いて、ぜえんぶ食っちまうんだあ。若え衆も、手の打ちようがなかった……みいんな、つれてかれちまったあ~~っ」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影