錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣
2 ①
少年二人の、この奇妙な潜入劇の由来を説明するには……
いま少し、時をさかのぼる必要がある。
ことの発端は『
ビスコの血を受け継ぐゆえか、その性質はきわめて凶暴。その有り余るパワーを振るって人里で暴れまわり、全国区で大々的にニュースになった。その様はまさしくかつての
これに対し、
「血を分けた以上、ロボットだろうが、そいつは親族である」
というビスコの信ずるところのもと、暴れる弟をなんとかせねばと、はるばる九州までやってきた……というのが、当初の目的であったが。
九州は福岡に上陸したあたりから、この九州全体に漂う奇妙な気配を、少しずつ一行は感じ取ってゆくことになる。
「ぷはーっ! 空気がおいしいね、パウー!」
「うむ。眺めもきれいだ……九州北部は凶暴な生物が少ないことでも有名だし、人気の観光地だからな。食べ物も充実していると聞くぞ……特に、水牛の火鍋は絶品だとか」
アクタガワの
「水牛の火鍋だって! ねえビスコ、聞いてた? 今日はそれにしようよ!」
「平和かァッ、てめえらコラ!」
大声で怒鳴るビスコの目は、
「何を見ても食ってもいいが! ぜんぶ、
ビスコが血眼で追う
「この山の奥に入ったところに隠れ里がある。そこで毒と矢の補給をしよう」
「丁度いい。少し服が汚れてしまった、新しいのに着替えたかったのだ」
「あのなあ。お前、服ばっか何着持ってきてんだよ!? どれも
「野暮なことをっ。夫婦の旅行に、
くわっ、と、髪がなびくほどの覇気で
「……んんっ? なんだ、ありゃァ……」
「わあ、すごいな! 見事なものだ。ビスコ、あの花はなんだ?」
「花……? この山、花なんか咲いたかな?」
ビスコが手綱を操ってアクタガワを急がせれば、山頂から隠れ里へ続く獣道に、その桃色の花の木が散見される。そしてとうとう隠れ里へ到着すると、その里を覆いつくさんばかりに一面の花が咲き乱れていた。
「
「……変だな。キノコ守りが里をこんな派手にして、放っておくわけないぞ」
半ば
「……間違いない。これは『桜』だよ、ビスコ」
「さくら? 桜って、野生に咲く花なのか。初めて見た」
「いや。いまは京都の自然保護センターにしか生えてない。
「東京との決戦のあと、日本各地の
パウーがビスコに続いてアクタガワを降りながら、弟のもとへ歩み寄った。
「あるいはそれによって、植物も本来の力を取り戻したのではないか?」
「そうだとしても、おかしい」ミロが眉間に
ミロはそう言いながら、しゅるりと
「こりゃ、どういうことだ……!!」
集落の中央まで進み、その周囲を見回して、ビスコの目つきが
キノコ守りの家屋が、いずれも食い破られるようにしてすっかり桜に覆われており、さらに、何か巨大な力に打ち倒されたとおぼしき
「桜で、集落がめちゃくちゃだ。何かに襲撃を受けたんだよ!」
「見りゃわかる! でも一体、何が……!?」
この集落では、イエダケという硬い繊維質のキノコを大きく咲かせ、その中をくりぬいて住居とするのが特徴であった。
「! ビスコ、どけッ!」
物陰からの殺気に、パウーのピンヒールがぎらりと
パウーはふわりと飛びかけるハットを宙空で
「何者っ! 姿を現せ!」
「性懲りもなく、出てきよったかぁ~~っ」
「……ええっ!?」
「この、
ひらり! と、
「誤解です、お
「しんばつ、しょうらい~~っ」
ミロの声を聞きつけ、それに向けて矢を引き絞る老婆の横合いから、
ばんっ! と建物を蹴って三角に跳んだビスコがその身体に飛びかかり、老婆の身体をつかまえて地面をゴロゴロと転がった。
「ううう~~~っっ おのれぇい、ひ、ひとおもいに、ころしゃがれぇい」
「落ち着け、ババア! 俺たちは味方だ、キノコ守りだ!」
「は……はぇ~~っ?」
老婆はビスコの言葉に素っ頓狂な声を出し、自分にのしかかっているビスコの顔を、ぺたぺたと触る。どうやらかなり重度の老眼であるらしい老婆は、そこでようやく、気の抜けたような息を吐き出した。
「あ、悪鬼じゃのうて、にんげんじゃ。はあ。なんじゃ。おどろかせおるわ」
「そりゃこっちの
「ご老人、ここで何があった? 人の気配がまるでない。それに第一、この有様は……」
「……う、うう。ううう~~~っっ」
老婆は先ほどまでの戦意を失うと、途端に震える声でビスコの腕に
「青鬼が。青鬼が出たのよォォォ」
「……お、鬼だぁ……?」
「でっけえ、青鬼が、急に里に乗り込んできて……里の
ビスコは眉間に
「そいつが何者か知らねえが、九州のキノコ守りは強豪
「だめだあ。みんな、キノコ矢であいつを撃った。でも、食われちまった」
「食われた……?
「青鬼に、花が……花がよ、花がばぁーっと咲いて、ぜえんぶ食っちまうんだあ。若え衆も、手の打ちようがなかった……みいんな、つれてかれちまったあ~~っ」