錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣

3 ①

 時間を戻し、県は西商業区。

 傷ついた少女を抱えてビスコ達が逃げ込んだのは、うらぶれた宿場町である。

 で商いを営んでいる人間は、そのほとんどがいわゆる『執行猶予』つきの罪人であり、表向きは普通の市民と変わらないものの裏で何をたくらんでいるかわかったものではなく、これは常人にはなかなかに居心地の悪い街と言って差し支えないだろう。

 しかし裏を返せば悪人には悪人のやり方、ビスコにとってはぎよやすい人間達であるともいえ、ひとあかぼしの肩書きが大いに役に立った。

 相手が歴戦のキノコ守りで、相場通りの金をもらえるとなれば、わざわざ世のため人のためにお上に告げ口するような連中ではないのだ。

 そんなわけで、刺青いれずみまみれの店主の営む、いかにも怪しげな宿の一室が、ビスコ・ミロ・パウーの当面の居所となっていた。


「うむ。追っ手の気配はない。うまくいてきたようだ」

「俺を誰だと思ってんだよォ」

「しかしせっかく私が用立てた、京都府警セット一式を、駄目にしてしまっただろう」


 パウーは荒事に備えていつものライダースーツ(東京の遺産!)に着替え、弓の手入れをするビスコの隣に腰掛けた。


「何かと役立つだろうと思って、持ってきたが。あれを闇で仕入れるには骨が折れるんだぞ。つまらんことで足がついたら、失脚するかもしれん」

「仕方ねえだろォ。なくなったモンは」


 必要経費だとでも言うように、ビスコはけろりとしている。ふてぶてしさでこの少年と張り合えるのは、せいぜい師匠ジャビぐらいのものであろう。


「スパイごっこに駆け回った割には、大した成果もなかった。おいパウー、ほんとにここにキノコ守りの連中がいるのか? お得意のゴリラ科の勘も、疑わしくなってきたぞ」

「な、な……!! なんて言い草だ、きさまっっ!!」


 パウーは亭主の不遜な態度に怒りがぶり返したのか、突然、その頭をべちんとはたいた。

 パウー本人は軽くたたいたつもりでも、何しろそのりよりよくである。ビスコは拳でブン殴られたような衝撃に、床にべちんと額を打ち付けられた。


「い、痛ってえ──っ! お、お前、なんだ急にっ」

「こうまで、お前に尽くしているのに……いや、そもそもっっ!! 私の心を裏切るようなうそで連れ出しておきながら、よくも、よくもそんな口がきけたものだなっっ!! なにが、寺を巡る新婚旅行だ。ちょっとでも期待した私が、馬鹿だったっっ!」

「いやだってさ。仕方ねえだろ、強いやつが必要で……わぁっ! てつこんを持つな! 危なっ」

「心配するな。私もすぐに後を追う」

「んっ。あれは本気の眼だぞー。うわァ、そんな場当たりな心中があるか、や、やめろォッ」

「うるさ───いっっ! 治療中っっ!! けんは帰ってからやって!!」


 ミロの一喝に、烈火のように燃えていた妻の怒りはしゅんと一瞬で収まり、パウーは少し恥じるように「コホン」とせきばらいをした。

 ミロの眼前、治療台に横たわっているのは、先ほど救い出した白い肌の子供である。いつもならば、すぐに済ませてしまうミロの治療も、思いの外難航しているらしい。


(……この子は、人間じゃ、ない。セオリー通りの治療じゃ、よくならないな)


 ミロが驚いたのは、体に埋まった弾丸を取り出そうとメスを取ったとき、その少女の肌に巡らされたツタのような植物が寄り集まって、メスを拒んだことであった。


(無意識下でも、身体を守ろうとしてるのか……)


 白い肌をいろどる模様のようにそのツタは走り、清廉な少女の身体に妖しい美しさを添えている。加えて特徴的なのは、左耳の後ろ、髪の中からのぞく赤い花のつぼみで、百戦錬磨のパンダ医師も首をかしげる、謎の多い患者であった。


(……悪性のものじゃないみたいだけど。このつぼみに、なんの意味が……? あっ、だめだめ……研究じゃなくて、治療をしなくちゃ)


 どうにかこうにか弾丸をてきしゆつし、血液も適合率の高い擬似血液を輸血して、とりあえずミロはため息をつき、額の汗を拭った。


「珍しいじゃねえか。お前が手こずるなんざ」

「うん。ヒソミタケアンプルが、思うように効かないんだ」呼びかける相棒に、ミロが答える。「体質なのか、胞子がこのツタみたいな器官に吸収されちゃう。地道にやるしかないみたい。次は、火傷やけどを見ないと……」

「ヒソミタケが効かねえ? バカ言うな。あれで、大概の傷は……」

「あっ! こら!」


 上半身裸のその子をのぞんだビスコの頰を、ミロの平手が、べちん! と張った。


「んぎゃっ!? お、お前まで! なんなんだ、一体!」

「こっち見ないで!」ミロがビスコの両目を押さえながら、たしなめるように言った。「乙女の裸を見たらだめって、言ったはずだよ! 妻帯者の自覚を持ちなさい」

「お……女ぁ!? そのガキが!? えっ、気配が完全に男……」

「しっしっ! まだ、終わってないんだから」


 ミロは相棒を片手で追い払うと、改めて包帯を巻きにかかり……そこで、紫の前髪の奥からのぞく、紅色の瞳と目を合わせる。

 はたと呼吸を止めて、数秒。


(こ、この子、起き……)

「うわあああっっ!!」


 白い肌の少女はそこで恐怖に満ちた悲鳴を上げ、細い体をよじって、窓から外へ逃げ出そうとした。押さえつけるミロが、驚くほどの力である。


「待って、待ってよ! 僕らは役人じゃない、きみの怪我けがを今、治してるんだ!」

「はなせええ──っっ! どこまで、おれをはずかしめれば、気がすむんだ! その手を、どけろ───っっ!!」


 少女の火傷やけどを負った足が何度もミロの顔面を蹴りつけ、そのたびにミロは目を白黒させた。説得しようにも、口を開くたびに顔を蹴られてしやべるどころではない。

 そこへ、


「おう、コラ!!」


 ビスコの口から鋭い一喝が飛び、少女の身体が思わずびくりとすくむ。


「仮にも命の恩人のツラを、足蹴にするんじゃねえ。文句があるのは構わんが、ありがとうございますの一言があってからだ」


 自分のことを全く棚に上げたようなことを言って、ビスコは少女の前へずかずか歩み寄ると、前髪をつかみ、その奥の紅色の瞳と眼を合わせた。


「……っ、あ……!」


 少女は、ビスコのすいの瞳に射抜かれ、先の大立ち回りの一幕を一瞬で思い出したらしく、

 左耳の後ろの椿つばきつぼみを、『ぽん!』と一瞬で花開かせた。

 そして恐怖と不安に張りつめていたその表情を、きらきら輝く笑顔へ変えてゆき……


「『兄上』!!」

「「「はあっっ!?」」」


 一同が予想だにしない言葉を、全く突然に言い放った。ビスコ、ミロはおろか、壁によりかかって見守っていたパウーまでが、とんきような声を上げる。

 それまでの不信の表情はどこへやら、その顔をしようけいに輝かせた少女は、驚くミロの手をするりとすり抜ける。そして眼前のビスコへ飛びつくと、その細腕にいっぱいの力を込めてビスコを抱きしめた。


「兄上───っ!!」

「ぎゃ───っ!!? なんだこいつは!?」

「あなたは戦神です、おれを王の道へ導いてくれる、真の戦士だ! あなたのような人を、ずっと探していたんです……! ああ、もう片時も、離れない!」

「ちょおお──っ、待って、服、服っ!!」


 ミロとパウーが顔を真っ赤にして慌て、裸身のシシへ包帯を巻くのにまかせながら、シシの視線は片時もビスコから離れることはない。


「あんな大勢を相手に、えんてんもかくやという大立ち回り。死神すら逃げ帰りそうなそのかおも、ずっと夢見てきた、『男』そのもの。今日から、おれがあなたの弟です。兄上、何なりと、おれにご用命ください!」

「いきなり勝手なことかすな! 俺とお前には、何の関係も……!」

「おれは、シシと言います!」


 ビスコのあきれた物言いも全く意に介さず、傷もものともせずに少女はひとつ宙返りをし、すとん、とビスコの前に立った。

 紫色のショートヘアは、あまり頓着していないのか前髪で目が隠れているものの美しくあでやかで、その細いながらにしなやかな身体は、真っ白い肌も相まって清潔で美しく、ツタの模様も合わせてさながら小型のシャチを思わせる。

 もともとの身体の美しさが、身体中に走るむち火傷やけどの痕を一層痛々しく見せているのもまた事実であったが、何より左耳の後ろに満開に咲く真っ赤な椿つばきが、少女の若い命を誇示するように鮮烈に輝き、ビスコの視線を外させなかった。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影