錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣
3 ①
時間を戻し、
傷ついた少女を抱えてビスコ達が逃げ込んだのは、うらぶれた宿場町である。
しかし裏を返せば悪人には悪人のやり方、ビスコにとっては
相手が歴戦のキノコ守りで、相場通りの金を
そんなわけで、
「うむ。追っ手の気配はない。うまく
「俺を誰だと思ってんだよォ」
「しかしせっかく私が用立てた、京都府警セット一式を、駄目にしてしまっただろう」
パウーは荒事に備えていつものライダースーツ(東京の遺産!)に着替え、弓の手入れをするビスコの隣に腰掛けた。
「何かと役立つだろうと思って、持ってきたが。あれを闇で仕入れるには骨が折れるんだぞ。つまらんことで足がついたら、失脚するかもしれん」
「仕方ねえだろォ。なくなったモンは」
必要経費だとでも言うように、ビスコはけろりとしている。ふてぶてしさでこの少年と張り合えるのは、せいぜい師匠ジャビぐらいのものであろう。
「スパイごっこに駆け回った割には、大した成果もなかった。おいパウー、ほんとにここにキノコ守りの連中がいるのか? お得意のゴリラ科の勘も、疑わしくなってきたぞ」
「な、な……!! なんて言い草だ、きさまっっ!!」
パウーは亭主の不遜な態度に怒りがぶり返したのか、突然、その頭をべちんとはたいた。
パウー本人は軽く
「い、痛ってえ──っ! お、お前、なんだ急にっ」
「こうまで、お前に尽くしているのに……いや、そもそもっっ!! 私の心を裏切るような
「いやだってさ。仕方ねえだろ、強い
「心配するな。私もすぐに後を追う」
「んっ。あれは本気の眼だぞー。うわァ、そんな場当たりな心中があるか、や、やめろォッ」
「うるさ───いっっ! 治療中っっ!!
ミロの一喝に、烈火のように燃えていた妻の怒りはしゅんと一瞬で収まり、パウーは少し恥じるように「コホン」と
ミロの眼前、治療台に横たわっているのは、先ほど救い出した白い肌の子供である。いつもならば、すぐに済ませてしまうミロの治療も、思いの外難航しているらしい。
(……この子は、人間じゃ、ない。セオリー通りの治療じゃ、よくならないな)
ミロが驚いたのは、体に埋まった弾丸を取り出そうとメスを取ったとき、その少女の肌に巡らされたツタのような植物が寄り集まって、メスを拒んだことであった。
(無意識下でも、身体を守ろうとしてるのか……)
白い肌を
(……悪性のものじゃないみたいだけど。この
どうにかこうにか弾丸を
「珍しいじゃねえか。お前が手こずるなんざ」
「うん。ヒソミタケアンプルが、思うように効かないんだ」呼びかける相棒に、ミロが答える。「体質なのか、胞子がこのツタみたいな器官に吸収されちゃう。地道にやるしかないみたい。次は、
「ヒソミタケが効かねえ? バカ言うな。あれで、大概の傷は……」
「あっ! こら!」
上半身裸のその子を
「んぎゃっ!? お、お前まで! なんなんだ、一体!」
「こっち見ないで!」ミロがビスコの両目を押さえながら、たしなめるように言った。「乙女の裸を見たらだめって、言ったはずだよ! 妻帯者の自覚を持ちなさい」
「お……女ぁ!? そのガキが!? えっ、気配が完全に男……」
「しっしっ! まだ、終わってないんだから」
ミロは相棒を片手で追い払うと、改めて包帯を巻きにかかり……そこで、紫の前髪の奥から
はたと呼吸を止めて、数秒。
(こ、この子、起き……)
「うわあああっっ!!」
白い肌の少女はそこで恐怖に満ちた悲鳴を上げ、細い体をよじって、窓から外へ逃げ出そうとした。押さえつけるミロが、驚くほどの力である。
「待って、待ってよ! 僕らは役人じゃない、きみの
「はなせええ──っっ! どこまで、おれを
少女の
そこへ、
「おう、コラ!!」
ビスコの口から鋭い一喝が飛び、少女の身体が思わずびくりと
「仮にも命の恩人のツラを、足蹴にするんじゃねえ。文句があるのは構わんが、ありがとうございますの一言があってからだ」
自分のことを全く棚に上げたようなことを言って、ビスコは少女の前へずかずか歩み寄ると、前髪を
「……っ、あ……!」
少女は、ビスコの
左耳の後ろの
そして恐怖と不安に張りつめていたその表情を、きらきら輝く笑顔へ変えてゆき……
「『兄上』!!」
「「「はあっっ!?」」」
一同が予想だにしない言葉を、全く突然に言い放った。ビスコ、ミロはおろか、壁によりかかって見守っていたパウーまでが、
それまでの不信の表情はどこへやら、その顔を
「兄上───っ!!」
「ぎゃ───っ!!? なんだこいつは!?」
「あなたは戦神です、おれを王の道へ導いてくれる、真の戦士だ! あなたのような人を、ずっと探していたんです……! ああ、もう片時も、離れない!」
「ちょおお──っ、待って、服、服っ!!」
ミロとパウーが顔を真っ赤にして慌て、裸身のシシへ包帯を巻くのにまかせながら、シシの視線は片時もビスコから離れることはない。
「あんな大勢を相手に、
「いきなり勝手なこと
「おれは、シシと言います!」
ビスコの
紫色のショートヘアは、あまり頓着していないのか前髪で目が隠れているものの美しく
もともとの身体の美しさが、身体中に走る