錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣

3 ③

「ミロ。今更なようだが、シシは人間ではないな」

「うん」ミロはもちを用心深くかじって、それに歯が入っていないことを確認すると、それを口に押し込んで茶で流し込んだ。「シシは、べにびしだ……一度、非合法のべにびしをパンダ医院で診たことがある。身体特徴的にも、ほとんど一致する」


べにびし』とは……

 今ほど日本が形を整えていなかった、まさに復興ただなかのときに、(株)べにびしバイオニクスが人足不足を補うために造った、人造人間の総称である。

 その気性はおとなしく調整されており、本能的に人間に服従を義務づけられた作りになっている。体内に植物の遺伝子を持ち、光合成によって少ない食事で働けることから、人足不足の日本中に広く流通し、かつては多くの県で奴隷として重用された。

 しかし復興が進み、だんだんと工事用の重機などが充実してくると、筋骨隆々だが思考能力に劣るべにびしは必要とされなくなっていった。べにびしバイオニクスは人工奴隷ビジネスの方向を転換し、今度は、うるわしい、あいがんようべにびしを造り出すようになる。


「そこからべにびしは、どんどん美しい見た目になっていって、舞踏や楽器でこうを楽しませる奴隷が主流になった。最終的には、しようや、だんしようとして……」

「ミロ。シシが戻ってくる」

「っあ、ご、ごめん……」

「ミロ、パウー! これ見て!」シシの喜色にあふれた声が、ねこやなぎ姉弟きようだいの密談を中断させた。


「ほら、骨付きの肉がこんなに。兄上がひとにらみしたら、店主が出してくれた!」

「また、ビスコが善良な市民に脅しをかけたなー。駄目だって言ってんじゃん!」

もちに歯ァ入ってたぞって、言っただけだぜ」ビスコは悪びれもせずに、シシの手から骨付きの羊肉をひとつ取って、むしゃりとかじった。「曖昧な返事しやがるんで、ツラを近くでよく見たら、くれたんだ。突っ返すほうが、向こうに悪いだろ」

「ビスコのその眼で、相手を見つめるってこと自体が……!」

「やっぱり、兄上は、すごい」


 シシのこうこつとした声が、ミロのお説教にかぶさった。咲いた椿つばきが、ほのかにその場に香る。


「王の器を持つ者は、言葉なしで相手を動かす。父上の言葉です。ひいてはそれが、無用な剣を抜かせないことにつながるって……」

「こいつの親父おやじは賢明な男だ。おら、お前らもその言葉にあずかれ」

(無用な剣を抜いているのは、ビスコの方だよ!)


 ミロはビスコが投げ渡すその羊肉を受け取ると、得意げなビスコの目の前で、不服満面にそれをむしゃりとかじった。


「それで、シシ。お前、この後はどうするつもりだ? 何か、あてがあるのか」

「この後……?」

「お前の家族や、世話人がいれば、そこへ届ける。……家族が、いればの話だが」

「……家族は、いるよ。一人だけ……」

「ほう」意外そうな顔で、パウーはうなずいた。「それは良かった、私たちはてっきり、身寄りのないものと。それで、その家族はどこに?」

「……あそこ」


 シシが指差したのは、窓の向こう……殺風景な街並みの中に黒々とそびえ立つ、巨大な地獄の門であった。


「あそこ……って、シシ、あれは……!」

りくどうしゆうごく。あの中に、まだ父上が捕まっている」


 シシはやや硬い羊肉をぺろりと平らげて、その黒い門をにらみながら、二本めにかじりついた。


「おれ一人がおめおめ生き残ったところで、意味はない。他のべにびしの誰かが、同じ目にあうだけだもの……傷が治ったら、もう一度あそこへ乗り込んで……父上に、会いにいくつもりです」

りくどうしゆうごくに、忍び込むつもり? そんな、無茶な……!」

「シシ。お前の振る舞いを見る限りだが」


 ミロの言葉を遮って、パウーがシシに尋ねる。


「お前のお父上というのは、ひょっとしたら、名のある人物なのではないか?」

「おれたちべにびしの間で、父上のことを知らないやつはいないよ」


 シシは少し得意げになって、その表情をゆるめた。


べにびしの王・ホウセン。かつてべにびしを率いて、奴隷支配に立ち向かった英雄。みんな、いつか父上が自分たちを解き放って、自由を与えてくれると……信じているんだ」


 シシは耳の椿つばきの花びらをひらひらと動かして、続けた。


「おれの、大事な父上。偉大な王、べにびしのリーダーだ……」

「シシのお父さんが、べにびしの王様……!」

「そんな気はした。奴隷として造られたべにびしにしては、シシの意志力はいささか強すぎる。しかし、それはそれとして……べにびし・ホウセンはたしか」


 パウーの言葉の先を予見して、シシの表情が曇る。


「つい先日、死刑執行予定のリストに名前が挙がったばかりだ。獄中生活で乱心し、周囲の看守を斬り殺し……処刑場にはりつけにされて、処刑を待っているとか」

「……それは、あの、ゴピスがでっちあげた、デタラメだ!」


 ぎり、と奥歯をめたシシは、胸の傷の痛みに思わずうめく。慌てて駆け寄るミロにすがりつくようにして、シシは荒い息とともに続けた。


「外道の女め。あいつは、父上があいつに屈しないから、罪をでっちあげて、殺そうとしてる。べにびし達の希望をへし折って、悦に入るためだけに……っ!」


 怒りに震えるシシの声に、ミロもパウーも声をかけかね、黙り込んでしまう。


「……おれは、父上の処刑を取り消してもらうように、あいつに必死で頼み込んだ。そして、何度もむちで打たれて、気を失って……」

「死体焼却炉から奇跡の脱獄を果たし、今に至る、というわけか」


 パウーは絞り出すようなシシの言葉に顎を押さえ、思考を巡らせている。


「パウー。何か手はある?」

「ふむ。ホウセンほど注目されている囚人を政治力で釈放しようとするのは、悪手だ。りくどうしゆうごくを、かえって意固地にさせかねない……しかし」


 パウーはシシを安心させるように、一度笑ってみせた。


「副獄長ゴピスは、りくどうしゆうごくの仮の主。本来の獄長・サタハバキ氏は、いかなる権力・賄賂にも曲がらぬ鉄の男とその名がとどろく。ここはゴピスによって腐敗した獄の実態をサタハバキ氏に訴え、死刑を取り消してもらうのが上策だ」


 シシの目を見据え、その手を握るパウー。シシの緊張が、わずかにほぐれる。


「サタハバキ氏は日本中から引っ張りだこのじんだが、折良く今は九州に戻っていると聞く。接触して、直接話をしてみよう」

「おれと一緒に、父上を助けてくれるの!?」

「なァにを勝手に、話を進めてんだ、てめえらは」


 店主から追加でもらってきた六本めの羊肉を平らげて、ビスコがパウーにかみつく。


「情にほだされて、脇道にれようってんじゃねえだろうな。いいか! 他所よそ様の人助けは、こっちのヤマを片付けてからだ! まずは福岡のキノコ守り、次にいちごう! ただでさえ手一杯のとこ、余計なもんを抱え込むな!」


 ビスコの言葉に、シシが悲しそうに目を伏せる。


「でも、ビスコ! いずれにしろ、サタハバキさんに会えれば……」

「どーしてもこのガキを助けたきゃ、勝手にしろよな。俺は一人で動く」

「もう! 最後まで、話を聞けよっ!」


 相棒をなんとか言いくるめる算段をつけはじめるミロの眼に、思わず前のめりになるような映像が飛び込んできた。


「……ビスコ。ビスコ、あれ見て、テレビ!」

「興味ねえよ! 相撲なんか。どうせまたいかるの優勝だろ」

「もうニュースに変わってる! いいからテレビ見て!」


 ミロの慌てぶりにビスコがしぶしぶ振り返り、食堂に備え付けのテレビに視線を移すと……


『大相撲の途中ですが、緊急速報です。長らく全国を出張で回っていたばきそのかみそめよしさまが、つい先ほど、県にお戻りになりました! 関所と中継がつながっています……現場の、ヤマノさん?』



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影