錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣

3 ④

 やや興奮気味のアナウンサーの声とともに、画面下部には《そのかみ様ご帰還 半年ぶりりくどうしゆうごくへ》とのテロップが表示される。

 テレビに映っているのは、全身を分厚い青系色のよろいで包んだ、身長3mはあろうかという大男である。目鼻をすっかり隠すおおぎようかぶとからは、白柱のような立派な歯がむき出しになってめられ、ずしん、ずしんと公道を踏みしめながら歩く様からは、テレビ越しでも震え立つような威圧感が伝わってくる。


「サタハバキだ……あれが、サタハバキです、兄上!」

「……あれで、裁判官~? 処刑人の間違いじゃ……」


 ビスコはそこまで言って、そのサタハバキが片手で引きずっている、黒煙を立ててもがくシルエットに目を留め、あんぐりと口を開けた。


『はい、こちら県北関所です、えー! ご覧いただけますでしょうか! そのかみ様が腕にお抱えになっているのは、北部で暴れていた話題の凶悪犯、あかよろいの巨人と思われます! これは九州北部でも話題になった、無差別破壊事件の犯人と見られており……』

「「いちごう!!」」


 きようがくに思わず大声を出すビスコとミロの口を、シシとパウーが押さえる。


そのかみ様、ご公務ご苦労様です! 県民一同、お帰りをお待ちしておりました!』

『…………。』

『ご自身お一人で話題の凶悪犯を召し捕るとは、いやはや、流石さすがのお力ですね~っ!』

『…………。』

『あ、あのう~……』


 サタハバキは、現場の新人アナウンサーなど目もくれず、地面を踏みしめて歩み続ける。そもそもとんでもないきよであるから、マイクが口元まで届かない。

 ずしん、ずしんとサタハバキが歩くたびに、カメラが飛び跳ねるようにブレて見づらいことこの上ないが、どうやらわきに抱えたいちごうのほかに、背中に巨大なしきづつみを背負っている様子である。これもまたとんでもない大きさゆえに、カメラに収まりきっていなかった。


『す、スゴイ大荷物でいらっしゃって、それ一体……あの、ちょっと待って、わぁっ!』


 マイクを掲げながら、懸命にサタハバキの横をちょこちょこ駆けていた新人アナが、路傍の石につまずき、思わずその大きなしきつかんでしまう。

 すっ転ぶ新人アナと同時に、その巨大なしきほどけ、ひらりと地面に落ち……

 そこから、中に人を収めたてつごうが、山となって連なる様子が画面に映し出された。


『げぇっ』

「げぇっ」


 新人アナと、画面の前のビスコ一同が、全く同じリアクションを取る。

 カメラがそのまま上へパンしていけば、積まれたてつごうの高さはゆうに10mほど。サタハバキはそれを頑丈な鎖で自分に縛り付け、背負って歩いているのだ。

 そのひとつひとつの中には打ち据えられた戦士達がぐったりとその身を横たえ、サタハバキの歩みに合わせて揺れに身を任せていた。


「キノコ守り……! あれはみんな、キノコ守りだよ、ビスコ!」

「見りゃあわかる!」

『……これらは、福岡北部に潜伏せし、賊の一群。人心をおびやかせしゆえ、捕縛した』


 そこでようやく、サタハバキは口を開き、野太い声をカメラに吐き出す。


『いたずらに、罪人を映したるか。不心得者めが』

『あっいや、あのっ、これは……うわぁぁっ!』


 サタハバキの、に覆われた太い指がべちんとカメラを弾くと、カメラマンの悲鳴とともに画面は砂嵐に覆われ、一瞬で何も見えなくなった。


『…………。え、え──、はい、ヤマノさん、ありがとうございました……りくどうでのご公務は早ければ明日から再開されるとのことです。傍聴をご希望の方は……』


 画面はスタジオに戻り、テレビはしやべつづける。


「…………。青鬼、か。なるほど」


 少し間を置いて、ビスコがうなった。画面に映ったサタハバキの青いかぶとが、脳裏によみがえる。


ばあさんの妄言じゃなかったわけだ。里が総掛かりで勝てねえ、いちごうのタイマンでも勝てねえとなると、あの迫力もテレビの誇張じゃねえらしいな」

「しかし、キノコ守りへの誤解は《東京》との共闘で解けたはず。サタハバキ氏はなにゆえ、今になって……?」

「さあな。それも、直接聞いてみるのが早い」

「シシ! ビスコもサタハバキに用ができたみたい。一緒に話をしに行こう!」

「兄上ぇっ!」


 シシが涙すら浮かべて、ビスコの腰に抱きつく。


「よかった……! お仲間の不幸にごめんなさい、でもこれはお導きです。父上のために、天がおれを脱獄させて、兄上まで導いてくれたんだ。兄上、どうか力を貸してください……!」

「たまたま道が同じなだけで、おおかすな!」


 相棒がシシを助ける口実を手に入れたことに内心ほっとしているのは、ミロにもよくわかっている。ただ、それを口に出すとまた面倒くさいので、それは黙っていた。厄介なのは、最近の相棒は表情も読んでくるので、同時に鉄面皮を保つ必要があることだった。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影