錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸す

0 ②

「あの天変地異みたいな土の塊に、いくらさびいを撃ち込んでも駄目だよ! これまでの相手とは、質量が違いすぎる。結局は押しつぶされて、あいつの餌になっちゃう」

「だったらどうする!? このままじゃ九州まるごと、こいつにわれちまうぞ!」

「……正面を狙っても、山に矢を放つようなものだ。でも、あのくちばしを狙えば……!」


 ミロはやおらビスコの額に手をかけて、「ああっ、おいっ!」という悲鳴をよそに相棒のねこゴーグルを奪い取ると、迫りくる陸の津波をゴーグルの倍率を上げて観察した。


「やっぱり。弧を描いてこっちへ向かって来てる、あのくちばしの部分。あそこだけ、露骨に大地の層が薄くなってる。ビスコ、見える?」

「見えるわけねえだろ!! ゴーグル返せ!!」


 ミロの言う通り、その大地の津波の先端は大きく弧を描いて前方に垂れ下がっており、その地層の厚さも先端に行くにしたがって薄くなっているようであった。


「あの大地の先端……上顎の部分を県に縫いめてみよう。ちょうど、口をホッチキスで止めるみたいに!」

「食い過ぎに、おきゆうを据えてやろうってハラか。やり方がえげつねえが!」


 ミロはゴーグルをきちんとビスコにかぶせてやりながら、天空にその右手を掲げる。

 掲げられた手の上には、ミロの思念に応えて緑色のキューブが顕現され、くるくると高速で回りながら陽光に光り輝いた。


しんごんきゆうとタケヤリダケなら、やれるはず。あの上顎を、県に串刺しにするんだ!」

「てめえもなかなか、平然と無茶言うようになったじゃねえか!」

「ビスコならできると思って言ったけど。見当違い?」

「はッ! かつもくしろ、バカ野郎。お望み通りにしてやるぜッッ!」


 ビスコの答えに呼応するように、ミロのしんごんきゆうの呪言がその口からつむがれ、子供になったビスコの両手にぴたりと収まった。しっくりと来る弓の引き心地にビスコの気合はみなぎり、ミロの背中に背負われて犬歯をのぞかせて笑う。


「ようし、いい具合だッ。このしんごんきゆうなら、手になじむ!」

(そりゃ、子供用サイズで作ったからね)


 相棒に聞かれないようにつぶやくミロの矢筒から、数本のタケヤリダケの矢を抜き、ビスコが巨大な陸の怪獣に向けて狙いを定める。


「いけえっ、ビスコ!」


 ミロの生やしたエリンギが、圧力に負けてとうとうひび割れ、大地にまれてゆく様をにらみ、ビスコの両目がぎらりと光った。


「これでええええ────ッッ!!」


 ばぎゅうんッ! どかん、どかんっっ!

 エメラルドに輝くキノコ矢が流星のごとく放たれ、県の地面に次々と突き立つ。ビスコの子供の身体からだに合わせて作られたしんごんきゆうは、大人用のそれに威力こそ劣るもののすばらしい精度でキノコ毒を発芽させ、やりのようなキノコでほつかいどうの上顎を思い切り貫いた。


『 ご ご ご ご ご 』


 キノコに串刺しにされた大地の上顎は、見事にその場に縫いとどめられて動きを制限された。大地の津波が県をみこむスピードがにわかに緩やかになり、土や岩のきしむ音が猛獣のうなりのように、県一帯に響き渡る。


「効いてる! この調子でいくよ、ビスコ!」

「おうッ!」

wonウオン / ulウル / eroadエロード / snewスネウ!」


 ミロがしんごんを唱え、宙空に回転するキューブを放り投げると、それはそのまま宙空を滑るように移動して、エメラルドに輝く道を空中に作り出した。


「空中に道ができるのか!? お前、ちょくちょく術が増えてくな!」

もろいから使い捨てだよ。ビスコ、集中して!」


 しんごんの道をはやぶさのように駆ける相棒の背中で、ビスコは束ねた矢を再び引き絞る。

 ばぎゅうんッッ!

 どかん、どかん、どかんっっ!! と、県に立ち並ぶ建造物ごと破壊しながら、伸び上がるタケヤリダケが大地の津波を貫く。貫かれた大地から無数の落石が降り注ぎ、しんごんの道を走り抜ける二人に襲い掛かる。


「ミロ! 落石を頼む!」

「はいな!」


 ミロの唱える障壁のしんごんが、降り注ぐ落石から二人を守る。その間にもビスコのタケヤリダケは正確無比な狙いで大地を貫き、とうとう陸の津波をまるまる県に縫いめてしまった。


『 ご ご ご ご ご ご 』

「ビスコ、もう一息! その矢で最後だよ!」

「なら、盛大に決めてやらァッ!!」


 汗だくのビスコは力を振り絞り、最後のいつを撃ち放つ。

 ぼぐんっっ!

 必要以上に気合が籠もったか、タケヤリダケだったはずのキノコ矢は太陽の輝きを帯びたさびいとして発現し、見事に大地の上顎の中心をぶっ貫いた。



『  ご  ご  ご 』

『  ご  ご 』

『  ご…… 』



「……やった、止まったよ、ビスコ!!」

「ぜえ、ぜえ……見たか、コラ……! ランチタイムは、これで終了だぜッ!」


 二人の眼前には、巨大な陸の大口が、無数のキノコの柱によって県に縫いめられているという、あまりにも壮大な光景が広がっていた。


「……で!? この、ばかでっかい大地の塊は、一体なんなんだよ?」


 ビスコが額の汗を拭いながら相棒に尋ねると、ミロはやや困ったように答えた。


「島……だと思う、どこかの」

「島だあ!? 島がいきなり動いて、九州にぶつかってきたってか!」

「『突撃島』っていう兵器があるんだ。日本の戦争の歴史の中でも、何度か運用されてる……孤島に推進剤を積んで、島ごと突進兵器にした、っていう記録がいくつかある。きっとこれがべにびし達の、対人間用の最終兵器なんだと思う……わわっ、ちょっと、ビスコ!?」


 しんごんの足場に立ち尽くすミロの肩にひょいと両足で飛び乗って、ビスコがねこゴーグルをのぞいた。高くそびえる大地の壁の上、その地表には、どうやら全く季節外れの雪が吹雪ふぶいているらしく、白く煙る雪のせいでその全容をうかがい知ることは難しい。


「……確かに、地上がある! これは島だ、バカみてえな話だが……」

「何か見える?」

「待て、吹雪がひどいんだ。何か手がかりが……んんっ!?」

「ビスコ、あそこっ!!」


 ミロの声にねこゴーグルを下げると、はるか上方、県に縫いめられてせり出した地上から、豪華なガウンをはためかせて、小さな人影が二人を見下ろしている。

 白い肌に、紅色の瞳。そして、耳元に咲き誇る椿つばきの花……

 それは二人のよく知る、べにびしの少女の姿であった。


「「シシッッ!」」


 二人のきようがくの声が、シシにはたして届いたものか、それはわからない。ただシシはその氷のような表情を少しも変えることなく、はるか遠くから二人の姿を数秒見つめた後、ガウンをはためかせて白い吹雪の中にその姿を隠してしまった。


「シシ───ッッ!! てめえコラ、降りてこいッッ! 俺と勝負しやがれェ───ッッ!」

「ビスコ! あ、暴れないでっ! お、落ちる、落ちる!」


 ぽろぽろと崩れ落ちるしんごんの道の上で、ビスコは可愛かわいらしい子供の顔を怒りで真っ赤にして、シシの消えていった地表をにらみつけている。


「ミロ! ぼさっとするな。ありゃ、間違いなくシシだったろ! この島を動かしたのも、あいつの差し金に間違いない。さっさと上まで行って、あいつをぶちのめすッ!」

「わかったわかった、わかったけど!」ミロはやっとのことで肩からビスコを降ろすと、諭すように言った。「あの高さは、エリンギで飛ぼうったって無理だよ。僕とビスコの矢を合わせても、発芽力が足りない。まして、その子供の身体からだじゃ……」

「だからァっ、俺は、ガキなんかじゃ!」

「話の途中っっ!」

「はい」

「エリンギが届かないとなれば、僕らに取れる方法はひとつ」


 ミロは、動きを止めている大地の壁を見つめて、わずかに目を細めた。


「なんだよ、その方法ってのは。さっさと言え!」

「昔の偉い人は言った。そこに山があるからだ、って……」


 ミロはれるビスコに向き直って、答えの代わりに、一つ尋ねた。


「ビスコってさ、クライミングの経験ある?」






刊行シリーズ

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