錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸す

1 ①

「だからって、バカ正直に登るってのか──っ!! この壁を!!」


 弧を描いてそそり立つ、大地の津波の中腹。

 エリンギ矢で距離を稼ぎ、なんとか絶壁に取りついた二人のキノコ守りは、吹き付ける風にがいとうをはためかせながら、その断崖を身体からだひとつでよじ登っていた。


「崖登りなら何度も経験あるって言ったじゃん。やっぱりやめとく?」

「バカにすんな、こんな壁……おわっ!」

「ほら! 集中して。地盤が柔らかいから、油断すると崩れるよ!」


 ビスコの言葉通り、崖のとうはんはアクタガワの得意とするところであったが、いざ生身で登ろうとするとキノコ守りといえどそう簡単にはいかない。シメジ矢を素手で崖に打ち込み、咲かせたシメジを手がかり・足がかりにして登っていくのだが、これが強く打ち込みすぎてしまうと発芽力で吹っ飛ばされてあっという間に滑落してしまうので、なかなかの精神力を要する。


「おい、ミロ!」

「なあに──っ!?」

「確認するが! 俺たちの目的は、シシの野郎をぶっ倒すことだよな?」

「そうだよ!? 何をいまさら。べにびしの野望を食い止めるために、二人でがんばってるんじゃないか!」

「……それが何でどうして、こんな得体の知れねえ崖を登ることになるんだあ!?」


 ビスコを説き伏せてはいるが、一方のミロも……


「九州に突撃してきた、ばかでかい島に乗り込む」


 という現状に、少なからず混乱を覚えてはいる。


べにびしが、こんな大規模な攻撃計画を隠し持ってたなんて。僕らがこうしてる間に、本州も攻撃を受けてるかも……いみはまはどうなってるのかな)


 ミロの心中に、黒くなびく長髪と、れいな笑顔がちらつく。


(……パウーが、心配だ……)


 サタハバキによっていみはまに送還された姉の安否に、思いをせているミロに。

 上のほうから「こつんっ」と小石が落ち、額を打った。上を見れば、足場を作り損ねたビスコが絶壁にしがみつき、もがいている。


「うぎぎぎ……くそ、やっかいな岩場してやがって……!」

「ビスコーっ。ごめん、やっぱりその身体からだで無理させちゃったかも。そこまで行くから、僕の背中につかまって!」

「うるせーっ。見栄はるな、モヤシのくせに!!」

「もやし……!!」


 ビスコはミロに心配されたのが余程しやくだったのか、ぜん力を取り戻してするすると崖を登り、大きくせり出した岩の上までなんとかよじ登って、下の相棒に「べえ──っ!」と舌を出して見せた。


(あ、あのやろ~~!)


 ミロも気を取り直して壁を登ろうとして、そこで大地の壁全体から伝わる、異様な気配に気が付きはじめていた。

 まず、大地全体が持つ熱が、かなり温かいのだ。びっとりと身体からだを壁につけているミロとビスコも、その熱にあてられてびっしょりと汗をかいている。

 加えて、どうやらこの大地全体が「脈動している」。耳を崖に当てれば、「どくん、どくん」と、まるで人間の心音のようなものがミロの耳に伝わってくる。


(……この岸壁はおかしい。まるで、生きてるみたいな……)

「おーいミロ! さっさと上がってこい。待ってる間に、茶がしばけちゃうんだよなぁ~!」

「こ、この……!」


 露骨な挑発に思考を乱されて、ビスコの方を見上げる、そのに。

 ビスコが休息している岩場の背後の崖が、突然、


「ぐわり」と大きく丸く開き、暗黒のトンネルの口をビスコへと向ける様子が映った。

 地面が急激に開くという突拍子もない出来事に、ミロの動きが遅れる。


(……なんだ、あれっっ!?)


 ミロはあんぐりと口を上げて驚き、気付く様子のないビスコに向けて、懸命に叫んだ。


「ビスコ──ッッ! 危ない! そこから逃げて!」

「危ないのはお前だーっ。シメジを刺すときは、もっと腰を入れてだなあ」

「後ろ──っ! 後ろの壁!!」


 ミロの必死の呼びかけにビスコが振り向いたのと同時、開いた暗黒のトンネルから、「ぶわあっっ!!」ととんでもない勢いの突風が噴き出してきた。


「うおわああっっ!!?」と叫ぶビスコの声はその突風にかき消され、子供の軽い身体からだは岩場からはじされて空中に躍った。


「うおおおっ、何だよあれは、畜生っっ!!」


 ビスコはアンカー矢を引き絞って放つが、岩場に放ったそれは子供のりよりよくでは突き立つことなく、はじかれてしまう。


「ビスコ────ッッ!」


 ミロが弓を引き絞り、ビスコへアンカー矢を放とうとする、その直前、


『ちょーっと待った──っ!!』


 突然発せられた女の声とともに、ごご──っっ! とジェットを吹かして、物陰から小型のピンク色のドローンが空中をカッ飛んできた。


「こ、今度はなにっ!?」

『子供の一人ぐらいなら、あたしが受けれるぞーっ!』


 大きさにして60㎝ほどのドローンは、その身体からだに見合わぬスピードでもって、ビスコめがけて一直線に滑空してくる。


『レスキュー料きっちりもらうからなぁーっ、覚悟しろぉーっ!』

「ええっっ!?」


 ノイズ交じりの音声とともに、それは四方に備えたクラゲ型のアームを器用に操って、落ちていくビスコを見事に空中で受け止める。


「うおわぁっ!?」

『セ──フ!! 見たかっ、チロルドローンの力を!』


 ドローンはビスコを持ち上げたまま、得意げにその場でくるくると回った。


『だっはははは! やっぱあたしがいないと駄目だね、あんたらは!』

「その声……!」

「ち、チロルか!?」


 ドローンから発せられる底意地の悪そうな笑い声は、確かに二人の悪友、おおちやがまチロルその人の声に間違いない。


「お、お前、どうしてここに……うわっ、ちゃんと持て、落ちる!」

『パウーに言われてね、こいつで県の様子を偵察しながら、あんたらをけてたんだ……ちょっと、上に載ってるひと、早く降りて。燃料きれちゃう』

「く、くそ……嫌なやつに貸しを作ったぞ……」


 ビスコは冷や汗を拭いながらしっかりした岩場になんとか降り立ち、ミロも安全を確かめてその場へ降り立った。クラゲを模したピンク色のチロルドローンは、荒い息をつく二人の前で楽し気にくるくると回り、前面に備えたディスプレイにチロルの姿を映し出した。


「助かったよ、チロル! これは、遠隔操作してるロボットなの?」

『そ。モクジンの技術を応用した特別製だよ、すごいでしょ。あたし自身は、いみはま県庁のビップルームにいま~す』

「見てたなら、さっさと助けろ!! いつごろから監視してたんだ!?」

『ちょうどあんたが、あのサタハバキをぶったおして……そのあと、キュートな男の子に変えられちゃったぐらいかな~』

「ぐうっ……」と言葉を喉に詰めるビスコの周りを、チロルドローンがくるくると回る。


『ねえねえ。結局、どの程度子供にされたわけ? おねーさんによく見してみ』

「やめろ!! こっちは真剣に困ってんだぞ!! お前、絶対笑うだろ!!」

『ちょっと。どんだけ信用ないわけ!? あたしだって、一緒に死線をくぐった仲間でしょ。こっちの技術で手を打てるかもしんないから、よく見せろって言ってんの』

「でも……!」

『いいから見せな。絶っっ対! 笑わないから』


 チロルドローンのカメラが無遠慮にビスコの顔をズームすると、そこには目つきこそ悪いが、なんとも幼く可愛かわいらしい子供ビスコの顔が映し出される。

 しばらくの沈黙の後、


『ぎゃ───っっはははははは!!!』

「殺してやる───っっ!!」

「だからっ! ビスコ、落ちる、お、落ちるってっっ!!」


 チロルドローンが空中で笑い転げている間、ミロはめちゃくちゃに暴れるビスコを崖に押さえつけるのに苦心した。

 一方でいみはま県庁でも騒ぎがあったらしく、どがんっっ! と向こう側でドアの蹴破られる音をきっかけに、ドローンの音声ノイズが一層激しくなる。


『聞いていたぞ、チロル! 貴様、人の亭主に向かって!!』

『げぇっ、てつこん女! か、鍵こわして入ってくんな!』

『それがカメラか!? どけっ! 私が代わる……ミロ、ビスコ! 無事なのか!? ああ、よかった……』

「「パウー!」」


 チロルを押しのけてドローンのディスプレイに映ったのは、いみはま県知事・パウーの姿であった。先のサタハバキとの戦いでの傷がまだ癒えていないのか、包帯などの治療の跡が痛々しく残ってはいたが、それでもその瞳は力強くビスコを見据えている。


『ビスコ、心配するな。お前がどんな姿になろうと、私の心はかわらない……としの差がなんだというのだ!? 私とお前には、切っても切れぬ誓いのきずなが』


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影