錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸す

1 ②

「パウー! その話はあとで! 僕ら、今よじ登ってる、こいつの正体が知りたいんだよ。いみはまの衛星から、何か見えてない?」

『そうだ、その話をするために、お前たちに接触したのだった……二人とも、今、落ち着いて話ができるか?』

「できる状況に見えてんのか、お前のは!!」

「いま、ビバークの環境を作るよ。パウー、ちょっと待ってて」


 ミロはそう言って、再び背後の壁にその耳を当てた。やはり「どくん、どくん」と脈打つ壁の脈動を感じたミロは、腰のアンプルサックから白い液体で満たされた一本を引き抜き、背後の岸壁に向かって思い切り突き立てた。


(……これで、おとなしくなってくれれば……!)


 薬液を岸壁に注入して壁に聴き耳を立てると、先程までの「どくん、どくん」といった鼓動はだんだんと弱まり、沈静化していくようである。


(よかった。効いたみたい)

「おい、ミロ。何打ったんだ? 岩の壁相手に」

「麻酔だよ。一応、ねんのため……」

「はああっ!?」と、素っ頓狂な声を上げるビスコを、命綱がわりのワイヤー矢でつなぎ止め、それでようやく二人は岩場の上に落ち着くことができた。


『まず、お前たちが今よじ登っている、壁の正体だが……』

べにびしどもの秘密兵器だってことは知ってるぜ。ミロが言うには、どっかの孤島をまるまる動かして、九州にぶつけてきたんだろ?」

『島、などという生易しいものではない。これを見てくれ』


 パウーの声とともにドローンのディスプレイが切り替わり、九州一帯の衛星写真を映し出す。そのありさまのぞんで、少年二人は絶句してしまった。


「おい、これ、マジかよ……九州が……!」

「食べられてる!!」


 言葉にすれば、そう言うほかなかった。

 海に囲まれた九州を貪りらうようにして、何か得体の知れない巨大な陸地が、日本海側から九州に思い切り食い込んでいるのである。

 衛星写真から見ると、福岡・佐賀のあたりはすっかりその身体からだまれてしまっており、長く伸びたくちばしのようなものが、ちょうど県にかかっているという具合であった。


『これが、今おまえたちが取りついているものの全容……』

『あたしたちは、大陸海獣・ほつかいどうって呼んでる』

「「ほ、ほつかいどう!?」」


 少年たちが、またもきようがくの声を上げる。


ほつかいどうって、青森の上にあるバカでかい大陸のことだろ。進化生物が危険すぎて、誰も生きて帰ってきたやつがいないっていう……」

「無茶苦茶だよ、二人とも。日本最北の大陸が、なんで九州にいるの!?」

『ええい! 同時にしやべるなっ。チロル、はやく次の写真を!』

『わかったってば! はいコレ!』


 続いてドローンに映し出されたのは、先程の衛星写真をサーモグラフィーで捉えたものであった。


「これが、一体なんだってんだ……」とビスコは言いかけて、相棒のが写真にくぎけになっているのを見て取る。


「ミロ、どうしたんだよ。これが、何かおかしいのか?」

「ビスコ。この、ほつかいどうは……」


 ミロは信じられないというふうに何度か首を振りながら、吐き出すように答えた。


ほつかいどうは、生きてる!!」

『その通りだ、ビスコ』


 急に何を言い出すんだこのバカ、というビスコの文句を遮って、ドローンからパウーの声がミロの言葉を引き継いだ。


『この写真に写ったほつかいどうをよく見てくれ。明らかに体温を持ち、自律して活動していることがわかる。にわかには、信じがたいことだが……我々がいにしえから大陸だと思っていたものは、おそろしく巨大な、一体の生物兵器だったらしい』

「な……な……」

『こいつが動く直前、丁度あんたたちのいるりくどうしゆうごくから、生物兵器を吸い寄せる誘引物質が出てるのを観測してる。どうやら、ある種の『花粉』みたい……あかぼしの言うとおり、このだいかいじゆうべにびしどもの最終兵器だって推測は、間違ってないはず』

「おかしいと思ったんだ。大地そのものが鼓動しているし、体温もある。さっきビスコを吹き飛ばしたのも、きゆうこうが開いたからだよ」

「おまえら、大概にしろ───ッッ!」


 ビスコは三人の現実離れした物言いに耐え兼ねて思わず叫び、ドローンに向けてそそり立つ断崖絶壁を指さした。


「寝言は寝て言え、バカ! この崖のありさまが見えねえのかよ!? この土と岩の塊が、どうしたら生き物に見えるってんだッ!」

「ビスコ! 上、上!!」

「ああっっ!?」


 ビスコは自分が指さしたはるか上方を見つめて、言葉の途中で固まってしまった。大きくせり出してビスコたちに影を落とす岸壁の一部に、にわかに亀裂が走ったかと思うと、それが明確な意思を持って上下に開かれたのだ。

 それは岸壁に開いた、巨大な「眼球」であった。


「なん……だ、ありゃ!?」

ほつかいどうだ。ビスコ、隠れて!」


 ミロはぼうぜんしつとなるビスコを抱えてとつに岸壁に張り付き、チロルドローンも足場の下に潜って眼球の視線から逃れる。しばらく息を潜めていると、眼球はぎょろぎょろと周囲を見回すのをやめ、また岸壁の一部へと戻っていった。


「……ビスコ。パウーの言う通り、この壁は生きてる。さっさと登り切らないと、危ないよ」

「…………ほ、本当なのか。ほんとに命を持ってるのか。い、生きてる陸なんて……か、神様の、類じゃないのか……?」

「ビスコ! 休憩おわり! いくよっ!」

「わ、わかった!」

『とにかくこのままでは九州どころか、本州ごとほつかいどうまれかねない。なんとか二人の力で、べにびしだいかいじゆうの進行を止めて欲しい!』

「言われるまでもねえ。シシをシメねえと俺の身体からだも子供のままだ。もとからぶちのめしに行くつもりだった!」

『その意気だ、ビスコ! 道中の心配はいらないぞ、このドローンでチロルがお前たちのサポートをする。ほつかいどう上空から、位置情報をお前たちに……』


 パウーがそこまで言った瞬間、

 どがんっ! と、中空から落ちてきた大きな落石が、ドローンの上部に思い切りぶち当たった。


「「あっっ」」

『んおわ───────っっ!!!??』


 ピンク色のチロルドローンはそのまま落石に潰されるようにして、はるか岸壁の下のほうまで落下していく。重なるパウーとチロルの悲鳴はどんどん遠くなり、やがて完全に聞こえなくなってしまった。


「……………あちゃああ……」

「……まあ、いいだろ。本人達に岩が当たったわけじゃねえし」

「子供ってドライだなあ」

「いいから集中して登れよ! この壁は生きてるんだ。いつ何が飛び出してくるか、わからねえぞ!」

「僕の台詞せりふ、自分の台詞せりふみたいに言うなっっ!!」


 少年二人はチロルドローンの行方自体は大して気にも留めず、徐々に険しさを増してくる絶壁に取りついて、懸命にその岩肌を登っていくのだった。


「ほら、ビスコ。もうちょっと……よし、つかまって!」

「余計なことすんな──っ!! 自分で登れる!」


 途中、大きく開いた巨大なエラのようなものに吸い込まれそうになったり、熱蒸気を吐くきゆうこう火傷やけどを負わされたりと命懸けのクライミングであったが、少年たちは汗だくになりながらもとうとうその地表にその身体からだを引っ張り上げ、二人して荒い息をついた。


「よ、ようやく登れた、けど……」

「さ……寒っみいいい……!!」


 登頂に成功した二人を待ち受けていたのは、祝福どころか、吹雪の吹きすさぶ極寒の大地であった。雪は深く降り積もり、ミロの一足ごとに膝上までが埋まってしまうほどだ。


県は晴天だったろ。どうしてこのほつかいどうの上だけ、吹雪ふぶいてるんだ!?」

「標高が高いからかなあ。ビスコ、歩ける?」

「ジジイか俺は! わ、っぷ……」

「だめだね。ほら、背中におぶさって。ほとんど埋まっちゃってるじゃん!」

「余計な、ぶふっ、お世話だ!」

「強がるなってば! 凍えちゃうよ」


 強引に背負いあげられるビスコはぶすっとした表情をしながらも、ねこゴーグルを降ろして吹雪の中を観察する。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影