錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸す

1 ③

「やっぱり、チロルのドローンがなくなったのは痛いよ。この猛吹雪のほつかいどうで、どうやってシシ達を探したら……」

「……いや、ミロ。どうやら、こっち側から探す必要はないらしい」

「ええっ?」

「向こうのほうが、お待ちかねだったようだぜ」


 ビスコはそこまで言ってねこゴーグルを取り、吹雪の向こうをすいの両目でにらみつけた。

 その、視線の先から……

 ざっ、ざっ、ざっ。と、厚い雪をかきわけて、数人の人影がビスコたちの前に姿を現す。

 その先頭には、紫の鮮やかな髪と豪華なガウンを吹雪に躍らせて、ビスコとミロを見つめる少女の姿があった。


「「シシッッ!!」」


 少女……今やべにびしの王・シシのその白く美しい顔は、かつての活発なそれとうってかわって氷のようにてつき、何の感情も読み取ることができない。

 その様子はミロをして、


(これが……あの、シシなのか……!)


 そう思わせるような、冷たさと威厳を併せ持っていた。


「迎えに来たぜ、シシ。俺にトドメを刺さなかったのは、失敗だったな!」


 ビスコはミロの背中からぴょんと跳び上がり、雪上にすとんと降り立って、背中の弓を引き抜いた。そのすいの両目は、怒りのほむらにめらめらと燃えている。


「てめえをブチのめして、もとの身体からだを取り戻す! リターンマッチだ、シシ! てめえも剣を抜きやがれッッ!」


 吹雪のごうおんに負けないビスコの叫びに、シシの表情がわずかに動いた。耳の椿つばきが開いて花粉をふわふわと散らし、紅色の瞳が、ビスコのそれに呼応するようにぎらりと光る。

 シシの唇が僅かに開いて白い息を吐き出せば、その片手に瞬時に深緑のツタが寄り集まり、一振りの剣となって太陽の色に輝いた。


(ま、まさか、ここで始める気!? だめだ、今のビスコじゃかないっこない!)


 ミロがビスコを守ろうとその前に出た瞬間、一方のシシ側からも、巨大な人影がシシをかばうように前面に歩み出た。

 その巨大な人影の姿形を認めて、ミロと、戦意に燃え立っていたビスコからも、同時に叫び声が出る。


「あ、あの人は……」

「サタハバキっ!!?」


 トレードマークの青いかぶとに、しになった白柱のごとき歯は、まごうことなきりくどう獄長・ばきそめよしのそれであった。

 ただ、決定的に違うのは、砕けたよろいの内側、桜吹雪の刺青が施されていたはずの肉体に、一面のかん椿つばきが描き巡らされているということであった。これは、桜のりよくを上書きされ、シシのりよくによって操られていることの証左に他ならない。


「おい、コラァッ、法務官! 後ろのそいつは大罪人だぞ。何を肩入れしてんだァッ!」

「ビスコ、だめだ! 法務官は操られてる……今は、シシの手駒なんだ!」


 サタハバキはビスコの言葉など届かぬ風で、何事かシシの耳にささやきかける。シシは無表情にその言葉を聞いていて、僅かに一度きりうなずくと、ツタの剣をすばやくほどく。そしてそれきりビスコには興味を失ったように、その場できびすかえした。


「シシ! てめえ、逃げる気か!!」

「ぬぅんッッ」


 シシを追い掛けようと駆け出すビスコの前に、サタハバキの巨体が立ちはだかる。サタハバキはその丸太のような両腕を振りかぶると、雪原へ向けて思い切り振り下ろした。


「げぇっ。こいつ!」

「ビスコ、下がって!」

「ぬぅおおおおあッッ」


 ばっ、がぁぁぁんっっ!!

 大地をへし割るごうおんとともに、サタハバキの一撃は大地に横一文字の亀裂を走らせた。地割れがどんどんその大口を開けて広がってゆけば、厚く積もった雪が次々と地割れへと落ちてゆき、まるで氷雪の滝のような光景を作る。


「地割れを……足止めのつもりかっ!」

「ビスコ、落ちるよ! 僕につかまって!」


 近くに生えていた木にアンカー矢を巻きつけてこらえるミロの一方で、ビスコはみして悠然と歩き去る対岸のサタハバキを見つめる。


「眼中にねえとでも、言いてえのか……この、俺をッッ! 畜生、あなどりやがってッ!」

「ビスコ! シシに加えて法務官が相手じゃ、どっちにしろ子供の身体からだじゃかなわないよ! 何か、作戦を練らないと……!」

身体からだがどうした、ガキだから何だ! 勝つまで食らいつけば、勝てねえ戦はないんだッ!」


 ミロはビスコのその、どうあっても萎えない戦意にあてられて、思わずいさめる言葉を失ってしまう。


「まだこれぐらいの地割れなら、跳び越えられる。後を追うぞ、ミロ!」

「ええっっ!?」

「もたもたしてっと、置いてくからな!」


 雪崩がおさまってきたのを見計らって、ビスコはミロの手をすりぬけて素早く駆けだすと、美しいフォームで弓を引き絞り、ぼぐんっっ! とエリンギの勢いで跳び上がった。


(そうだ。ビスコは、いついかなる状況からでも、キノコみたいに伸び上がってきた……今回だって、きっとビスコは乗り越える!)


 ミロは臆病になっていた自分の思考を切り替えてビスコを追い、さつそうと地割れの谷を越えてゆくビスコの姿を見やった。

 ビスコはがいとうをはためかせて、空中を跳び……


「 ミ ロ ~ 」

「ええっ、ビスコ!?」

「 届 か ね え え ~ ~ っ 」


 そのまま、地割れの対岸の手前で、はるか地底の暗黒へ吸い込まれていってしまった。

 ビスコは完全にいつもの手癖でエリンギを撃ったのだが、子供のりよりよくでは咲きが甘かったのである。

 少しの間、ぽかん、と、谷底に吸い込まれてゆく相棒を見つめて……


「……ち、ちょっと───っっ!! 信じたそばから───っっ!!」


 ミロは途端に血相を変えて地割れをのぞみ、戸惑いなく地面を蹴ってその谷底へ跳び込む。跳び込みざまに岸壁に逆向きに生やしたエリンギで加速をつけ、がいとうをはためかせて落ちてゆくビスコを間一髪で抱き留めた。


「うーむ。しくじったな。大丈夫だミロ、もうわかった。次は跳べる!」

「もうないよ! 次なんかぁぁ──っっ!!」


 ミロは落下しながら自分とビスコの周りにしんごんの障壁を張り、地割れの壁を次々とはじかれながら、はるか地底へと二人して落ちてゆくのだった。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影