錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸す

2 ②

「このたんけてんな、ボケ! どうやら俺たち、まだ死んじゃいないらしい」

「あれっ、本当だ……ビスコ、ここは一体どこだろう?」


 身を起こし、あらためて周囲を見渡せば、赤黒くほのかに光る洞穴の中に少年たちはいるようであった。その赤黒い床はなまあたたかくうごめき、どくん、どくんと一定間隔で二人に鼓動を伝えてくる。


「地割れから落ちてきたはずだよな? 太陽が見えねえ……それに、なんだか生臭いぞ」

「こういう時、慌てて進むのは危険だよ。準備を整えないと……あれ、僕の医療カバンがない。落としちゃったかな?」

「待ってろ、今照らしてやる」


 子供ビスコがぴょんぴょんと跳ねつつ、頰いっぱいに含んだともだけの胞子を吹いて回るのははたには大変可愛かわいらしいものだったのだが、そんなこと言おうものならまた鼻をねじられそうなので、ミロはぎゅっと口を閉じてその場は黙っていた。


「おい、ミロ。あれじゃないか? お前のカバン」

「ほんとだ。あんな高いところに……」


 はたしてミロの医療カバンは、真っ白にそびえる巨大な柱のようなものの端っこに引っかかっており、その高さはじつに10mほどもあった。


(こ、この白いの、何……? なんか、見覚えがあるような)

「待ってろ。今取ってきてやる」


 ビスコは自分のせいで谷底へ落下したことにやはり多少の引け目があるのか、その白い柱の群れを跳ね跳んで、カバンの方へ向かっていく。

 ミロは妙な胸騒ぎを覚えながらもそれを見守り、やがて思い至ったようにはるか天井を見上げて、思わず総毛だった。


「ミロー! あったぞ。これだろ?」

「ビスコッッ!! はやく、はやく降りてきてっっ!!」

「恩知らずなやつだな。ありがとうが先だろ!」

「上ええ──っっ!!」


 ミロの尋常でない様子に、ビスコは不審そうに頭上を見上げ……

 そこで、ぎょっ、とその両目を見開いた。はるか暗闇の天井から、ばかでかい白い柱のようなものが、自分の位置目掛けて降ってきているのである。


「うおおおあああ!!」


 ビスコがその場を跳び逃げるのと、白柱が背後に落下するのはほとんど同時であった。はためくがいとうが上下の白柱に挟みこまれ、ビスコは柱の横にぶら下がったまま、首を絞められ、顔を真っ赤にしてもがいている。


「ビスコ──ッ!」


 やがて、落ちてきた白柱が『ごごごご』と再び持ち上がれば、ビスコはがいとうを解放されて落下する。それを間一髪で受け止めて、ミロがあんためいきをついた。


「あ、あぶなかった……ビスコが、ひき肉になるとこだった」

「げぇほっ、げほっっ! な、何だよ、今のは!」

「あれは『歯』だよ、ビスコ」

「は……歯ぁっ!?」

「周りを見てごらん。ようやくわかった……僕らは今、ほつかいどうの口の中にいるんだよ」


 ミロの声に周りを見渡せば、先程の白柱は大きさの大小こそあれど、規則正しく立ち並んでいることがわかる。呆気あつけられているうちに、もういちど『がぢんっっ!!』と上下の歯がかみ合わされ、二人はその衝撃でゴロゴロと口中を転がった。


「じょ、冗談じゃねえ! こんなとこ長居は無用だろ。さっさとずらかろう!」

「うん! ……でも、ちょっと待って……歯があるってことは、ここには……」


 ミロとビスコは不意に寒気を覚えて、暗闇の洞穴の背後を振り返った。暗闇の奥から、ともだけの明かりに照らされて、


『 ず お お お お 』


 と、巨大なぬめる肉の塊が姿を現した。それはとんでもない迫力で二人の視界を覆い尽くし、とつに逃げようとする二人の身体からだからめとってしまう。


「やっぱり!! 舌ああああっっ!!」


 ミロは悲鳴を上げながら必死でビスコの身体からだを手繰り寄せ、抱きしめてそれを守る。ほつかいどうの舌はそんな事に構わず二人を口の奥のほうへ押しやり、奥歯のろうごくに押し込め、蓋をするように閉じ込めてしまった。


「うわああっ、閉じ込められた!!」

「ぼさっとすんな、ミロ! エリンギで合わせろ!」

「わ、わかったっっ!!」


 二人はとつの判断で奥歯の一本をエリンギで打ち抜き、ぼぐんっっ! と縦に伸び上がる見事なエリンギを咲かせた。『がぢんっっ!!』と閉め合わさるはずの奥歯はエリンギに遮られ、ギリギリのところで少年二人を守り切る。


「なんつーアゴの力だ。エリンギがへし折れた!」

「ビスコ。この舌、びくともしないよっ」


 懸命にシメジ矢を撃ち込みながら、ミロが叫ぶ。ぬめる巨大な肉塊は多少のキノコのダメージなどものともせず、二人を奥歯に閉じ込めたまま逃がそうとしない。


「どうしよう。次まれたら、仲良くにくにされる!」

「学者先生はたんで頭が回らんようだな。ちったあ頭を使えよ」

「きみに言われたくないんだけどお!?」

「こいつは『舌』なんだろ? だったらこの矢でっ!!」


 ビスコは矢筒から、珍しい緑色の羽根のついた矢を数本引き抜くと、それを束ねて短弓につがえる。そしてみっちりと詰まった眼前の肉の壁に向けて、ばしゅんっ! とその矢を力強く撃ち放った。

 ぼん、ぼんっっ!!

 ビスコの放った緑の羽根の矢は、分厚い舌の表皮を貫いてその肉に食い込み、シメジのように群生する緑色のキノコを咲かせた。キノコはえるコケのようにまたたに舌の上に広がるが、とはいえミロのには、それが状況を打破する威力を持つものには、到底見えない。


「ビスコ、やっぱり駄目だよ! こうなったらしんごんきゆうで……」

「だーから! 力押しはよせって。ひらめく知恵にこそ、キノコ守りの神髄はある」

「そんな事言ったってぇっっ!!」

「よく見てろ……ほら来たァッ!」


 ビスコの緑色のキノコがある程度まで巨大舌を覆うと、突然、舌がぐわりと奥歯から離れ、びだん、びだん! とのたうつように口じゅうを暴れ出した。

 ミロがわけもわからずそれを見つめるうちに、「バカ、死ぬぞ!」とビスコがその裾を引っ張り、同時に奥歯から飛び降りる。間一髪、ミロの背後で奥歯が『がちんっっ!!』とわさった。


「し、舌が、暴れてる……!? ビスコ、あのキノコは何なの!?」

「エンマオオガラシダケ、っていうキノコだ。群生してすぐに広がる」

「えんま、おおがらし……」

「名前の通りの暴れん坊だぜ。おっそろしく『からい』んだ! 一本口に放りこんだら、向こう一年メシの味がしなくなるぐらいにな!!」


 ビスコはそう言って悪童そのものの笑みを見せ、背後のミロにオオガラシダケの矢を複数本投げ渡した。ビスコの意をんだミロはビスコと二手に分かれて跳び、巨大な舌の両サイドから連続して矢を放ち続ける。


『 ず お お お お 』


 舌はその身体からだを歯にこすり付けたりしてキノコをぎ落とし、襲い来る辛味から逃れようと必死になっていたようだったが、とうとうその体表をカラシダケの緑一色に覆われて、ずうん! と力尽きるように口の中心に倒れ込んでしまった。


「や……やった……! 倒した、あんな、とんでもないやつを!」

「完全にバテきったよーだな。驚天動地のだいかいじゆうも、からいのは苦手らしい」


 ビスコはすっかりマヒしきった舌の上に飛び乗り、小さな身体からだでぴょんぴょんとその肉を踏みつけて、反応がないのを確かめる。一方のミロはすっかり感心した様子で、笑顔満面にビスコに向かって呼び掛けた。


「ビスコ、すごいよ! そんなの相手に、子供の身体からだで……」

「キノコ守りの強さに、大人も子供もねえ! りよりよくでかなわねえなら技を使う。こちとら、ガキの頃からあかぼしビスコにゃ変わりねえんだよ!」


 久々に威勢のいい声が相棒から聞けたことを喜ぶミロの足元に、ひた、ひた、と何やら粘着質の液体が忍び寄ってきた。

 液体はずるりとミロのキノコ守りのブーツにからみつき、じゅうっ! と白煙を上げる。


「!? うわっ!」

「どうした、ミロ!」

「これは……!」


 ミロはとつに舌の上に跳び上がって、ビスコの隣に着地する。ブーツを溶かしている黄土色の液体を見つめて、ミロはわずかにうなった。


「これは、唾液だよ、ビスコ。オオガラシダケに反応して、分泌されてきたんだ……とんでもない消化性がある、こんなものを浴びたら、ただれ死んじゃうよ」


刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
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錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影