錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカット

0 ①

 一陣の寒風が吹いて、つちぼこりまみれた無数の紙きれを巻き上げた。


【恐怖政治 絶対反対!!】

【圧政に終止符を!!】


 それらの紙は。

 一様に機関銃の弾丸に撃ち抜かれ、焦げ付いており……所以ゆえんの知れぬ飛沫しぶきの痕を、いくつもみつかせている。

 紙はそのまま風にあおられて地面をぺらぺらと転がり、くろかわ政権の旗がそこらじゅうにはためく街から逃げ去るようにして、どこへとも知れず飛んでいった。


 かつては……

 商人、飯屋、妖しげなしようや破戒僧、仕事帰りのサルベージャーであふれかえり、売り手買い手の怒号が飛び交った、このからくさ大通りに。

 商人一人、いない。

 これは通りに限らず街中がまったく静かで、通りすがりの旅商人の言葉を借りれば、


「まるで、死んだような……」


 いみはまありさまであったと言っていいだろう。

 その代わりに……。

 そのかぶものに張り付いたような笑顔を浮かべるイミーくん達が、物騒な機関銃を構えて街の所々に立っている。

 どうやら何かの監視役であるらしいこれらウサギ面達は、


「チョロチョロうろつくな、コラ!」


 肩身狭そうに歩く通行人を『ごんっっ』と銃床で小突いたりと、一様に高圧的かつ、尊大な態度であった。


「住民ども! 上映会の時間だ。さっさと会場に集まれ!」


 そこら一帯の管轄主であるらしい黒イミーくんが、空に向かって『ばばばばば!!』とマシンガンをっ放す。住宅に引きこもっていた住民達は悲鳴を上げて表に飛び出し、細かく震えながら強制的に整列させられる。


「一分十三秒。遅い! それになんだその顔はお前ら。楽しい楽しい上映会だろうが!! しみったれた顔は、刑罰対象だと言ったはずだぞ!!」


 黒イミーの言葉に、無理やり笑顔をつくる住人達。その顔はっており、ぴくぴくとけいれんを繰り返しているが、一方の黒イミーは満足そうにうなずいて、マシンガンを下ろした。


「そうだ。常に笑顔を心がけろ。我々を見習え」

(マスクじゃないか)

くろかわに尻尾振りやがって)

「ごちゃごちゃ抜かすな! 整列!」

「ま、待ってください。うちの子は課題日報の連続で、もう二日も寝てないんです。このまま続けられたら、過労で死んでしまいます!」

「名誉なことじゃないか。死ね。若くして死ぬのは芸術家の特権だ……さっさと歩け! それとも今すぐ殺されたいか!!」


 住人はイミーくん達になすすべなく、とぼとぼと上映会館まで連行される。街中には隙間なく設置されたカメラがを光らせており、それがまた住人達から脱走の気勢をがせた。


「うわぁっ。もう嫌だ。もう見たくないっ」

「暴れるな!! スクリーンから目を離すな」

「助けてくれぇっ。誰かぁっ」

「肩ごと固定しろ!! こいつは延長コースだ。泡を吹くまで見せ続けろ!!」


 スクリーンから絶え間なく映像が流される、いみはま中央上映会館……

 住人達は厳しい監視下で放映される映像を見続けさせられる。それは開眼器具を強制的に着用された上に、ベルトで客席に固定させられるという相当に過酷なものだ。

 時折先ほどのように耐え兼ねて暴れ出すものが出るが、課せられるペナルティもまた相当なものであるから、他の住人達もただただ耐え忍ぶほかない。


「オエッ」「グォエッ」などと、えつとも悲鳴ともつかぬ声が漏れる、その会場の……

 客席の後ろのほうで。


「……ひっく。ぐすっ……」


 感極まったように……

 極めて純粋に、真剣な感動をもって流す、涙の声がある。


「……『わたし、さよならをどう言えばいいかわからないの』。」

「……こ、こんな……」

「こんな美しい台詞せりふがあるか?」

「今ならわかる。オレにも、このシーンの意味が……」


「……くろかわ知事。そろそろ、本日のプログラムは終了です」

「話しかけるな! このクソバカ。人が浸ってるところで」


 自分に耳打ちする黒イミーを『べしんっっ!』と引っぱたいて、くろかわは先の涙をすっかり引っ込めると、その白い腕を伸ばして「ん~~~っ」と伸びをする。


「あ~あ。すっかり意気がげたぞ、バカが。しかしまあ確かにこう連続だと疲れる。住民の様子はどうだ?」

「皆、真剣に見入っています。死者や失神する者も増えていますが、想定内の数値です」

「重畳。全国民・思想洗浄計画は順調と言える」


 くろかわは針葉樹のようなロングヘアをぐしで流し、豪華にあつらえた専用席から立ち上がった。

 きらきらとラメの入った黒いロングドレスは、背中と胸元を大きく開け、スリットから白い脚をのぞかせるせんじようてきなものになっている。その上から羽織った霜ヒョウ毛皮のショールと、派手な意匠を凝らしたハットがいかにもな「金・権力・傲慢」を想起させ、くろかわ本人の近寄りがたい雰囲気を助長していた。


「旧世代の古い思想を全日本人ののうから追い出すまで、このプログラムは続ける。注意深く、徹底的にやれ」

「はっ」

「おかわり」

「はっ」


 くろかわが手に持ったワイングラスへ、イミーくんがすかさず新品のファンタグレープをなみなみと注ぐ。くろかわは一口だけそれを飲んでグラスを床にたたきつけてから、鼻歌まじりにヒールをコツコツと鳴らしてその場を後にする。


「ふ~んふふんふ~~ん♪ ふ~んふふ~~ん」

「…………。」

「ふ~んふふ~~ん♪ ……おい。当てろ」

「インディ・ジョーンズです」

「昇給だ。一層励め」

「ははっ」


 くろかわはそのまま、会館の外へめてあるコブラへドアを開けずにひらりと乗り込むと、後部座席でふんぞり返り、白いふとももさらして大胆に足を組む。


「さあて、準備は整った。あとは、演者の現場入りを待つだけだ……」


 ぱちん! と指が鳴る。運転手のイミーくんはすばやくアクセルを踏み、そのままくろかわ政権の旗がはためく街道を、県庁へ向けて突っ走っていくのだった。


 ***


 黒鉄旋風・ねこやなぎパウー、突然の敗北──

 一年前、いみはま。武闘派知事の長い黒髪が毒々しい赤いヒールの下にかしずき、その前で脚を組む謎の女の姿が放送されたのは、ちょうどこの日である。


「やあただいま、勤勉なるいみはま県民の諸君」


 声も姿も、女のそれである。が、サングラスの奥からのぞく漆黒の瞳には、県民の誰しもに見覚えがあったに違いない。


「音沙汰なくて申し訳なかった、ちょっとあの世にお邪魔していてね。ねこやなぎくんの政策はずいぶん強硬で危なっかしかったようだが、安心してくれたまえ。彼女は自警団団長へ戻り、本日よりオレ……くろかわケンヂが、再び知事を請け負う」


 邪悪の県知事・くろかわの再臨である。

 その日を境に、街中にはくろかわデザインのマスコット「イミーくん」をかぶった黒服がかつし、以前のくろかわ政権とは異なる、狂的かつ不可思議な恐怖政治が行われた。


『思想洗浄計画』と題目をうたれたこれが、何かというと……

 市民に対し、くろかわ政府が選別した映像・印刷物などを強制的に支給し、視聴を強制するというものであった。市民は支給物について毎回五万文字以上のレポート提出を義務づけられ、政府の定める規定点数を下回ると厳罰に処された。

 その日その日を生きるのに精いっぱいの現代人にとってこれはとんでもない弾圧であり、クーデターの動きも起こったがこれもすぐに自警によって鎮圧された。自警団団長・パウーの人が変わったようなしゆの振る舞いに、人民の戦意もへし折られてしまったらしい。

 度を越した独裁、悪政の極み──

 しかしその一方、軍略において新生くろかわ政府の切れ味はすさまじかった。

 日本の軍力の要と言われるまとじゆうこうグループを抱き込み、ひようから大量の生物兵器をもって電撃的にきよう府を制圧すると、返す刀で近畿、東北、北陸を次々と制圧。日本地図はまたたいみはまの色に塗り潰されていき、いまもなおその勢いは収まっていない。

 今では日本中が、にこやかなイミーくんの笑顔におびえながら、何のためともわからぬレポートを延々と書かされている──と、そういういびつありさまであった。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影