錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカット
0 ②
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上映会館前、噴水広場。
「やっと上映が終わった。もう、
「でもまた、帰ったらレポートを書かなくちゃ……」
「もう、白い原稿用紙を見ただけで、吐きそうだ」
ようやく住民達が解放され、とぼとぼと帰路へつく。この後、さらに入念なレポートのチェックによって、思想が順調に浄化されているかを観測されるのだ。
それらを横目に見ながら、
「……ふぁ~~~ぁあ。ようやっと終わったかぁ」
「毎度暇すぎて溶けそう。ま、視聴免除されてるだけマシか……」
「チロル様! 住民点呼終了いたしました。上映会の欠席が二名、途中脱走一名、気絶及び携帯通話機の切り忘れが……」
「あーうっさいうっさい! ばかばかし~。アンタらで勝手に処理して」
雑な返事を返せば、補佐のイミーくんは
髪を
県庁をはじめとして、ハリウッドをモチーフとして改築された街並みが見渡す限りに立ち並び、そこらじゅうで『ネオ
(もう、一年、か)
幸いなことに、と言っていいものか。
商人のチロルに政治的なポリシーなどない。かつて反目した
履歴書の『イミーくん・歴半年』『
(にしたって、毎日がこれじゃな。やってらんねーっすわ! お洋服でも買いにいこ)
周りに誰もいないのを見計らい、仕事をさぼって帰ろうとする、その後ろ姿に。
「チロル様!」
(んぎくっっ!)
「予定より早いですが、西門より物資到着いたしました。カバ車二十四台分、もう広場に回してしまってよろしいですか?」
「……あ~、はいはい。納品チェックね……見りゃいいんでしょ、見ればぁ」
「現場準備完了。こっちへ回せ」
補佐イミーがトランシーバーにそう言うと、『了解』の返事とともに、がらがらと荷車を引いたカバ達がぞろぞろ広場へ入ってきた。チロルがその荷車の中を見れば、大量のカメラや三脚、照明器具といった撮影機材が山のように入っている。
「はい一台目おっけ~。行って」
「チロル様。印鑑を」
「ほいよ」
「印よし。よーし県庁へ回せ! 機材はデリケートだ、傷をつけるなよ!」
首元にクラゲの印を押されたスナカバ車が、広場を後にしていく。チロルはろくすっぽ機材の内容を確認もせず、荷車を
(武器やらヤクならともかく、なんで撮影機材ばっかり? ……まあいいや、早く帰れりゃそれで。よっし、これで終わり……)
最後の一台、その荷車の垂れ布を
チロルの眠たげな目が、ふと、
(……この、におい。)
何かを嗅ぎつけて金色に光った。
(……きのこ……?)
商売人であるチロルでなければ嗅ぎ分けられないであろう、かすかな香り。しかしそれは確かに、
チロルが用心深く目をこらして、うず高く積まれた三脚の山を
『ぎろり!!』
(……んげっっ!!)
何か
「ウオワ────ッッ!?」
「「!?」」
機材ごと荷車から転がり出てきたチロルの姿を見て、二人の補佐イミーが走り寄ってくる。
「ち、チロル様! 大丈夫ですか!?」
「まさか、中に危険物が?」
二人の補佐イミーはチロルの顔色にただごとでない様子を察すると、
「我々にお任せを! おい、お前は右からだ」
そのまま息を合わせて、荷車に顔を突っ込む。
(お、おわああっ……や、やべっ)
「……ああっっ!? き、貴様らはっっ!!」
「こいつら、例の! き、緊急! 緊急連絡をっ」
「んなりゃァァ───ッッ!!」
気合
レシーバーに叫びかける補佐イミーの振り返りざま、ごんっっ!! とひしゃげるほどの一撃が、
「ぎゃばっっ!!」
「ごぼっっ!!」
「えーと、7番、8番イミーが過労で倒れた! ……え、いつものこと? たしかに、緊急ってほどじゃなかったね、あはは……聞かなかったことにして。オーバー!」
そこまで一息にまくし立てて通信を切り、大の字に転がるチロルの、その目線の先で。
『『ひょっこり』』
と、垂れ布から顔を出した二人の少年が、不思議そうにチロルを
地面から見上げる、そのふたつの
見るたびにそれまでの平穏に終わりを告げ、いつも嵐のような冒険に巻き込んできた、チロルにとっては呪われた光景であった。
「何してんだコイツ? 目があっただけでスッ飛んだぞ」
「かわいそうに、ビスコを見たせいだよ。拒絶反応で発作が出たんだ」
「よくそんな失礼なことが言えるな。俺は
すっかり聞きなれた軽口のたたき合いを聞きながら、なんとか立ち上がるチロル。その脳は巨大な危機に直面してぐるぐると回り、
悲壮な覚悟をきめて二人を向き直る、チロルに向かって……
「「おっす。」」
「おっす。じゃねんだよっ、このスカタンどもっっ!!」
チロルは猫のように跳ねて少年たちの頭を「ぺしぺしっ!!」と続けざまにひっぱたき、再び荷車の中に二人もろとも転がりこんだ。
「んぎゃっっ! 痛いよ、チロル!」
「一年ぶりの挨拶が平手打ちだぞ。こいつには人間の情が欠落している」
「あたしの人生かき回しといて、ずけずけ抜かすな、ボケきのこっっ!!」
チロルの怒声はボリュームこそ抑えてあるが
「なんで今更、よりによって本拠地に出てきたのさ!
「ねえ、チロル」
ミロが何か言いかけるビスコを抑えて、静かにチロルへ語り掛けた。
「僕らもざっくり見て回ったけど、チロルの言う通り
「…………あたしに? なんで?」
「えっと。その」ミロが口ごもる。
「きみなら、な、なんとかしてくれると思って……」
「ふざっっ……!!」
ミロのざっくりした言い分に叫び出そうとするチロルの口を、
「ひゅこー。落ちつけ。ひゅこー。商人は怒ったらおしまい……」
「不思議な呼吸だなおまえ。なんか産むのか?」
「ご、ごめん、チロル! 僕らどうしても、他に頼れる人が……」
「正座っっ!!」
「「はい」」
ちょこんとかしこまる二人を見下ろして、チロルは「むうう」と唇を
「なんにしても急がないと……すぐに本部から監査のイミーくんが派遣されてくる。モタついてたらあんたらどころか、あたしも首くくられちゃう」
「特務隊がくるなら、倒せばいいんじゃないのか?」
「あんたは黙ってて!!」
チロルはビスコにぴしゃりと言い放つと、きっかり四秒間、その頭に思考を巡らせて、おもむろに荷車の垂れ布から顔を出す。
「……。古典的だけど。まあ、これしかないわな……」
チロルの眼下には、先ほどのバールの一撃で