錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカット

0 ②

 ***


 上映会館前、噴水広場。


「やっと上映が終わった。もう、が干からびちまいそうだ」

「でもまた、帰ったらレポートを書かなくちゃ……」

「もう、白い原稿用紙を見ただけで、吐きそうだ」


 くろかわの退出より、二時間。

 ようやく住民達が解放され、とぼとぼと帰路へつく。この後、さらに入念なレポートのチェックによって、思想が順調に浄化されているかを観測されるのだ。

 はたにも、いかにもろうこんぱいといった風体……

 それらを横目に見ながら、


「……ふぁ~~~ぁあ。ようやっと終わったかぁ」


 れた噴水の上に腰かけたピンクのくらげ髪が盛大に欠伸あくびをし、スーツを着た小柄な身体からだをめいっぱいに伸ばした。


「毎度暇すぎて溶けそう。ま、視聴免除されてるだけマシか……」

「チロル様! 住民点呼終了いたしました。上映会の欠席が二名、途中脱走一名、気絶及び携帯通話機の切り忘れが……」

「あーうっさいうっさい! ばかばかし~。アンタらで勝手に処理して」


 雑な返事を返せば、補佐のイミーくんはけなにも一礼して仕事に戻ってゆく。チロルは退屈そうにそれを見送り、くらげ髪をひらりと躍らせて石畳の上に着地した。

 髪をでつける風に逆らいながら、を細め、街を見渡す……。

 県庁をはじめとして、ハリウッドをモチーフとして改築された街並みが見渡す限りに立ち並び、そこらじゅうで『ネオくろかわ政権』の旗が風になびいている。もはやその光景も、すっかり見慣れたものになってしまった。


(もう、一年、か)


 幸いなことに、と言っていいものか。

 商人のチロルに政治的なポリシーなどない。かつて反目したくろかわにもむしろそのプライドのなさ、こうかつさを見込まれ、いみはまで要職にありつくのもさしたる手間ではなかった。

 履歴書の『イミーくん・歴半年』『まとじゆうこうチーフエンジニア・歴二年』のおかげで、今では『イミーくん監督官』なる、誰もが羨むポジションへまんまと上り詰めている。


(にしたって、毎日がこれじゃな。やってらんねーっすわ! お洋服でも買いにいこ)


 周りに誰もいないのを見計らい、仕事をさぼって帰ろうとする、その後ろ姿に。


「チロル様!」

(んぎくっっ!)

「予定より早いですが、西門より物資到着いたしました。カバ車二十四台分、もう広場に回してしまってよろしいですか?」

「……あ~、はいはい。納品チェックね……見りゃいいんでしょ、見ればぁ」

「現場準備完了。こっちへ回せ」


 補佐イミーがトランシーバーにそう言うと、『了解』の返事とともに、がらがらと荷車を引いたカバ達がぞろぞろ広場へ入ってきた。チロルがその荷車の中を見れば、大量のカメラや三脚、照明器具といった撮影機材が山のように入っている。


「はい一台目おっけ~。行って」

「チロル様。印鑑を」

「ほいよ」

「印よし。よーし県庁へ回せ! 機材はデリケートだ、傷をつけるなよ!」


 首元にクラゲの印を押されたスナカバ車が、広場を後にしていく。チロルはろくすっぽ機材の内容を確認もせず、荷車をのぞいてはぽんぽんとくらげ印を押して回っていった。


(武器やらヤクならともかく、なんで撮影機材ばっかり? ……まあいいや、早く帰れりゃそれで。よっし、これで終わり……)


 最後の一台、その荷車の垂れ布をめくって、何の気なしにそこをのぞんだとき……

 チロルの眠たげな目が、ふと、


(……この、におい。)


 何かを嗅ぎつけて金色に光った。


(……きのこ……?)


 商売人であるチロルでなければ嗅ぎ分けられないであろう、かすかな香り。しかしそれは確かに、てつさびや撮影機材のものとは違う、生命の胞子が放つそれである。

 チロルが用心深く目をこらして、うず高く積まれた三脚の山をのぞくと……


『ぎろり!!』



(……んげっっ!!)


 何かすい色の二つのものが、強烈な光を放ってチロルの瞳を射抜いた。チロルはまるで強烈なでこぴんでもらったかのように大きくり、広角レンズの山を崩しながらゴロゴロと後ろへ転がってゆく。


「ウオワ────ッッ!?」

「「!?」」


 機材ごと荷車から転がり出てきたチロルの姿を見て、二人の補佐イミーが走り寄ってくる。


「ち、チロル様! 大丈夫ですか!?」

「まさか、中に危険物が?」


 二人の補佐イミーはチロルの顔色にただごとでない様子を察すると、


「我々にお任せを! おい、お前は右からだ」


 そのまま息を合わせて、荷車に顔を突っ込む。


(お、おわああっ……や、やべっ)

「……ああっっ!? き、貴様らはっっ!!」

「こいつら、例の! き、緊急! 緊急連絡をっ」

「んなりゃァァ───ッッ!!」


 気合いつせん、宙に躍りあがったチロルが、腰からずらりとバールを引き抜く。

 レシーバーに叫びかける補佐イミーの振り返りざま、ごんっっ!! とひしゃげるほどの一撃が、かぶものの脳天にさくれつした。


「ぎゃばっっ!!」


 あつられたもう一人へ、空中で身体からだを切り返しざまの一撃。


「ごぼっっ!!」


 可哀かわいそうな二人の補佐イミーくんはそのままクルクルと回ってこんとうし、チロルは地面に落ちたレシーバーへとつに呼び掛ける。


「えーと、7番、8番イミーが過労で倒れた! ……え、いつものこと? たしかに、緊急ってほどじゃなかったね、あはは……聞かなかったことにして。オーバー!」


 そこまで一息にまくし立てて通信を切り、大の字に転がるチロルの、その目線の先で。


『『ひょっこり』』


 と、垂れ布から顔を出した二人の少年が、不思議そうにチロルをのぞんでいる。

 地面から見上げる、そのふたつの童顔ベビーフエイスは……

 見るたびにそれまでの平穏に終わりを告げ、いつも嵐のような冒険に巻き込んできた、チロルにとっては呪われた光景であった。


「何してんだコイツ? 目があっただけでスッ飛んだぞ」

「かわいそうに、ビスコを見たせいだよ。拒絶反応で発作が出たんだ」

「よくそんな失礼なことが言えるな。俺はあくりようか、コラ!」


 すっかり聞きなれた軽口のたたき合いを聞きながら、なんとか立ち上がるチロル。その脳は巨大な危機に直面してぐるぐると回り、眩暈めまいすら起こすほどである。

 悲壮な覚悟をきめて二人を向き直る、チロルに向かって……


「「おっす。」」

「おっす。じゃねんだよっ、このスカタンどもっっ!!」


 チロルは猫のように跳ねて少年たちの頭を「ぺしぺしっ!!」と続けざまにひっぱたき、再び荷車の中に二人もろとも転がりこんだ。


「んぎゃっっ! 痛いよ、チロル!」

「一年ぶりの挨拶が平手打ちだぞ。こいつには人間の情が欠落している」

「あたしの人生かき回しといて、ずけずけ抜かすな、ボケきのこっっ!!」


 チロルの怒声はボリュームこそ抑えてあるがひつぱくしており、その血走った目に少年たちもされて顔を見合わせる。


「なんで今更、よりによって本拠地に出てきたのさ! くろかわが、どんだけ血眼であんたら探してるか知らないの? ほんとにバカ、無茶無謀、損得勘定がなんもできてないっ」

「ねえ、チロル」


 ミロが何か言いかけるビスコを抑えて、静かにチロルへ語り掛けた。


「僕らもざっくり見て回ったけど、チロルの言う通りいみはまの戒厳態勢はすごい。街中にカメラが据えられてるし、住民のみんなも拷問を受けてる。とても僕らだけで動き回れる状況じゃない……だから、先にきみに会いにきたんだよ」

「…………あたしに? なんで?」

「えっと。その」ミロが口ごもる。


「きみなら、な、なんとかしてくれると思って……」

「ふざっっ……!!」


 ミロのざっくりした言い分に叫び出そうとするチロルの口を、とつにビスコの手が塞ぐ。チロルは怒りで真っ赤に上気した顔で深く息を吐き、己の心を間一髪押しとどめた。


「ひゅこー。落ちつけ。ひゅこー。商人は怒ったらおしまい……」

「不思議な呼吸だなおまえ。なんか産むのか?」

「ご、ごめん、チロル! 僕らどうしても、他に頼れる人が……」

「正座っっ!!」

「「はい」」


 ちょこんとかしこまる二人を見下ろして、チロルは「むうう」と唇をむ。表情はいらってはいても、その瞳はすでににきらめく金色の輝きを取り戻している。


「なんにしても急がないと……すぐに本部から監査のイミーくんが派遣されてくる。モタついてたらあんたらどころか、あたしも首くくられちゃう」

「特務隊がくるなら、倒せばいいんじゃないのか?」

「あんたは黙ってて!!」


 チロルはビスコにぴしゃりと言い放つと、きっかり四秒間、その頭に思考を巡らせて、おもむろに荷車の垂れ布から顔を出す。


「……。古典的だけど。まあ、これしかないわな……」


 チロルの眼下には、先ほどのバールの一撃でこんとうした、二体のイミーくんが転がっている。かぶものの大きなブラウンの瞳はどこかうつろに、秋口の空を見上げていたのだった。




刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
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