錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカット

1 ①

おおちやがまチロル様、認証を完了いたしました」


 チロルがディスプレイ付きの認証機に職員証を通すと、画面に現れたクロカワちゃん(三頭身マスコット)が「Have a good friday!」などと言ってよこした。職員寮の美人受付はそれを確認して、丁寧にチロルへ頭を下げる。


「今週もお勤めご苦労様でした。お部屋の清掃は済んでおります」

「あい。あんたもご苦労さん」

「それで、その……」


 美人受付は少し困惑した調子で、チロルの後ろに立つ人影をうかがった。

 二人のイミーくんである。

 そのかぶものは赤と青、二色に色分けされている。青イミーくんのほうは、スーツの着こなしもぱりっと清潔、ネクタイもきまっていて、なかなかのイミーぶりと言える。

 一方の赤イミーだが、これは……

 どう見てもひん曲がっている頭に、耳の片方がへし折れ中から綿が出てしまっている。スーツはしわだらけ、ネクタイは狩人かりゆうどのロープワークのような複雑な結び方をされていて、装飾具というより首を守るものとして意識されているらしい。

 およそ『野生のイミーくん』とでも呼ぶのが相応ふさわしい格好であった。


「なに? 自社株なら買わないよ」

「いえ。お連れの、お二方についてですが……」


 美人受付は赤イミーの異様からはっと我にかえり、チロルへ向けて言葉を続ける。


「当職員寮は、Cクラス以下……つまりイミーくん以下の職員の方は、業務以外での立ち入りを禁止されております。ですので……」

「なら問題ないでしょ。『業務』で呼んだんだから」

「業務、と申されますのは……?」

「あのね~~。あんた、そこまで言わせるわけ?」


 チロルは露骨に機嫌を損ねたような表情を見せ、受付嬢をひるませる。


「女ざかりのあたしに、こんなお堅い仕事退屈でしょうがないし、ストレスだってまるの。週末に男の二人ぐらい買って、なんか悪い?」

「あっ、いえ、けしてそんな……!」


 チロルの明け透けな物言いに美人受付は顔を赤らめ、どうやらそれ以上の追及をあきらめたようであった。


「お呼びめして、申し訳ありません。よい週末を……」

「土日は掃除に来ないでよね。気が散るから、ノックもしないで!」


 チロルはエレベーターに向かって歩きながら受付にそう言い、二体のイミーくんを招き入れてドアを閉める。閉まってゆくドアの向こうで、深々と受付嬢が頭を下げた。

 上へ上がってゆくエレベーターの中でチロルは脱力し、


「…………ふう。やァれやれ」


 スーツのネクタイを乱暴にほどきながら扉にもたれかかった。


「ひとまずこれで。……灯台下暗し、職員寮にあんたらが居るとは思わんでしょ」

「ありがとう、チロル! やっぱり頼ってよかった!」

「なんて恥を知らねえやり方なんだ」


 喜色満面にチロルの手を握る青イミーとは対照的に、赤イミーが苦虫をんだように言う。


「俺がおまえの親なら泣いている。百歩譲っておまえ自身はいいとして、俺がおまえに身体からだを売るわけないだろ」

「ガタガタうるせ~~っっ!! 少しは感謝しろ、赤ウニ頭!!」

「あ、赤うにぃ……!?」

「新しいね! チロル、それもらっていい?」

「着いた。ほらこっち、急いで!!」


 赤イミーが聞き慣れない罵倒に異議を唱える前に、スパイじみた動きでチロルはエレベーターから出ると、二人を自分の部屋に押し込んで、用心深くドアを閉めた。


 ***


【 うわさの極悪テツガザミ、ついに捕獲さる! 】

 美貌の女修羅パウー ま た ま た 大手柄

 先日未明、いみはまとち県南にて奔放に破壊の限りを尽くし、かねてから人心をおびやかしていたうわさの巨大がにが、いみはま自警団一番隊の働きによってとうとう捕縛されるところとなった。

 くだんの巨大がには潜伏テロリスト間で「アクタガワ」と呼ばれる個体であることが判明。神獣としてあがめられていたとされ、この捕縛によりテロリストの士気は大いにがれることになるだろう。この大捕り物について日本最高頭脳・くろかわ知事は、


「キングコング 対 ビッグクラブ、か……あまりえしなさそうだなあ」


 とコメント。パウー自警団長はコメントに応じなかった。(いみはま新聞部)



『〈社説〉 危険因子キノコ守り 最後の警鐘 3面↓』

『4コマ漫画「アカボシくん」は作者急病のため休載します。』



「つまりぃ、これを読んで、のこのこ県庁まで現れたわけか……」


 二人から手渡されたいみはま新聞、その過度に装飾された紙面に目を通しながら、胡坐あぐらを組んだチロルが諦念とともに首を振る。


「あのね。こんなモン、あんたたちをおびすためのわなに決まってんでしょ! お人よしすぎ、何をまんまと引っかかってくれてんの!」

わななのは承知の上だよ」

「アクタガワをさらわれたんだぞ、っとくわけにいくか」


 そう言葉を返す少年たちは、イミーくんの頭を脱いでスーツだけになり、チロルが奮発して買った高級ソファに二人して身体からだを投げ出していた。


「わあ~っ。これ、めっちゃふかふか~~。だめになる~~」

「くつろぐなってば! それ高いんだからっ、キノコの匂いがついちゃうじゃんっ!」


 チロルはようやく少し冷静になると、二人の間にぼふんと座り込んで、新聞記事に載ったアクタガワの写真を指し示した。


「確かに! 確かによ、二日前にかなり大型の輸送車が県北の兵器工場に運び込まれたのは知ってる。心当たりはあれしかない。助けるなら早くしないと」

「場所がわかるんだな?」

あせんないで。深夜になれば賄賂で通れる守衛に交代するの、それまで待って。絶対に派手なはしないでよ……今のパウーが出てきたら、あんたたち二人がかりでもかなわない」


 パウー、との一言が出て、ビスコとミロはやや真剣な表情に戻り、顔を見合わせた。


「今のパウーにはかなわない」


 というチロルの言葉は、ビスコの強気をしても本当のことである。

 外道のキノコ守り・くろかわが、復活とともに手に入れた「しよう」の技術。

 洗脳キノコ「いとだけ」の効能をベースに、さびと花によって支配力を格段に向上させたこの悪魔の花は、ひとたび身体からだに咲かせられればその支配から逃れるすべはない。

 これまで潜伏を続けた一年間、ミロの研究によってしようの解析は進んでいるものの、いまだそのワクチンの生成には至らないのが現状であった。


「ビスコ、チロルの言う通りにして。なんとか僕がしようのワクチンを完成させるまでは、パウーに手の出しようがない……ステイだよ。おすわり」

「誰も嫌だとは言ってねえだろ。犬ッコロか、俺は!」

(犬みて~なもんなんだよな~)


 猛犬とパンダを交互に見つめてチロルがいきをつく、そのタイミングと同時に、壁に据えられた大型ディスプレイの電源が強制的に入った。


「あれ? テレビが……」


 ちょうどソファの向かいでちらつく砂嵐に、三人の視線がいやおうなしに集まる、

 そこに……



『特番! くろかわフィルム新作発表 緊急記者会見!!』



 大仰なジングルとともに、ディスプレイの中でカラフルな太文字が躍った。

 なんだかあつられる三人の前で、ちようネクタイの司会イミーくんがぺこりと頭を下げる。


『善良なる県民の皆様、こんばんわ。本日はしもぶきプロレス・ガナンジャマスク王座防衛戦を放映予定でしたが、くろかわフィルムの新作発表会に変更してお送りいたします』


 司会が促すとカメラが横へパンし、だんじようで椅子に腰掛け脚を組む、ギラギラのドレスにショールをまとったくろかわが映る。サングラスをずらしてぱちりとウインクをきめるその頭上には、


くろかわフィルム新作映画 ラスト・イーター 制作発表会〉


 なる、ごてごてに装飾されたボードがげられている。


「……なんだこりゃ??」


 突然始まったよくわからない展開に妙に気合をすかされて、怨敵・くろかわをいざ目の前にしたビスコも、自分が持つべき感情を決めかねている。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影