錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカット

1 ②

くろかわフィルムってのは、あいつの映画会社のこと。よくこうやって特番やるんだよね。県庁をまるごと撮影スタジオにしたり、『思想浄化プログラム』とかいってむりやり映画ばっかり見せ続けたり、いろいろやりたい放題」

「え、映画を見せるだぁ!?」


 ビスコが驚いて、思わずチロルに詰め寄る。


「じゃあ、いみはまの住民どもが見せられてた、洗脳映像っていうのは……!」

「映画だよ、映画。今日はランボー、ターミネーター2、ローマの休日……とにかく連日連夜、あいつのセレクションを強制的に見せられるわけ」


 驚くやらあきれるやらの視線を左右から受け、チロルはほおづえをついて続ける。


「現代人に芸術的感性を育てる、ってくろかわは言ってるけど。本当は何がやりたいんだか……」

「待って……ビスコ、あれってっ!!」


 チロルの解説に割り込んで、ミロが叫ぶ。画面を見れば、そこにはくろかわの側にぜんと控える、てつこんを持った黒髪の女が映し出されていた。

 その美しく鍛え抜かれたくろひようのような長身は、ショーガールめいたきわどいボンデージの衣装に包まれている。ぎらりと光るてつこん、表情が読めないようぶかかぶらされた自警団の鉢金と合わせて、なんとも危険な艶美さをかもしていた。


「「パウーっっ!?」」

「あ~~。そうそう。あいつ、ADをパウーにやらせてんの。アシスタントっていうか、身辺警護っていうか……」

「な、なんてカッコさせられてるんだっっ! くろかわ……許せない!!」

「……そうかあ? 普段とそこまで変わってねえと思うが……」

「ビスコもビスコで、もっと反応してあげなよ!! 失礼なっ!!」


 やかましく言い争う二人に、割り込むように。


『え──いみはま県民、いや、日本国民の諸君。大変お待たせした……構想十七年、準備期間四年に及ぶ本作〈ラスト・イーター〉の制作が、本日から開始となる』


 くろかわのもったいぶった口上が、三人の視線を再びテレビに引き戻す。


『おめでとうございます、くろかわ知事。県民も待ちわびて……』

『監督と呼べ。場所をわきまえろ、バカ』

『失礼、くろかわ監督』


 笑顔から一瞬で不機嫌になるくろかわに、司会が恐縮する。


『さて今作では、徹底した『本物』にこだわった撮影になるとお伺いしております。本物、とは何か。その真意を伺ってもよろしいでしょうか?』

『ふふ、い質問だ。……えーと? 何て言うんだっけ……おい、ちょっと……』


 くろかわくうにらんで数秒固まり、側にいるパウーに小声で呼び掛けた。パウーはなにやら台本らしき紙をくろかわに見せ、耳元で何事かつぶやく。くろかわは小刻みにうなずいてそれを聞き終え、悠然と白いふとももを組み替えてせきばらいをひとつした。


『古代日本の伝説的映画監督、くろさわあきらは……とある映画、主人公すれすれに矢が突き立つというシーンで『本物』のリアクションが欲しいがために、実際に矢を放ってみせたというエピソードを持っている。……妥協なく『本物』を追い続けるその姿勢こそ、彼を伝説的存在に押し上げた一因であることは間違いない』

『ははあ。なるほど』

『しかし、オレは考えた……一瞬の『本物』が名作を生んだのならば、一本の映画まるまる『本物』を撮ったとき、はたしてどんな傑作が生まれてしまうのか?』


 くろかわはそう言って少し間を置き、『くくっ』と低い声で笑った。その狂的な眼光に、司会のイミーくんも思わずされてしまう。


『今作〈ラスト・イーター〉は、最初の一瞬から最後まですべてが『本物』の大スペクタクル・ムービーだ。舞台はこの日本全域にまたがる可能性があるため、ロケ地としてあらかじめ、日本全域をオレが占領しておく必要があった。また、国民全員にも徹底した芸術教育を施し、いつカメラが向いてもいいよう、エキストラとしての素養を養っている』

『ロケ地として、占領……? 国民がエキストラ!?』


 司会のイミーくんならびに、会場にひしめく記者達が一斉にどよめく。


『で、では、監督……これまで一年間のいみはま軍略のすべては。民衆への教育のすべては、この映画制作のためであったと……そ、そう、おつしやられるのですか!?』

『そうだ?』

『『 え、えええっっ!? 』』

「「 え、えええっっ!? 」」

「アホだこいつ」


 大混乱になる発表会会場をテレビ越しに見ながら、ビスコがぽつりとつぶやいた。一方のミロとチロルのリアクションは、テレビ越しの記者達と完全に重なっている。


『それで、今作の目玉だが、いよいよ……おい、記者連中がうるさいなあ。AD!』


 くろかわいまいましそうに言うと、側近のパウーがうなずいて前方に進み出で、

 がうんっっ!!

 と、てつこんを会場に振り抜く。

 びりびりびり! と震える空気、その風圧にされて、会場は一瞬で大人しくなった。


『そうだバカども。騒ぐ場所が違う……えー、そう。今回の制作に踏み切ったのは、主演俳優との交渉がまとまったからだ。皆も気になっているだろう、この世紀の大作映画をってつスーパー・アクターが果たして誰か……発表しよう!』


 ドラムロールが鳴り響き、会場にゴージャスな布で覆われたボードのようなものが運ばれてくる。くろかわがぱちりと指を鳴らすと同時に、がうん、がうんっ! とパウーのてつこんひらめいて、ボードを覆う布を十文字に斬り飛ばした。

 布の下から現れたのは……

 燃え立つような赤い髪をなびかせ、眼光鋭くにらむ少年の勇姿。

 等身大でプリントされた写真の横に、


〈主演 あかぼしビスコ役 あかぼしビスコ〉


 と、仰々しい筆文字で記してある。


「……………何、だああ───ッッ!?」


 そのありさまを見て、さすがにビスコも声を抑えきれず、素っ頓狂な叫び声を上げた。


くろさわ監督が、名優ふねとしろうばつてきした要因……それは「をしていたから」だそうだ。この目玉を見てみろ、素晴らしい輝きだと思うだろう? とにかくこのあかぼしはとうとう、オレの熱烈なラブコールに応えてすでに現地入りし……』


 得意げにしやべくろかわはそこで一度言葉を切り、ぎざっのぞかせてにやりと笑った。


『いま、いみはま県内にいる』

「「!!」」


 それまで驚くやらぼうぜんとするやら忙しかった少年たちは、その短い言葉に電撃的に反応し、表情を引き締める。


『撮影は早ければ今晩から始まる、制作状況は逐一お知らせするため、県民の皆も楽しみに待っていてくれたまえ』


 くろかわがそう言って立ち上がると、嵐のようなカメラフラッシュがだんじように向けて点滅する。くろかわは機嫌よくそれに手を振り返し、無表情のパウーを肘で小突くと、自警団長も機械的にカメラに手を振り返した。


『では、本日はこれまでといたします。監督、ありがとうございま──』

『ああ、それと。これは独り言だがァ』


 場を締めようとする司会の言葉を遮って、くろかわが愉快そうに話し出す。


『あのばけがにを助けたいんなら、深夜に忍び込むんじゃ間に合わないかもなァ……いまさっき、兵器工場に指示を出したところだ。迅速な行動をおすすめする』


 カメラに寄り、サングラスの奥から漆黒の瞳を光らせる。


『また、すぐに会う。楽しもうぜ、ヒーロー』


 くろかわの細指がカメラのレンズをはじくと、レンズはびしりとひび割れ……そして画面はそのまま砂嵐になり、雑音を垂れ流すだけになった。






刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
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