錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカット

2 ①

いみはま県庁が 夜 九時をお知らせいたします』


 ちっ、ちっ、ちっ、ぽーん。

『ぽーん』のタイミングでひゅるりと吹き抜けた寒風に、緑色の守衛イミーくんは思わずぶるぶると身体からだを震わせた。


「遅っせえなあいつ……どこまで買いに行ったんだよ??」


 かぶものの口部分(開閉式になっている)から器用に煙草たばこを吸い、それを踏み消した守衛イミーは、すっかり暗くなった夜空を心細そうに見上げた。


「せっかくの金曜に、予告なしの残業命令か……なにが友愛の都だ、滅んじまえこんな街」

「せんぱ~~い。買ってきましたあ~~っ」

「おっっ」


 手をばたばたと振って駆けてくるのは、後輩の黄色イミーである。


「遅かったな。金足りたか?」

「さ──せん、行きつけ閉まってて。もうガン閉まりで。でも任してください、ギッタギタにいのセレクトしてきたんすよ」

(ギッタギタに……?)

「あ~腹減ったな。先輩もでしょ? ほらそこで食いましょ」


 守衛イミーは後輩に促されるまま、兵器工場の搬入門にもたれて腰掛け、ほかほかと温かい湯気を立てる紙袋を二人の間に置いた。後輩の表現の仕方はともかく、確かになんともうまそうな香りが緑の鼻をとろかすように立ち昇ってくる。


「はい先輩、コーヒー」

「おう。飯は何を買ってきたんだ?」

「見てくださいコレ。カバおむすび、カバの刺身、カバ尻尾煮込み、かばあげくん……」

「……お前これカバ肉ばっかりじゃねえか! 胃がもたれるわ!!」

「年寄りくさいこと言ってえ。まあ食ってみてくださいよ、今、ぐん占領フェアやってて、上モノのカバ肉が入って来てるんですよお。普通のと違って、いい脂してますから!」

「ほんとかあ~~?」


 守衛イミーはなんだか言いくるめられるようにしてカバおむすびを受け取り、まじまじと眺める。合成米に巻かれたカバ肉はなるほど安カバ特有の臭みもなく、いかにも美味そうだ。


「ほんじゃ」

「「いっただっきま~~~……」」


 ごがんっっ!!

 二人が飯を頰張ろうとしたタイミングで、寄り掛かっていた兵器工場の門にすさまじい振動が走った。二人のイミーくんはその衝撃でもってゴロゴロと前に吹っ飛び、手に持っていたカバおむすびを取り落としてしまう。


「あ~~~! おむすび~~!!」

「バカ、早く立て! うわわわ、搬入門が……!!」


 ごがん、ごがん、ごがんっっ!!

 立て続けに響くごうおんとともに、分厚い鋼鉄の門が内側からひしゃげるように変形していく。

 そしてそのごうおんの、数えて六発目……

 ごがしゃぁあんっっ!!


「「う、う、ウワ──────ッッ!?」」


 怪力で殴り飛ばされた鋼鉄の扉が中空をスッ飛び、悲鳴を上げてかがみこむイミーくん達の頭上をかすめた。扉は後輩イミーの両耳をその圧で千切りとばし、向かいにある研究施設にぶち当たって盛大に白煙を上げる。


「あ、あっぶねえ~~っ、死ぬかと……」

「せっ、せせせせ先輩っ、前、前っっ!!」


 後輩に言われるがままに、守衛イミーが前を向くと……

 そこには、非常灯の明かりにオレンジ色の甲殻を光らせる、巨大なおおがにの姿があった。

 おおがには拘束されたふんまんをぶつけるように、そのおおばさみを、ごうんっ、と振り、

 ばっ、がん!!

【第三兵器工場】と太文字で書かれた壁を、すさまじい破壊力で打ち砕く。

 そして、その背に。


「何をのんに寝てやがんだッ! 死にたくねえなら、そっから退きやがれェッ!!」


 この暗闇においてなお、ぎらぎらと輝くエメラルドの眼光は……


「ありゃ……ひ、ひとい、あかぼし!!」


 守衛イミーの悲鳴通り、全国手配の大悪党の代名詞である。


「ようし、しやへ出所だ、アクタガワッ!!」

「ひいいええ───っっ!!」


 大地を揺らして突き進んでくるおおがに! すっかり脚がすくんでしまった後輩イミーを、先輩イミーが横っ飛びに抱えて、ゲート脇に据えてある観葉植物のプランターへ跳び込んだ。


「お食事中、ごめんなさ──い!!」


 ひとあかぼしの横に座るのは、その相棒、ひといパンダ・ねこやなぎミロ。

 通り過ぎてゆく、そののんいたわりの声を聞きながら……


「せ、先輩……」


 土まみれのイミーくんが、ぼうぜんつぶやく。


「なんだ」

「これ、労災下りますよね?」

「たくましいやつだよ、お前は」


 妙に気の抜けた会話を交わしながら、二人は遠く夜を走り抜けるおおがにを見送るしかなかった。


「待ち伏せがあるかと思えば、拍子抜けだぜ。矢の一発も撃たないで済んだ」

『ウウ──』と鳴り響く緊急警報に、大型の監視灯がいくつも照らし回る夜のいみはま工業地帯。アクタガワが連なる工場の屋根を乱暴に跳ね跳んでいけば、煙突や貯水タンクがいくつもき倒されて道路へ落下していく。


「うん。やっぱりおかしいよ……あんな露骨な誘い込み方をしておいて、くろかわが手を出してこないはずないもの!」

わかってる、このまま済むはずない。あいつのことだ、またよくわからん思惑で……」


 ビスコがそこまで口にした矢先、


『カッ!』と白色のハイビームがアクタガワ目掛け照らされ、


『グ──ッド、ジョブだ、あかぼしィーッ!』


 その白光を照射する巨大な飛行物体が、低いうなりを上げて高いビルの陰から現れた。


『ばっちり撮れたぜ。つかみは完璧だっ』

「言ってるうちにお出ましか!」ビスコは言いながらハイビームに目を細め、わずかに困惑したように言う。「しかし、何だありゃ!? 空飛ぶヒトデみてえな……」

まとじゆうこうの、ダカラビアとかいう新型だ。ビスコ、気をつけて!」


 ぼうせいのフォルムを横に回転させながら飛ぶ、巨大空撮機『ダカラビア』。

 オニクロヒトデを巨大化培養、改造したこの浮遊生物は、その外部機構にそれぞれカメラ、照明、音響装置などの撮影機材を備えており、極めて良好な空中制御性も相まって、いかなる瞬間も撮り逃さないようにチューンナップされている。


『静寂を破って、れきの中から飛び出す巨大なかに。そしてその背には──』


 ヒトデの腹部から下がる鉄のゴンドラの中で、拡声器越しにくろかわが叫んでいる。


『新時代のヒーロー、あかぼしビスコ! ヒューッ! 観客は大喜びだ!』

「てめえ、何が狙いだ、くろかわッ!」


 アクタガワを疾駆させながら、左前方を飛行するダカラビアに向かい、ビスコが雷鳴のような声を放つ。


「毎度のこと、ねちねち回りくどいんだよッ! さっさと仕掛けてきやがれッ!!」

『あかぼしー。オレの会見、聞いてなかったのかァ? ……おい、ちゃんと脇しめて撮れ』


 横でカメラを構えるカメライミーくんの頭を一発たたいた後、くろかわは楽しそうに言う。


『オレは、この地球で最高の映画を作りたいだけさ……お前を主役にしてな』

「映画、だぁ!?」

やぶから棒に言うようだが、オレの夢は最高のヒーローを撮ることでな』


 本当にやぶから出てきたようなくろかわの言葉に、アクタガワの上で少年たちが固まる。


『あの時、お前の矢がオレのどてっ腹を貫いて、この世から消し飛ばした瞬間に……』


 うっとりと声をとろかせて、くろかわは続ける。


『こいつしかいない。オレのヒーローはこいつだけだ、って、確信したんだ。そして決意した、かならずお前を主役に最高の一本を撮るってな。そこからは大変だった……制作準備のために、生き返って、監獄に潜って、花つけたガキにペコペコして……』

「ビスコ! また僕らをけむく気だよ!」

わかってる! あんな世迷言よまいごと、いちいち聞いてられるかよッ」


 ビスコは頭の痛くなりそうなくろかわの言葉を振り払い、相棒にアクタガワの手綱を任せると、ついに背中からずらりと短弓を引き抜いた。


「一度死んだ癖によく回る舌だぜ。えん様の代わりに、俺がブチ抜いてやる!」

『おっ! あかぼしの強弓のシーンだ。撮り逃すな!』

「シィッ!!」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
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