錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカット

2 ②

 ばしゅんっ、と夜を引き裂いて放たれた矢が、せんこうのようにきらめいてくろかわへ襲いかかる。あわや、そのやじりくろかわの鼻先に突き刺さる、その直前──

 がうんっ!!

 半月の軌道で振り抜かれたてつこんが、横合いから矢をはじばし、くろかわを守る。

 はじかれたキノコ矢は工業区の一角に『ばうんっ!』と咲き誇り、夜の闇にほのかに輝く赤ヒラタケを咲き誇らせた。


『ヒュ──ッ。何度見ても肝の冷える矢だ。……おい、次はもっと早く助けろ』

「はい。監督殿」

「ビスコ! あれは……!」


 ミロの視線の先を、同じくビスコも見ている。そこには、ゴンドラの縁に立ち、つややかな黒髪をはためかせる、二人にとっては見知った姿がある。


あかぼしビスコ! ならびに、ねこやなぎミロ!」


 パウーはてつこんの先端を走るアクタガワへ向け、りんと美しい声を放った。


「監督殿に弓引く無礼千万な行い、自警団長パウーが捨て置かぬ。たびのフィルムの主役ゆえその命はとどめておくが、その矢がこのダカラビアに届くことはないと知れ」

「なああにいい……!」

「我が亭主なら聞き分けよ。主役ばつてきの栄誉に素直にあずかり、撮影に全力で臨むのだ」

「てめええ、家庭と仕事と、どっちが大事なんだァッ!!」

(ビスコが言っていい台詞せりふじゃないでしょ~~)


 などと思いつつ、ミロはアクタガワを巧みに操って夜の工業区を疾駆し、にいがたへ続くいみはま北西門へと近付きつつあった。ただ今回の逃走劇は、くろかわ側が一向に攻撃を仕掛けてこないという点で少年たちに不気味さを残す。


『ようし。シーン1、あかぼしビスコ、いみはまを脱出せり、と……完璧に撮れた。もうぼちぼちいいだろう、次の準備に移る』


 くろかわは手元の台本を見つつ、ボールペンをがじがじかじりながらつぶやいて、あらたまってビスコたちへ呼び掛けた。


『次の撮影はにいがた県の離島、わし島で行う。我々撮影班は先に行って準備があるから、演者のきみらは後入りでたのむ』

「バカかお前は!? てめえの言う通りに、ノコノコ出向くわけねえだろ!」

『それが来るんだよお前ってやつは。わし島に、何があるか知らんのか?』


 くろかわの言葉に、ミロがはっと顔を上げる。


「スポアコの皆だ……わし島には、北のスポアコ達がまとめて捕まってるんだ! チャイカも、カビラカン族長も、そこに居るはずだよ!」

ねこやなぎがいてくれてよかったよ、あかぼし一人じゃバカすぎて話が進まん……とにかく、現時刻からきっかり二日後に、新型ガネーシャ砲でわし島を砲撃する。新型砲はすごいぞお、人っ子一人どころか、草の一本も残らないだろうな』

「何だと……!?」

『誰かが助けにいってあげないと、希少民族スポアコは全滅してしまう……なんとも悲しい話じゃないか。どこにもいないのか!? 彼らを救い出せるヒーローは!?』


 ぎり、と奥歯をめ、すいの瞳を怒りに燃やすビスコの眼光を受けて、くろかわのサングラスがきらりときらめいた。ようやく捕まえた、と言わんばかりにそのを外さず、くろかわは恐怖と興奮に紅潮した自らの身体からだを抱きしめた。


『……そのだ。そのが欲しいんだ、あかぼし……。遊びじゃないぜ。お前の本気のためなら、何だってする……オレがどういうやつだったか、思い出してくれたか?』

「この野郎……!」

『もう野郎じゃない。レディ、と呼んでくれ……では、また会おう』


 くろかわがぱちりと指を鳴らすと、ダカラビアはその巨大なぼうせい身体からだを回転させ、すさまじい暴風を辺りにまき散らす。がいとうをはためかせながら二人は腕で目を守り、にいがた方向へ飛び去ってゆくダカラビアをとうとう見送りきってしまった。


「……撮影準備のために、日本全土を占領した……」


 ミロの脳裏に、会見でしやべったくろかわ台詞せりふがリフレインする。


(あのくろかわの様子。『映画のために』というのは存外、本当なのか……?)


 女となったくろかわに、以前とは違う吹っ切れたものを感じて、ミロはアクタガワの上でしばし物思いにふける。


「ミロ。モタモタしてられねえ、その離島に急ごう」

「スポアコの皆を、助けに行くんだね?」

くろかわのやつ、ふざけてるようだが……どこかで、本気だ。俺かららさなかった。間違いなく、男の時よりごわい」


 ミロはうなずき返して手綱を握り……ふと何かに気が付いたように、相棒を振り返った。


「ビスコ。二手に分かれて、助けを呼ぶのはどう?」

「助けを?」

「僕らにはあの人がいる! きっと、今回だって……」

「だめだ。それ以上言うな、ミロ」


 ビスコはミロの言葉に少しを細めて、相棒を振り返らずに、続ける。


さいまで息子の尻拭いじゃ、浮かばれない。俺たちだけでやるんだ。あの弓に育てられた、俺たちだけで……冥途の土産を渡す、これがさいの機会だ」


 ミロは、ひとつひとつつぶやくような相棒の言葉に、やがてゆっくりとうなずき、その傷跡だらけの手に自分の手を添えてやった。


「わかった。行ける?」

「俺は誰だよォ」

「ようし、行くよ、アクタガワっ!!」


 少年たちは表情にいつもの切れ味を取り戻し、いみはまの夜の漆黒の中を、ダカラビアを追って走り抜けていった。




刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影