錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカット

3 ②

 ジャビは岩につかまってぶらぶら揺れているチロルドローンに弓の先端をつかませ、ひょい、と地上に放り投げてやった。ドローンはとつに腕をしまって球形になり、『んおわーっ』と叫びながらコロコロとテントの中に入ってゆき……


「あっ。しもうた」


 何かにぶつかって、がしゃあん! と音を立てる。ジャビがテントに入れば、鍋を頭からかぶって黄色く染まったチロルドローンが、くされたように座り込んでいた。


「あ~あ~。なんちゅうことするんじゃ。ワシの晩飯を」

『因果応報だ、ジジイ!』鍋を跳ね飛ばして、チロルドローンが叫んだ。『あの子にしてこの親ありだよまったく。機械はちゃんと、デリケートに扱って!』

「ほいで、用事はなんじゃい」


 ふところからパイプを取り出し、かし始めるジャビ。


「……いや、やめじゃやめじゃ。何を言われようと、聞く気はないぞい」

『あんたの息子が、大変なことになってんだよ!!』


 チロルドローンは頭部の球形ディスプレイにチロル本人の顔を写し、ノイズ交じりの声でくようにがなった。


『嫁を人質に取られてる上に、スポアコの収容所を爆破するって脅されて……あかぼしもミロも、完全に囲い込まれて、くろかわの思うように動かされてるんだ』

「…………。」

『でも裏を返せば、くろかわあかぼしにべったりなんだ。視点の外側からあいつを強襲する人間がいれば、隙を突ける! でも、クサビラしゆうべにびしも、それぞれ違う場所に捕まってるし……』

「そこでワシに、くろかわを襲えと来たわけか」

『そう! あんた以外いない、欠点は見つけにくいことだけ……。でも、こうして辿たどいた! 伝説のキノコ守りの弓さばきがあれば、くろかわだって!』

「やだ」

『…………はぁっ!?』

「い や だ と言うたんじゃィ」


 あつられたチロルが正気を取り戻し、ジャビにえ掛かる直前、ジャビはふところから先ほどのノートを取り出して、それをチロルの前に放った。


『な、何よ、これ……?』


 ドローンのカメラ部分には、なんとも個性的な字で、

へびかわあけ 終活ノート】

 なるお題目が書かれている。


『終活ノート……へびかわ、あけみ?』

「ジャビはあだじゃい。本名、へびかわあけ……おなごからはよく、あけみちゃん♡ とちやほやされたもんじゃ。おぬしもそう呼んだらええぞい」

『呼ぶかボケ!!』

「あと一ヶ月たんうちに、ワシは死ぬでな」


 あまりにこともなげに言うので、チロルはその言葉を聞き逃しかけた。


『あんたねぇっ! 二人が危ないのに、死ぬことぐらいで……えっ、し、死ぬ!?』

「『東京』では散々無理したからの。実際もうとっくに寿命は来とる。今はお手製のビシャモンダケアンプルで、無理やり寿命を延ばしとるのよ」

『そ、そんな……』

「でも、それもぼちぼち飽きて、終わりにしようと思うてな。もうビスコも育てきったし、やることやって、ぐっすりこうと思っとるんじゃ」


 ジャビに「ほれ」と促され、チロルドローンはおそるおそるページをめくる。

 そこには……


【あけみちゃん 終活リスト】

✓戒名をもらう

✓ひとりでつつへびを狩る

✓未亡人といちゃいちゃする

✓ガフネの顔に落書きする

✓かりあげクン全巻読破

 ……



『…………。』

「何じゃ、まだまだあるぞ。次のページも見んかい」

『いや、もういいよ。わかった……』


 チロルドローンはどこか鎮痛な声で言い、ノートをジャビに返すと、少しの間言葉を迷い、探るように言葉を絞り出した。


『……今のあんたに声かけたなんて知ったら、あかぼしがどんだけ怒るかわかんない。あたしだってあんたみたいに好きに死にたいし、人のさいに口出しできない、でも……』

「…………。」


 言葉に詰まるチロルを前に、ジャビはどこか愉快そうに続きを待っている。


『……でも、だったらせめて一目だけでも、あかぼしに会いに行ってやんなよ。あいつだってまだガキだし……それにあんたは、あいつのヒーローなんだ。知らないうちにかれてたなんて知ったら、きっと、すごく後悔する……』


 ジャビは少し間を置いて「ふう」と煙を上に吹き、楽しそうに答えた。


「お前さん、本当にチロルか?」

『……? この期に及んで疑ってんの!?』

「ウヒョホホ、ならええワイ。お前さんにしちゃ、随分情のあること言いよると思ってよ」

『……! う、うるせーよっ、くたばりかけのくせにっっ!』


 ジャビの屈託のない笑いからは、この世への未練も何もうかがい知ることはできない。チロルはどうにもやりきれない気持ちでドローンを立ち上げると、最後にジャビを振り返る。


『……んじゃ、帰る。……よい終活を、とでも言ったらいいの?』

「気ぃ使うない、らしくねえ。ビスコによ、『バカ』と伝えといてくれ」

『わかった。それじゃ……』


 球状になり、コロコロとテントを出ていくチロルドローンを見送って、ジャビはパイプを深く吸い、「コォー」と煙を空に吐き出した。

 そして……


「ふぅ~ム。ビスコ、か」


 何か思いついたように子供っぽい笑みを浮かべ、

✓スカイダイビング

 の横に、何やら新しい項目を書き加えていった。




刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影