『鉛迎撃機構、同調90%安定』
『メイン・ブースト二基、サブ・ブースト四基、正常稼働を確認』
『真言リアクター・接続確認。いけます』
最終整備を済ませたミロ・アインたちが、口々に完了の報告を伝える。
ガレージの中央、発射カタパルトの上に載せられているのは……
銀色に光る飛行アタッチメントをその身体に装着し、得意げに鋏を振り上げるアクタガワ。ならびに、その主人たる少年二人である。
『ブラボーっ! 通常のテツガザミの、ゴホッ、十二倍のエネルギーゲインがある!』
「それって、やっぱりすごいんですか、鉛博士?」
「やめろミロ! また長い講釈聞かされる」
なんだか近代的に改造されてしまった鞍の上で、シートベルトをした二人の座席のヘッドレストから、鉛博士の興奮した声がとび込んできた。
『いいかい、この飛行アタッチメントは、蟹の意志力をそのまま出力に反映する……つまりアクタガワの思い通りに飛行できるということなんだ。ゴホッ。逆を言えば、彼が無茶な暴れ方をすれば簡単に振り落とされる。これより先は、きみたちの信頼関係を信じるしかない』
「けッ。普段からそうだ」
鉛博士の言葉に、ビスコがどこか恨めしそうに返す。そして自らの刺青を指でなぞりながら、何事か神仏に対し赦しの祈りをぶつぶつと唱えた。
新潟県から海上をまたぎ、北部の古尾鷲島に辿り着くには、ガネーシャ砲の砲爆撃まで二日というタイムリミットはあまりにも短い。
ここで一行のブレーンであるチロルの頭脳にあったのは、北海道に向かう際に開発した『ジェットアクタガワ機構』であった。スパイとして黒革から離れられないチロルの代わりに、アクタガワを飛行形態に換装できるのは、共同開発者の鉛博士を措いて他にない。
そうした経緯によって……
黒革の支配から辛うじて逃れている新潟県、その辺境に隠れ住んでいる鉛博士を、二人と一匹は頼ることになったのであった。
「うわぁ~~! ドキドキしてきたね、ビスコ!」
「するかバカ! 二度も蟹を飛ばすなんて。こんな、罰当たりな……!」
二人の下で、身体の節々にアタッチメントを付けたロケットアクタガワが、気合十分に『どすんどすん!』とカタパルトを踏み鳴らした。
『これはドラマだっ! 今君たちは、進化の節目をロケットで飛び越えようとしている。ゴホッ、そして……おおっ! わたしもだな! 進化の引き金を引く瞬間はわたしが担うのだ。進化っ! エ ヴ ォ リ ュ ー シ ョ ン だっ!』
「あ、あの……は……博士?」
「やばいぞ。頭に血が上ってる」
『用意はいいかな? 当然いいはずだ!! 各員、発進の衝撃に備えよ!』
管制室の鉛博士の顔は完全に紅潮し、もはや湯気すら立てている。その鉛博士のヒートアップと反比例するように、少年たちの顔からは血の気が引いていった。
「は、博士! あの、いったん仕切りなおして……」
『それではいくぞぉ──っっ!! 安全装置・解除!!』
ミロ・アインが一斉に退避すると同時に、ロケットアクタガワのメイン・ブースターがうなりを上げ、その奥に青い火種を灯しはじめる。爆発の予感にアクタガワはひとつ武者震いすると、剝き出しの大鋏を高く振りかぶった。
「おい待て待て、大袈裟すぎるぞ!! 何もそんなにスピードが欲しい訳じゃ……」
『古尾鷲島に、よろしく言ってくれぇっ!!』
鉛博士がカタパルトの射出レバーを押し込むと、接続されたアクタガワが前方へ思い切り射出され、滑走路前方に広がる海面に向けて盛大に弾き出された。
ところが、アクタガワの背部ブースターはまったく起動せず、その巨体は空中をころころ転がるばかりで、一向に動こうとしない。
「お、おわあああ───っっ!? な、何してんだ、アクタガワ、飛べぇっ!」
「海に落ちる、落ちちゃうっっ!!」
アクタガワはまるで大きなぬいぐるみのように前方にくるくると回り、海面すれすれまで降下してから──びかりとその両目を陽光に光らせた。
ごうッッ!!
背部ロケットブースターが青い火を噴き、海面からおびただしい海水を噴き上げた。そのままアクタガワは放たれたロケットのように白煙をなびかせて飛び、元気を持て余したようにくるくると回っては、鞍の上の二人を振り回す。
「んぎゅわあああ────っっ!! ちょ、あ、あくたがわ───っっ!!」
その涼やかな声が見る影もないほど叫ぶミロの横で、ビスコは両手を口に当てて嘔吐を必死にこらえている。アクタガワは少年たちにかまわずブースターを元気いっぱいに噴かして、古尾鷲島へ向けて凄まじい勢いで飛び向かって行った。
***
「ビスコ、大丈夫? もう一回酔い止め打とうか?」
「……うっぷ。もういい……アクタガワもだいぶ落ち着いたみたいだ」
新潟は角田浜沖、鉛研究所から出発して三十分程度。
はじめは湧き上がる新たな力に奮い立ち、ブースターを全開に噴かしてアクロバティックな飛行を繰り返していたアクタガワも、ぼちぼち飽きてきたのか、鞍上の主人二人に気を使って飛んでくれるようになってきていた。
「これなら余裕を持って間に合うよ! チロルと、鉛博士のおかげだね!」
「行きを急ぐのはいい。けど、帰りはどうする?」
「鉛博士が、組み立て式の海上カーゴを積んでくれたんだ。ちょっとぎゅう詰めにはなるけど、スポアコの皆をそれに載せて、アクタガワで引っ張っていこう」
「どうにも気に食わねえ」
ビスコは空の旅に赤髪をはためかせながら、苦々しげに目を細めた。
「黒革の野郎が、鉛室長みたいな技術者をノーマークだったとは思えねえ。その気になれば、あの研究所だって制圧できたんじゃないのか?」
「そうね。できたんじゃない?」
「吞気な国の人か、お前は!?」
青空に溶けそうな空色の髪をひとつかきあげて、ミロが涼やかに笑う。
「気にしてたってしょうがないもの。僕らを疑心暗鬼にさせるのが、黒革の狙いのひとつのはず。だったら……、!? ビスコ、前!!」
手綱を取るミロの表情が突然引き締まり、蒼い眼で前方を示した。ビスコがその視線を追い掛ければ、前方にそびえる積乱雲の前に、背中に備えた四枚羽根を細かくはためかせる、巨大な飛行サソリの群れがアクタガワ目掛けて襲い掛かってくるのが見える。
「『ウミネコ喰い』だ」ビスコが言いながら弓を引き抜く。「大した相手じゃないが、数が多い」
「どうする、ビスコ? 真言で落とそうか?」
「大袈裟言うな、シビレダケの胞子をばらまきゃそれで仕舞いだ。ミロはそのまま飛んで──」
ビスコが弓を引き絞って、そう言葉を終える前に……
ぴしゃぁん!!
と、晴天に紫電が閃き、蛇のように折れ曲がった稲妻が一匹のウミネコ喰いを打ち抜いた。じゅぅっ! とキレの良い音を立ててその甲殻は黒焦げになり、四枚羽根をぼろぼろに焼き落とされて海面に落ち、どぼん、と水飛沫を上げる。
「何だァ……かみなり!?」
「危ない、アクタガワ!」
ミロが咄嗟に手綱を引き、アクタガワを横に逸らしたその腹をかすめるように、ぴしゃぁん! と稲妻が走る。稲妻はそのままアクタガワの背後のウミネコ喰いを撃ち落とし、更に続けざまに空を光らせては次々と海サソリの群れを撃ち抜いて、海の藻屑と変えていった。
「サソリを狙い撃ってる……これって普通の稲妻じゃないよ、ビスコ!」
「あの、前のでっけえ雲だ!」
額の猫目ゴーグルを下ろし、ビスコが立ち上がって叫んだ。
「雲の中にでかい熱源がある。ありゃ、生きモンだぞ!!」
『ごォォ名答だ、赤星ィ~~ッッ』
その前方の雲の中から、メガホン越しの邪悪な声が響き渡る。わたあめを千切るように雲の中をぶわりと抜けてきたのは、ヒトデ空撮機ダカラビアである。
『ちょっとネタばらしが早かったよな。すまんすまん……でも、サソリごときに大事なシーンを邪魔されるわけにいかん。先に掃除させてもらった』