錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカット

4 ②

くろかわだっ!」

「やっぱりてめえかァッ、コラァッ」

『オレは撮影の緊張で寝不足だが、役者は気合十分。重畳。シーン2の解説をする』


 ダカラビアのゴンドラの中で、くろかわは映画監督風のマリンキャップを押さえながら、針葉樹のような髪をぐしでつけて、泰然とメガホンを構える。


『古来アクション映画にはカーアクションが必須とされている。ダイ・ハードしかり、ミッション・インポッシブルしかり、何を見てもカーチェイスが出てくるんだ。何が面白いのかわからんがとにかく必要なシーンなんだろう……しかしここで困ったことがある。この現代日本にはあんなカーチェイスができる公道がないし、かっこいい車もない、その上お前ら二人は無免許の未成年ときている』

「……なにが言いたいんだ……!?」

『そこでオレは思いついた。カーチェイスの代わりに、大海原でのドッグ・ファイトだ!』


 くろかわはそこで、大空を駆けるオレンジの流星・ロケットアクタガワを指さし、『ひゅう』と愉快そうな口笛を吹いた。


『空飛ぶかにに相対するのは、オレがこの日のために用意した積乱雲兵器・浮雲5号! 輸送中にやまがた上空で出力を試したが、エスカルゴを一撃で丸焦げにする予想以上のえさ。こいつの稲妻をくぐり、二人の少年はスポアコ達の元へ辿たどけるのか……! 地上でクルマ同士が追いかけっこするより、よっぽど迫力が出る! そう思うだろ、あかぼしぃ!』

「会うたびべらべらとォッ、うるせえんだ、てめえは──ッッ!」


 ビスコがとつに、ばしゅん! と放ったキノコ矢は、ダカラビアを貫く寸前で、がうん! とひらめく音速のてつこんによってはじかれてしまう。

 てつこんの主・パウーがダカラビアの上に立ち、空の風にその長い黒髪をなびかせた。


「無駄だと言っている。全てが力押しではまかり通らんぞ、亭主殿!」

「お前がそれを言うなぁッ」

『ぃよォォ──いッッ』


 くろかわが声を張り上げると、ゴンドラに乗ったカメラマン・イミーくんが一斉にカメラをアクタガワに向ける。アクタガワの前方に持ち上がった雲の山が『ごろごろごろ』とうなり声を上げ、蛇のとぐろのような紫電をその体中に走らせた。


『ァアクションッッ』

「ビスコ、かがんで!」


 くろかわのメガホンが振り下ろされると同時、積乱雲から走った稲妻がアクタガワを襲う。ミロのとつづなさばきでアクタガワは急降下し、すんでの所で稲妻をいなすが、続くせんさんせんと稲妻は空気を焦げ付かせながら間断なくアクタガワを狙ってくる。


「やられっぱなしだ、反撃しなきゃ……でも、どこを撃てばいいの!? 雲の生物兵器なんて、聞いたことないよ!」

「ゴーグルの生体反応を見るに、こいつはテヅルモヅルの化け物らしい」

「テヅルモヅル!? あの、うにょうにょした、触手がいっぱいあるやつ?」

「うん。どういう理屈で、空に浮いてるか知らんが……」


 テヅルモヅルやイソギンチャクなど、生物的思考がシンプルな海中生物は、生命力も高く、兵器や工業製品の素体としては重用される傾向にある。

 とはいえ、それが浮力をもって雲をまとい、雷撃を発してくるとなるとそんなものは聞いたことがない。くろかわが並々ならぬ資産を投じて作らせたものであろうが、それが本当に映画のためだけにだとすればいよいよ狂的な所業であるといえる。


「でも、とにかく中に本体はあるってことだぜ。ゴーグル越しなら、矢は当てられる!」


 アクタガワの態勢が整ったのを見計らって、ビスコは三本に束ねた矢を積乱雲の一角目掛けて、ばぎゅんっ! と撃ち込んだ。次の攻撃に向けて電力をため込んでいた浮雲5号の触手にそれらは等間隔で突き立ち、ぼぐぅんっ! と咲いた赤ヒラタケが雲の中から顔を出した。


「やったあ、ヒット!」


 狙いをらされた稲妻があらぬ方向へ飛んでいくのを見送り、ミロが喜びの声を上げる。


『ブラーヴォ!! 見たかあかぼしの腕を! おい、撮っただろうな!?』

「くそッ。やりにくい!」


 アクタガワをぐるぐると回るダカラビアを気にしながら、ビスコは深く息を吸い、己の中に眠るさびいの因子に意識を集中させた。血中で眠っていたさびいがふつふつと目覚め、ビスコの体表から湧き出て太陽の色に輝き出す。


「あの野郎をそうそう喜ばせてたまるか。撮れ高を減らしてやる!」

「決めるんだね、ビスコ!」

「あの黒い雲んとこが中心だ。行けるか!?」

「任せてっ!」


 白色の雲の中、ひときわ稲光を頻繁に走らせる、黒色の雲。ゴーグル越しに、その奥が浮雲5号の中央部だと見抜いたビスコは、ミロの手綱に任せてアクタガワでそこに突っ込んでいく。


『あれっ。まずいぞ……もう倒しちゃうんじゃないの? 困った。大枚はたいて用意したのに、ここはそこそこ苦戦してもらわないと、この後のシーンとつながらないんだよぉ……』

「監督。私が阻止しましょう」

『バカ言うなお前! ADが映り込む映画があるか!』


 うごめく雲の中から襲う数本の稲妻をかわし、また数本をそのおおばさみはじばして、とうとうアクタガワは浮雲5号の腹の前へ辿たどいた。


「ビスコ、ここなら!」

「ようしッ」


 こぉぉぉ、と深い呼吸とともに、ビスコの引き絞る矢がプロミネンスのように赤く輝く。


らえええ──ッッ!!」


 ばぎゅうんッッ!!

 空を引き裂く赤いせんこうが、何者も知覚できない素早さで雷雲の中央を貫き、その奥の本体の腹へと突き刺さった。『ごごごごご』と浮雲5号は身をよじってうごめき、ぴしゃん、ぴしゃんと四方八方に稲妻を走らせる。


「仕留めたッ!」

「……いや、ビスコ、まだだっ!」


 びしゃん! と走った紫電のやりがビスコを貫くところを、


「障壁展開っっ!!」


 しんごんのキューブでとつに張ったミロの盾が、間一髪のところで防いだ。しかし、手綱を放した隙に襲ったもう一筋の雷光が、間髪入れずにアクタガワの腹部を捉えてしまう。


「ああっ!! アクタガワ!!」


 コントロールを失ったアクタガワは黒煙を上げ、きりもみうって空を落ちていく。


「どういうことだ!? さびいが、咲かねえ!」

「アクタガワ、しっかりして!! ……ごめん、ちょっと熱いよ!」


 ミロは落ちていくアクタガワの上でアンプルサックをあさり、赤い薬液で満ちた一本のアンプルを抜き出すと、アクタガワの関節部分目掛けてそれを思い切り突き刺した。

 眼前に迫る海面、そこに今まさにアクタガワが墜落する、その寸前に……

 ずわり!

 と、寸前で意識を取り戻したアクタガワが上方を向き、ごおおおっ、とブースターを全開にして飛び上がった。少年二人は必死で手綱につかまりながら、高度を取り戻したロケットアクタガワの上であんためいきをついた。


「三人でサメの餌になるとこだ。ミロ、何かしたのか?」

「ビシャモンアンプルで気付けをしたんだ。アクタガワと稲妻は、やっぱり相性が悪い……! 次あれに当たったら、やられちゃうよ!」

「手ごたえはあったはずだぜ。俺の矢が、れたってのか?」


 言葉を交わす二人の眼前で、積乱雲の中から、何か肉片のようなものがこぼち、空中で、ぼぐん、ぼぐんとさびいを咲かせた。さびいまみれになった肉片はそのまま海面へ落ち、ざぶうん、と大きな水柱を上げる。


「……そうか。ビスコの矢が甘かったんじゃない。あのテヅルモヅルは、胞子にまれる前に、稲妻で自分の組織を焼き切ったんだ!」

「な、何ぃぃ……?」

「我慢比べじゃ、向こうの方が上手だ。なんとかして、あの稲妻を封じないと……」

「うおぉっ、前、ミロ、前!」


 顎に手を添え、考える人のモードになったミロに代わって、ビスコが手綱を取って襲い来る稲妻を上下左右にかわす。空中に慣れないビスコが吐き気をもよおしてきたあたりで、ミロがひらめいたように顔を上げた。


「あの雲を晴らせばいいんだ! 雲がなきゃ、稲妻は撃てない!」

「雲を、晴らす!? お前はアマテラスか! そんな、俺たちがどうやって……!」

「できるっっ! 学校で習った!!」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
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錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
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