「邪仙・甘草月餅。お主の野望、最早これまで!」
びかり、天雷が。
山頂の巨木に落ち、燃え落ちる炎で小判山の夜を朱く照らした。
二足で土を踏みしめる、黒猫の侍と、白猫の邪仙。
宿命のふたりが風に立ち……。
舞い散る火の粉に照らされて、その双眸をぶつけあって居る。
「悪猫には悪猫の矜持があろう。己が爪で、潔く腹を斬るがよい」
黒猫、低く鋭い声。
紋付袴に黒い尾をひゅるりとなびかせて、名刀の切っ先を、宿敵の眼前へと向けて居る。
その刃の波紋にぎらりと映る、もうひとりの白猫は……
「にゃかかかかかか…………!」
血みどろである。
派手な南蛮装束と、白い毛並みをぶちのように赤く染め、それでも汗だくで嗤って居る。猫の国を我が物とせんとするこの白猫の野望も、今や、黒猫の剣力の前に潰えようとしておった。
「情けをかけたつもりかよ。瞬火剣・羊羹……!」
ぜえぜえと息を切らす白猫、しかしその猫眼は、何かの企みにぎらりと光り、
「名前通りの、その甘さがッッ!」
落雷!
びしゃん! と光る一瞬の閃光が、黒猫の視界を白く奪った。必殺の一瞬をつかまえた白猫、鋭い爪を振り上げて、黒猫目掛け振り下ろす!
「翻って、てめえを殺すんだァァ───ッッ!!」
ずばんっっ!
すれ違う二人。
…………。
……ぶしゃあああっっ、と、
高く血煙を噴き上げたのは、白猫のほうであった。
「────し、七代、先まで、」
鮮血をごぼりと零す白猫、振り返りざま、その眼に黒猫の姿をしかと焼きつけて──
「呪って、やるわ。瞬火剣・よう、かん……」
どさり、と、その場に倒れ伏した。
黒猫は……
しばし血を吸った抜き身をそのままに、虚空を睨む白猫の貌を眺めて居た。火の粉がちりちりと黒い睫毛を焦がしても、その猫眼は瞬きすら忘れたようであった。
(かんかんっ。)
と、いった具合にございまして──
今お聴きいただきましたのが。猫招天に伝わる中でも有名な物語、
『瞬火剣・羊羹』
の、第一幕でございます。
邪悪の白猫・甘草月餅を成敗したこの羊羹は、この功績によって八代将軍になり、数々の活躍の逸話を残すわけですが──
それにしても猫をお侍にしちゃうなんて、昔の方もなかなかユニークなお話を考えるもんですねえ。
本日は、まことめでたき猫鎮祭の日。
猫の日にこの語りを聞けば、その年はマタタビの加護あって、無病息災のお約束があるなんてことを云われておりますよ。
本日はこの瞬火剣・羊羹の語り、続けて楽しんで頂きたく思ってございますが……
何分このお話、あたしもお客も体力を使いますのでね。
休憩がてら、「猫」の起こりについて、お話しさせていただきましょう。
この日本は、我々人間の住む『人国』と、猫の住む『猫摩国』に分かたれているというのが、猫招天の教えのひとつでございます。
東京が大爆発で滅んだ際に、猫たちは人間たちを見限って地下世界に移り住み、猫だけが住む国を興したと……
猫招天ではこう教えておるんでございますねえ。
猫の経典いわく──
この日ノ本は、かつて『にんげん』なる、暴虐ないきものに支配され、栄えておった。
猫のご先祖は。
にんげん達に、時に媚び、時に野生に隠れ……
かならず来る猫の時代のため、知性を隠し、忍び難きを忍び、血統をかたくお守りになられた──と、こうあります。
なるほど臥薪嘗胆の日々、察するに余りあることでございますなあ。
しかし猫の心掛けが実を結ぶ日がやってくる。
皆様ご存じの、東京大爆災。その日、首都『東京』を、
(かんかんっ。)
未曽有の大厄災が襲った!
天におわします猫世音菩薩の金のいかづちが、巨大なるにんげんの『てつじん人形』へ落ち、その炉を炸裂させたのでございます。
炸裂は錆の粒子となって日ノ本じゅうにばらまかれ、
瞬く間に『埼玉』を、『神奈川』『千葉』を……とにかく、傲慢を極めたにんげん達の街をことごとく滅ぼしてしまった。
にんげん達が錆の風によってばたばたと死んでいく中、いち早く環境に適応したのが、賢きいきもの「猫」でございました。
猫たちは錆の粉を「瞬火」なる力に変えて、考える知恵を、二足歩行を、また道具を用いる手足を獲得し……
地下に築きし大帝国『猫摩国』にて、今日豊かな繁栄の中にあるのでございます──
という、伝説ではございますが、さても。
瞬火剣・羊羹ほどの名君が治めるとなると、さぞ、猫のお国も居心地がよいことでございましょうね。
一方でまあ、この忌浜の有様……
汚職まみれの黒革知事が退任したかと思えば、猫柳新知事のまつりごとも未熟なこと……美人は三日で飽きるとはよく言ったもの、まったく窮屈でかないませんなあ。
どうもあたしには、猫柳知事は人を治めるには向かないように見える。
ここはひとつ、黒猫将軍さまに施政のコツをご教授いただきたいものですな。
まさに、猫の手も借りたい……
おっと。
さあさあ、それでは第二幕に参りましょう。
第二幕の舞台は、先の決戦から十年後。羊羹将軍の即位を狙いすましたかのように、原因不明の疫病が城下に蔓延して──