錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪

「邪仙・あまくさげつぺい。お主の野望、はやこれまで!」


 びかり、天雷が。

 山頂の巨木に落ち、燃え落ちる炎で小判山の夜をあかく照らした。

 二足で土を踏みしめる、黒猫の侍と、白猫の邪仙。

 宿命のふたりが風に立ち……。

 舞い散る火の粉に照らされて、そのそうぼうをぶつけあって居る。


「悪猫には悪猫のきようがあろう。己が爪で、いさぎよく腹を斬るがよい」


 黒猫、低く鋭い声。

 紋付はかまに黒い尾をひゅるりとなびかせて、名刀の切っ先を、宿敵の眼前へと向けて居る。

 そのやいばの波紋にぎらりと映る、もうひとりの白猫は……


「にゃかかかかかか…………!」


 血みどろである。

 派手な南蛮装束と、白い毛並みをぶちのように赤く染め、それでも汗だくでわらって居る。猫の国を我が物とせんとするこの白猫の野望も、今や、黒猫の剣力の前についえようとしておった。


にやさけをかけたつもりかよ。またたけんようかん……!」


 ぜえぜえと息を切らす白猫、しかしそのねこは、何かのたくらみにぎらりと光り、


「名前通りの、その甘さがッッ!」


 落雷!

 びしゃん! と光る一瞬のせんこうが、黒猫の視界を白く奪った。必殺の一瞬をつかまえた白猫、鋭い爪を振り上げて、黒猫目掛け振り下ろす!


ひるがえって、てめえを殺すんだァァ───ッッ!!」


 ずばんっっ!

 すれ違う二人。

 …………。

 ……ぶしゃあああっっ、と、

 高く血煙を噴き上げたのは、白猫のほうであった。


「────し、七代、先まで、」


 鮮血をごぼりとこぼす白猫、振り返りざま、そのに黒猫の姿をしかと焼きつけて──


「呪って、やるわ。またたけん・よう、かん……」


 どさり、と、その場に倒れ伏した。

 黒猫は……

 しばし血を吸った抜き身をそのままに、くうにらむ白猫のかおを眺めて居た。火の粉がちりちりと黒いまつを焦がしても、そのねこまばたきすら忘れたようであった。



(かんかんっ。)



 と、いった具合にございまして──

 今お聴きいただきましたのが。びようしようてんに伝わる中でも有名な物語、


またたけんようかん


 の、第一幕でございます。

 邪悪の白猫・あまくさげつぺいを成敗したこのようかんは、この功績によって八代将軍になり、数々の活躍の逸話を残すわけですが──

 それにしても猫をお侍にしちゃうなんて、昔の方もなかなかユニークなお話を考えるもんですねえ。

 本日は、まことめでたきびようちんさいの日。

 猫の日にこの語りを聞けば、その年はマタタビの加護あって、無病息災のお約束があるなんてことをわれておりますよ。

 本日はこのまたたけんようかんの語り、続けて楽しんで頂きたく思ってございますが……

 何分このお話、あたしもお客も体力を使いますのでね。

 休憩がてら、「猫」の起こりについて、お話しさせていただきましょう。


 この日本は、我々人間の住む『じんこく』と、猫の住む『びようこく』に分かたれているというのが、びようしようてんの教えのひとつでございます。

 東京が大爆発で滅んだ際に、猫たちは人間たちを見限って地下世界に移り住み、猫だけが住む国をおこしたと……

 びようしようてんではこう教えておるんでございますねえ。


 猫の経典いわく──

 このもとは、かつて『にんげん』なる、暴虐ないきものに支配され、栄えておった。

 猫のご先祖は。

 にんげん達に、時にび、時に野生に隠れ……

 かならず来る猫の時代のため、知性を隠し、忍びがたきを忍び、血統をかたくお守りになられた──と、こうあります。

 なるほどしんしようたんの日々、察するに余りあることでございますなあ。

 しかし猫の心掛けが実を結ぶ日がやってくる。

 皆様ご存じの、東京大爆災。その日、首都『東京』を、



(かんかんっ。)


 未曽有の大厄災が襲った!

 天におわします猫世音菩薩にやんぜおんの金のいかづちが、巨大なるにんげんの『てつじん人形』へ落ち、その炉をさくれつさせたのでございます。

 さくれつさびの粒子となってもとじゅうにばらまかれ、

 またたに『埼玉』を、『神奈川』『千葉』を……とにかく、傲慢を極めたにんげん達の街をことごとく滅ぼしてしまった。

 にんげん達がさびの風によってばたばたと死んでいく中、いち早く環境に適応したのが、賢きいきもの「猫」でございました。

 猫たちはさびの粉を「またた」なる力に変えて、考える知恵を、二足歩行を、また道具を用いる手足を獲得し……

 地下に築きし大帝国『びようこく』にて、こんにち豊かな繁栄の中にあるのでございます──


 という、伝説ではございますが、さても。

 またたけんようかんほどの名君が治めるとなると、さぞ、猫のお国も居心地がよいことでございましょうね。

 一方でまあ、このいみはまありさま……

 汚職まみれのくろかわ知事が退任したかと思えば、ねこやなぎ新知事のまつりごとも未熟なこと……美人は三日で飽きるとはよく言ったもの、まったく窮屈でかないませんなあ。

 どうもあたしには、ねこやなぎ知事は人を治めるには向かないように見える。

 ここはひとつ、黒猫将軍さまに施政のコツをご教授いただきたいものですな。

 まさに、猫の手も借りたい……

 おっと。

 さあさあ、それでは第二幕に参りましょう。

 第二幕の舞台は、先の決戦から十年後。ようかん将軍の即位を狙いすましたかのように、原因不明の疫病が城下にまんえんして──




刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影