錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪

1 ②

「しいて言うなら。あの……アレ……」

「む?」


 ビスコが見たのは、県庁の巨大スクリーンに映る、三人組のアイドルであった。四つ打ちのビートに合わせ三人の女の子がくるくると踊り、猫耳と尻尾をひらめかせている。


「神舞のつもりか? あ、あのカッコは一体……」


 かなりきわどい。そういう神舞もあるにはあるが、それにしても……


「コスプレというやつだ。びようしようてんをイメージして、衣装を作らせた」

「!? びょ、びようしようてんの、コスプレ……」


 なんつー罰当たりな、とビスコが続ける前に。


「……ははあん?」


 ね気味だったパウーの顔が、ようやくにやりと楽しそうにゆがんだ。


「成程。ああいうのが良かったのか」

「えっ」

「そういうことは早く言え。待っていろ、着替えてくる」

「はああ!? 待っ、もごっ」


 パウーは持ったヒトデあめをビスコの口に押し込むと、だんっっ! と地面を蹴って跳び上がり、浴衣ゆかたをはためかせて屋台の上を跳ね跳んでいった。ビスコはただぼうぜんとそれを見送りながら、もごもごとヒトデあめしやくするしかない。


(……。)


 あめみ込んで、周囲を見回す。

 びようしようてんの僧侶に猫化粧を施してもらい、喜ぶ旅行者たち。

 貴金属や動物を買い付ける、しもぶき商人の独特のイントネーション。

 射的のゲームで屋台の景品をかっさらって喜ぶ、キノコ守りの子供たち……。

 誰もが平和の中で笑顔を浮かべ、あたたかな幸福を享受している。


 祭りの熱気ににぎわう人ごみの中で、一陣の風が──

 ビスコの肌を涼しく吹き抜けた。



(やっぱり)

(俺が、都市で暮らすのは無理だ)



 こればかりは。

 宿命的なものだ。ビスコはもともと冒険の星の下にあり、その運命を未知と躍動に抱きしめられている。

 このごろ何かを求めて彷徨さまよすいの視線は、その引力に引かれてのものだと、無意識のうちに本人も強く感じているところだろう。



(俺が、俺の星の下に戻ったとして、)

(ミロはかならず俺についてくる。)

(だから。だとしたら、もしそうしてしまったら、)

(パウーはどうなる……?)



 あるいは、二人と弟で。あるいは、子を授かって……

 いずれにせよ、人の、社会の平穏の中で健やかに生きることを、妻は望んでいよう。

 そこから彼女を引きはがす理由も、義理も、なにひとつない。


(でも、だからって、)


 ビスコのそうぼうがわずかに細くなり、人ごみの孤独の中で、過ぎゆく風をにらんだ。


(はじめて、背くのか。祈るのをやめるのか? 俺の、神に……!)



「もし」


 ふと。

 ビスコを覆う風を不意に突き破り、裏路地の入口から声をかけるものがある。


「もし。そこの、キノコ守りの御方」

「……んお?」


 占い師であった。

 小さな机に座り、薄手のブルカで全身を覆っている。


「この人混みの中で、随分なめいそうの中にあられた御様子」


 単眼の装飾をされた顔の、メッシュの部分からビスコを見ているようだ。頭に着けられた猫耳の意匠は、取って付けたような先のアイドルのものと違い、本格的なそれである。


「わたくし、びようしようてんに仕える占術師」


 ぺこり、と頭を下げる。女とも、男ともつかぬ声だ。


「ご縁を感じます。診ていかれては……お悩みのお助けになるやも」

「必要ないよ。金もないし」

「お金は取りませぬ、修行のために参っております。……いやはや極めて、『猫』とのご縁を感じます。さあ、こちらへ」

「…………。」


 ビスコも不思議な勘のはたらきを覚えた。すでに気配でその占術師に悪いものは感じなかったので、てくてくとその占い師の前に歩き、腰掛ける。


「猫の占いねえ。何を診るんだ?」

「この世には、『じんこく』と『びようこく』、分かたれたふたつの世界がございます」

「おいおい。そりゃそういうとぎばなしだろ?」

「我らびようしようてんの信徒はそれを、現実と見ております……まずは左のお手を」


 われるまま、ビスコは左の手相を見せる。


じんこくびようこくは、さながら陰陽のごとく、互いに作用しあう関係にあります……結構です、次は右の手を。わたくしはびようこくの気を読み解くことで、じんこくゆがみを正し……。お待ちください。あなたは……やや、これは……!」


 占術師はビスコの右手を見た瞬間、戦慄わなないて口上を止めてしまった。熱心に手相をのぞき込む様から、演技のようなものはうかがえない。


「おいおい! どうしたんだよ。祭りの日に縁起でもねえな」

「す、すみませぬ。しかしこれは……!? 矢……なにか途方もない力の矢が、びようこくに突き立ったと出ております。それだけではない……この矢の場所は……」


 占術師はそこまで言って、おののくように席を立ち、転がるようにして後ずさった。


「じゃ、邪仙猫、あまくさげつぺいの封印が!?」

「なんだァ、おい!? 急にどうした!」

「お恨み申しますぞ」


 わなわなと、震える声で言葉をつむぐ占い師。


「あなたの矢が『自由』を求めたせいだ。そのせいで、猫の国は……!」

「何だってんだ。占い師なら、くだいてわかるように言え!!」

「ヒャア」


 占術師はビスコをまるで化物かなにかのように、占い道具もそのままに裏路地へ逃げ去って行ってしまった。ビスコはそれを追い掛けようとして、ばかばかしくなりすぐに立ち止まってしまう。


「なんだってんだ? 腕は良さそうに見えたのに……」


 ビスコは占い師がでた自分の手相をまじまじと見て、どこに驚いたのかさっぱり理解できぬまま、もときた大通りを振り返る。

 と……。

 先ほどまで祭りでにぎわっていたはずの唐草大通りの風景が、

 しん、

 と静まり返っていることに気付く。屋台にいるはずの店主たちは一様に店を空け、売り物の祭具や焼き菓子などが地面に散乱しているのだ。


(…………何だ? 様子がおかしいな)


 裏路地から大通りへ戻ろうとするそこへ、


「ニャ──ッ」

「んお!?」


 突然頭上から注いだ声に、ビスコがばっと見上げる。


「にゃあ」


 走る配管の上に、しゅるりと座る姿。


「パウー!?」


 ビスコは思わず声を上げた。

 そこには先ほどまでと同じ、浴衣ゆかた姿のパウーが……

 いや。

 何か猫の耳のようなものと、ゆらゆらとくねる尻尾を備えたパウーが、それこそ猫のように四つ足で座り、細く輝く瞳でビスコを見下ろしている。

 ビスコから見上げるパウーの姿は影になっているが、その中にねこだけが月のように妖しく輝き、まるで本物の猫とを合わせているようである。

 どうやら……

 亭主を喜ばせようと、例の猫の格好をしてきたものだと、ビスコは踏んだ。パウーに関して派手な格好をしたがるのは日常的なことなのだ。


「……あのな。別に服がどうこうって話じゃねーよ! 人の話をいっつも、最後まで聞かないんだお前ってやつは。降りてこい!」


 しゅたり! としなやかな身のこなしで眼前に降りるパウーへ、ビスコはいきとともにずかずか歩み寄り、かがみ込んでその顔を合わせる。

 パウーの顔からは……

 どう付けたものか、長い猫ひげが生え、ぴくぴくと揺れている。


「……にしてもお前、すごいリアリティだな、この耳。どうやって着けたんだ……?」


 ぎゅうっ!


「! いぎゃ──っっ!?」

「んうぉっっ!?」


 引っ張った猫耳が体温を持ち、しっかりと頭から生えているのにきようがくして、ビスコは思わず手を離す。眼前には涙目になったパウーが、鋭利な牙をきだしにして、顔を真っ赤にしている様が映る。


「フ──ッッ!!」

「ま、待て! お前おかしいぞ、一体どうなってっ」


 ずばんっっ!

 疾風のような「爪」のひらめきがビスコを襲った。顔に入った三本の筋と、噴き出す鮮血を手に取って、ビスコが戦慄わななく。


「何だこりゃ!?」


 間髪入れず、牙をきだしにしたパウーが、亭主目掛けて飛びかかる!


「フギャ───ッッ!!」

「うおわ────っっ!?」


刊行シリーズ

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