錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪
1 ④
キノコ守りが獣を仕留める動き、その精密動作においてミロの右に出る者はない。チロルは注がれる薬液にぶるりと震えながら、「あぅぅぃぃ……!」と熱っぽい吐息を漏らす。
「動かないで。すぐ効くから、リラックスして……」
「うぎゅいいい……」
チロルは即効性のアンプルで数分かからず理性を取り戻し、「んいい──っ!」と一声うなってミロの
「はあっ、はあっ! み、ミロ、ごめん。あたし……!」
「チロルこそ、手遅れにならないうちに来てくれてよかった。まだベッドは余ってるから、しばらくうちに入院──」
「冗談っ! 寝てる暇なんてないよ、ミロ!」
ミロの言葉にチロルは、はっ! と使命を思い出して、びりびりの白衣を揺さぶる。
「あたし、おじいちゃんの代わりにここへ来たの。はやく猫病の根元を断たなくちゃ!」
薬は効いたようだが、猫病がもたらす動物的本能をおさえるのはやはり至難の業らしく、チロルはしきりにカーペットを
「
「これ見て」
チロルが携帯コンピュータのディスプレイをすばやく広げると、衛星からの中継がそこに映る。映像は
「おじいちゃんが言うには、『マタタビ粒子』とかいう未知の粒子が猫病の原因なんだって。それが急に湧いた原因が、はっきり衛星に映ってる」
チロルの指はディスプレイをなぞり、
『東京』の顕現した東京
「これ見て」
「……えええっ、何これ!?」
「『猫門』ていうんだって。見たまんま」
「冗談でしょ!?」
ミロが悲鳴を上げるのも無理はない。
かつては神奈川と呼ばれたその
『巨大な猫の顔』
が生え、衛星を
そして大きく開けた口からは、何やら火のように
「この、猫の、顔が!? 猫の粒子を吐き出してるって!?」
「いろいろ説明したいけど、それは後! おじいちゃんの経文を直接流し込めば、この『猫門』は消えるはずなの。ねえミロ、そこまで護衛を……」
ふと。
早口気味に
「……チロル?」
「ちょうちょっっ!」
ひゅばんっ! と跳んだチロルの
一匹の白い
「わああっ。チロル、暴れちゃだめっ! おすわり! ステイ!」
「ふぎゃ───ッッ!!」
ミロの言葉も届かない。チロルは狩猟動物の本能に任せて
(……チロルがこの
追加の
「み゛ゃ───ッッ!!」
「ええっっ!?」
息つく暇もない。
ばりんっっ!! と医院の窓を突き破って、今度は長い黒髪の猫女が院長室へ躍りこんできたのだ。
さながら、猫というより、
「パウー!?」
「ちょ──っ!! 服、ちゃんと着て! すぐ脱ぐなって言ってるじゃん!」
「み゛ゃッ」
弟の言葉も耳に入らないのか、パウーは目ざとく
「んみ゛ゃ───ッッ」
「みゃご────!!」
お互いを
そこへ、
「追いつめたぞ、コラ───!!」
がしゃぁんっ! と、同じく窓から飛び込んできたのはビスコだ。
その顔面には今や、めためたに引っ掛かれた爪傷の筋が生々しく残り、首筋にもいくつも
「ミロ、パウーを押さえろ! そいつ亭主を
「にゃが───っ!!」
「ぎゃお──っっ!!」
「えっ、クラゲもいるんだけど!? ぐわぁっ! やめろ──っ!!」
カルテはもとより、レントゲンの写真もあちこちに散らばり……みるみる散らかってゆく部屋の中で、名もなきちょうちょだけが死に物狂いに逃げ続けている。
一方のミロは。
ビスコが飛び込んできたあたりからゆらりと覚悟を決めてガスマスクを
ぼんっっ!!
床に
「みゃ……お~~?」
「にゃふぁ~~……っ」
感覚の鋭敏な猫にクリティカルにヒット。
あれだけすばしこかった二人の猫女を、数秒とたたずにパタリとその場に倒れさせた。
その一方、
「わあッバカバカ。投げるんなら投げるって言えッ」
さすが菌術の気配には敏感なビスコ、シビレダケの
白いガスが、ゆっくりと晴れた後──
荒れ果てた院長室には、むにゃむにゃと顔を擦る黒とピンクの猫女が、それぞれ浅い眠りにその
カマボコのような(ビスコ評)白いお
「やっと捕まえたぞ」
ビスコは戦闘の余韻冷めやらぬ、
「しかし、爪やら牙が生えるほど怒らせたのは初めてだ。何がまずかったんだ? お前の言うとおり髪型も、
「バカ!! ただのヒステリーで、人間に牙が生えるわけないでしょ!!」
(パウーには生えかねないぞ)
「人を獣に変える『猫病』に、パウーも感染したんだ。準備して、ビスコ! パウーを処置したら、その原因を断ちに行かなきゃ!」
「!」
赤髪の少年の二つの瞳が、ミロの言葉のトーンにきらりと輝いた。
「
「詳しくはチロルが知ってる! 待ってて、今起こすよ……」
「何でもいい。アクタガワを起こしてくる!!」
「ええっ!? ちょ、ちょっと!」
「あいつ、都市に
まだ、
ビスコはまるで水を得た魚のように飛び跳ねて、太陽の胞子をきらつかせながら、
「すぐ来いよ、ミロ!」
一瞬だけ振り返り、窓から飛び出していく。
この頃、平穏の中に何かと曇りがちだった
「……
相棒の頭上で輝く冒険の星の性質を、ミロが知らぬはずはない。
(……我慢してたんだな。)
(そうゆうとこ、ばかだよ。)
(ひととき、手を取って、引いてくれれば──)
(きみに誰だってついていくのに)
ミロはひとり
そして、
散らかり切った自分の部屋を見て表情を一転、げっそりと