錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪

3 ①

(かんかんっっ。)



 時はびようえい十八年。

 はし家八代将軍・ようかんの治世に、突如として襲う黒い影。

 邪悪のりん、宿敵「あまくさげつぺい」の復活!!

 にんげんに伝わりし謎の超力手に入れしこのあまくさ、かつての「の乱」の再来とばかりに、びようの国に大混乱を呼び起こす。

 我らが将軍・はしようかん、もちろんこれに討って出る。ところが将軍がその御庭番に選びたるは、地上よりでし「にんげん」の若者たちで……!?

 これより語るは秘口伝「またたけん・猫の爪」。まばたき無用に願いまする!


 ***


 先代将軍・はしらくがんの崩御ももう十年の前のこと。以来その八男坊、はしようかんの治世により、びようこくは永らく安寧を保ってきた。

 出自こそいやしけれど、びようの民のために不正をくじき、善良なものを大切にするようかんのまつりごとは、民草にも大いに評判がよかった。暴れ者のきらいはあれど、その人柄、もといお猫柄に幾人もの傑物がれこみ、びよう幕府を盤石にしたものである。

 しかし……

 びようえい十八年、そのびようこくに危機がおとずれる。

 突如として天から落ちた『黄金のいなづま』によって発生した、原因不明の死病、


『さびつき』


 のまんえんであった。


 ところはびようの国、びよう城。


「うう。い、痛や、痛や……」


 病の床に伏せるは、老中・しばふね

 先代・らくがん将軍の代よりはし家に仕え、ようかんの幼少期よりその成長を見守ってきた老チンチラである。

 足腰かくしやく、老いを知らぬと言われた、このしばふねが……

 いま、『さびつき』のどくにかかり、死の床にあった。

 皮膚がまるでさびのようなもので覆われ、徐々に死へといざなうという、まさしく奇病。施術で進行は遅らせられるものの、いまだ完治の目途は立たぬ。

 それを見守るは、


じい。辛抱せよ。じきに痛みは引く」


 我らが八代将軍、はしようかん

 御年三十歳とまさに雄ざかり。黒い毛並みはつややかに輝き、その顔つきのせいかんなこと。将軍の身分を抜きにしても、このそうぼうに見つめられてれぬ猫は、このびようの国にはおらぬ……と、ひそかに評判の美貌であった。


「いつものかんしやくがなければ、れも張り合いがない。気をしつかり持て」


 ようかん、そうじいを励ますが……


「上様。どうかかいしやくを。このじい、上様のあしかせににゃりたくはありませぬ」

「弱気を申すな」


 涙で潤んだ老猫の顔を、赤いねこのぞき込み、力づけるように手を握る。


「かならず療法が見つかる。それまで辛抱するのだ……じいに死なれては、びようの国を再び栄えさせることかなわぬ」

「うう……にゃさけなや……」


 うなされて眠りにつくじいの腹を、とん越しに優しくでてやり……


(まこと、奇病である)


 ようかんも思案に沈む。

 またたけんようかんに、斬れぬものなし……と言いたいが、病が相手ではこれはどうにもならぬ。そばからお付きの医者猫が、じいの包帯を替えにかかった。


「上様。あまり根を詰められては。あとは我々が」

「まだ、病の原因はつかめぬのか」

「黄金のいなづまが天を裂いたせいだと、占術師は申しておりますが……何分まじない猫の言うこと、あてにはできませぬ。ささ、お休みになられませ」

「薬草の藻が切れていたはず。余が浜まで取ってこよう」

「いけません! 上様自ら、城下にお出になるなど……!」

「かまうな。今、びようで働けるものは余ぐらいだ」


 言い出したら聞かぬのがこのようかん。大小を腰に差すと、風のような素早さで城を飛び出し、


「ホクサイ。ゆくぞ!」


 愛馬ホクサイにまたがって、城下へ駆けてゆくのであった。


 びよう城、城下街。

 いつもはかつおぶしや鮮魚、あめや薬売りでにぎわうこのびようの街も……

 今は、ひっそりしたものだ。

 町にぽつぽつと構えられた養生所からは、さびつきの病をわずらった猫の町民たちが、口々にうなりながら病の苦しみをまぎらわせておった。その声を聞くたび、ようかんの御心は千々に乱れ、ホクサイの脚を早めたものである。


ない。将軍の身でありながら、民に何もしてやれぬ)


 そこに、

 びしゃん!!

 突如、黄金の輝きとともに、雷鳴が鳴り響いた。


「きゃぁっ」


 家屋の中から町猫の悲鳴。

 びしゃん、びしゃん! と、更に続けて二発。

 どおおおん、と、ホクサイが足を止めるほどのごうおんだ。海岸が「おおおお」とおののくように震え、焦げるような匂いすら漂ってくる。

 いななきを上げ、恐怖に暴れるホクサイをしずめながら、


「どうどう! ホクサイ。大丈夫だ」


 ようかんを細め、じっと雷の落ちた浜の方角をにらんだ。

 占術師いわく、天が裂けるときに現ずるという、黄金のいなづま……


(それが、三発。不吉な。更なる疫病の予兆であろうか)


 胸騒ぎを覚え、ようかんはホクサイを急がせる。次第に家屋はまばらになってゆき、やがて暗雲の空にびようの浜が見渡せるようになってきた。

 潮の匂い。大気がじんわりと冷え、雨の予兆を毛先に伝える。

 雷に打たれた砂浜は焦げたような香りが強く、敏感な猫の嗅覚を刺す。そして、辿たどいたようかんが崖から見下ろすびようの浜のありさまは……

 普段とは全く異なるものだった。


「これは」


 丸焦げである。

 海岸の岩は真っ黒に焦げ、湯気すら立てている。船着き場は火炎に包まれてぼうぼうと燃え落ち、浅瀬には感電死したイワシやクエが腹を見せて浮いている。

 崖を飛び下って浜に降りたようかんは、


「むう、船が」


 思わず落胆の声を上げる。船着き場にめてあった自分用の小舟も、同様にいなづまにやられたらしく、中央から真っ二つに燃え割れてしまっていた。

 難儀な。

 そう思いはしたが、病床で苦しむじいのことを考えれば、ようかんこれしきでくじけてはおれぬ。いっそ泳いでいこうと腹を決め……

 沖の方を見て、ふと。

 海面にぷかぷかと浮かぶ、がいとうに包まれた身体からだを発見した。


「! 溺れ猫!」


 二人いる。

 漁師であろうか? 丸焦げではあるが、雷はつい先ごろだ。


(息があるやもしれぬ)。

 ようかんはざばんと海へ飛び込むと、素早くそこまで泳いでいき、がいとうを口で引っ張って浜に戻る。予想外に重い身体からだに苦労しながらも、ようかんは二人を浜に仰向けにして……

 ぎょっ! と、固まった。


(こ、こやつらは!?)


 真っ赤な、燃え立つような髪。

 額に備えた奇妙なからくり眼鏡。ぼんのような目の下のいれずみ……

 なにより、その顔面。毛のない、つるりとした肌は。

 まぎれもなく……


(人間だ!)


 ようかんおののきのとおり、人間のそれであった。


(これは驚いた。いなづまとともに、人間が落ちてきた)


 もう一方、空色の髪の少年もまた、人間のちに間違いない。


『あまり乱暴をされますと、地上よりにんげんがさらいに参りますぞ……』


 ようかんも幼少期、そう聞かされて育ったものである。じいや側近が近くに居れば、かようなあやかし、ただちに斬られませい! と声が飛んだであろうが……


刊行シリーズ

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