錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪

3 ②

(……猫とこやつら人間はかつての友と聞く。よこしまなものではあるまい)


 ようかん、すばやくそう決心し、気絶した二人の丹田に「えいッ」と気を打ち込んでやる。


「げはッ!!」

「ぷあっ!」


 達人の気付け術はどうやら人間の身体からだにも効いたとみえ、二人はすぐさま、気道の中にまった水を吐き出し、派手にき込んだ。

 どうやらまんしんそう、意識ももうろうとして、まともに頭の働かぬようだ。


「命は助けた。これ以上の世話はせぬぞ」

「な、んだ、てめえは……」


 赤髪のほうが、かろうじて首だけ起き、ようかんを見つめ……

 やがてきようがくにそのを見開く。


「ね……ねこにんげん!? おわあっ、バケモノ!」

「不遜なやつだ」


 死に体のくせに元気のよいやつ。ようかん、少し笑う。


「ここはびようこく、猫の聖域ぞ。化け物はお主らのほうであろう」

「びょうまこく……?」

「人間とて礼を知るならば命は取らぬ。くれぐれも、猫里に降りて悪さをするなよ」

「ま、待て、お前……? げほっ、がはっ!」


 き込む赤髪の口から、小魚がぴょんと飛び出してきた。ようかんはそれを横目で見、ふたたび薬草を求めて海へ向かう……

 それへ。


ようかんさま! ようかんさま────っっ!!」

「む」


 ようかんの後ろ、浜に切り立った崖の上から、呼び掛ける声が聞こえる。

 びようこくの町猫、呉服問屋のせんべいであった。


「何をしておる。雨が来る、家に戻るのだ」

「それどころじゃねえんでさ!!」


 せんべいかなきりごえを上げる。どうやら尋常の様子ではない。


が! が出たんです、びようの城下町に、が!」

「なに!?」

「お助けくだせえ上様。このままじゃ、城下が焼かれちまう!」


 ようかんの表情がさっと変わる。


の再来だと。この異変、やはりの仕業か!)


 ぴゅーいっ、と口笛を吹けば、愛馬ホクサイが走り寄ってくる。それに飛び乗りながら、ようかんていを鳴らして浜を駆けのぼり、駆け寄ってくるせんべいくらの後ろへ引き上げた。


「侍はおらぬのか。城の者はどうしておる!?」

びよう城にもが出たようで。お侍様はみな、そちらに……」

「ばかものどもめ。民を守らずして、何が侍か!」


 黒くつややかな毛並みは怒りに逆立ち、


どもめ……このまたたけんにかけて、の民をその手にかけさせぬ!」


 疾風のように、びようの城下へ向けて馬を走らせていった。


「くろいねこは いたか?」

「きょうのつぎは ほんとうにあしたか?」

「家だ。燃やそう」

「ずっどどどん!」

「ぼえ~~~~~」


 きようかんの響き渡る、びようの城下を……

 我が物顔でかつする、異形の存在たちがある。

 ずんぐりとした白いたいに、太く短い手足。大きく開いた頭の傘からちらちらと胞子を振りまき、身長ほどもある巨大なそうを、かるがると持ち上げている。

 単眼のもの、三つ目のもの、そのかたちには個性あれど、一様に動きは鈍重で、えっちらおっちら歩く様は一見、ほのぼのとわいくすら見えるが……

 これこそ、かつてびようを絶望の渦にたたき込んだ邪悪!


の軍勢』に相違ない。


「くろいねこは いたか?」

「ずっどどどん!」

「家だ。燃やそう」

「はらへった」

「パオー」


 どうんっ、どうんっ、どうんっっ。

 マイペースなたちのおのが無節操に火を噴き、民家を次々とぶっ飛ばして、カエンタケの胞子で火をつけた。中に居た猫たちは、着の身着のまま逃げ出してきては、


「ひえ──っ!」

「キノコだ。が出たア」


 哀れそのうち一匹が、首根っこをキノコ兵につかまれる。


「こいつか?」

「おまえは、しょうぐんねこか?」

「違います! わたくしはただのかつおぶし売り。キジトラ猫でございます。お助けを!」

「違うといっているぞ」

「でも、ねこには違いないぞ」

「半分はあっているぞ」

「技ありだぞ」

「技ありイッポン」

「お助け───っっ!!」


 キジトラ猫の悲鳴が、炎の夜に響き渡った、その刹那。

 しゅばんっっ!!

 黒色の旋風がきらめいて、中空に半月のぎんせんまたたかせた。

〝しゃんっ!〟

 はくじんさやに納まり、名刀・きんつばの鈴が鳴る。キジトラ猫をつかんでいたの片腕が寸断され、町猫を取り落とす。


「パオッ」

「おまえは!」


 の視線が、一斉に黒い毛並みに注がれる。


「なにものだ」

「なにねこだ」

「少ないのうってみよ」


 八代将軍、ようかん

 はくじんがいちどきさやから離れれば、暴れん坊の本領発揮である。


「かつて貴様らの野望を断ち斬った……またたけんようかんを見忘れたか!」

ようかんさまっっ!」

「逃げよ」


 キジトラ猫が飛び去って行くのをかばうように、ゆらりと炎に照らされた猫将軍が進み出る。せいかんなその顔は今やふんのそれに燃え、


「家を焼き、民草まで手にかけるとは……」


 やいばの切っ先のようにするどくたちを見据えている。


「貴様らの非道、れも少々とさかにきたぞ。少々痛い目を見てもらおう」

「くろいねこだ」

「ようかんだ!」

「パオー!」

「家を焼けば、ようかんがあらわれる」


 思い思いの重装備を構えたたちは、町猫たちを追い回すのをぴたりとやめ、一斉にようかんに向き直った。


(不気味な)


 ようかんの覇気は、他の剣豪をしてもすくませるすさまじいものだったが。

 きのこの鬼たち、それにひるむ様子はない。

 どこか感情が欠落しているかのようであった。太刀を浴びたなどは、落ちた自分の腕をまじまじと見、興味を失ってそれをの中へ放り投げている。

 腕の断面からはぼこぼこと生命の胞子が湧き立ち、さしたる時間をかけずに再生してゆくであろう様が見て取れた。


「あまくさ様は、いけどりにしろ、とおおせだぞ」

「しかし、ようかんは、つよいぞ」

「すばしこいぞ」

「いけどりは、ひとまず」

「殺してからだな」

「殺してから、いけどりだ」

「パオー!」

「パオー!」


 は、口々に叫び……

 突然だ、予兆も間合いもなにもない。一体の兵が大たてを振りかざし、その鋼鉄の塊を思い切りたたきつけてきたのだ。ばあんっ!! と地面に打ち付けられるその大たてはしかし、ようかん身体からだたたき潰すことはなく、


またたけん、」


 その踏み台となって、ようかん身体からだを夜空へ躍らせた!


「パオオッ」

「『飛び魚』ッッ!」


 しゅばんっっ!!

 さやからはくじんがきらめく。前宙逆さ居合とでも言おうか、空中で横一文字にきらめいた刃は、ちょうどキノコの、うなじ? とにかく背面に深く切りつけ、


『ぶしゃああああっ。』


 辺りにキノコの胞子を振りまく。はがくがくと震えたあと、ようかんに一太刀返そうとぎゅるりと身体からだを回転させて、


「おわわっ」


 バランスをくずし、ばさん! と燃える家屋の中に倒れ込んだ。


「あっぢいいいいっ」

「はやい!」

「ようかんは、つよい」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
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錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
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