錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪

3 ③

 火に包まれ、ゴロゴロと転がる仲間を見て、たちがわずかにおののく。


「火をつかえ」

「いぶせ」


 どうんっ、どうんっっ!!

 おのが噴く爆炎が次々にさくれつし、ようかんに向けて放たれる。ようかんは民家の屋根を跳ね跳んでそれを避けるも、カエンタケの砲撃はまったくでたらめな威力で、木やわらをぶっ飛ばしながらようかんを追いつめていく。


(ふむ。かつてのよりごわい。妙な火を使う)


 火の粉が、黒い毛先を、ちりちりと焦がす!


「すもーく、もくもく!」

「ようかん! どうした かかってこい」

「やねが なくなるぞ」

「あまもりするぞう」


 口々にようかんを挑発しながら、どうんっ、どうんっ! とおのを連発するたち。このままではびようの町は消し炭だ……と、ようかんが、とある屋根の上で立ち止まる。


「観念したぞ」

「いけどりだ」

「焼いてしまえ」


 先頭のが、がしゃりとそうを構え──

 かしゃり! と、

 妙に手応えの薄い音を立てた。


「ぱおっ?」

そうひとつに、火薬は三発……」


 瞬間、それまで逃げに徹していたようかんが、名刀・きんつばをずらりと抜き放ち、


「からくりがわかれば、大した武器ではないな!」


 しゅばりとの群れに躍りこんだ!


「撃て。うて」

「弾がないぞ」


 慌てふためくたちの中に、黒色の旋風がひらめく!

 大振りなおのかわしざま、一斬! 二斬! 三斬! と、カカトのけんを見事に切り払い、の動きをまたたに封じてゆく。


「ぱおおおっ」

「立てないぞ」


 無神経・マイペースなきのこの鬼たちも、普通の猫侍とは比べものにならないようかんの剣力に、さすがにたじろいだ様子である。


「いずれの足のけんも斬った」


 はくじんを尻尾で包み、器用に血を拭うと、ようかんは名刀をしゃりんとさやに納める。


「おとなしくしていろ。……案ずるな、れが必ず、猫に戻してやる」


 つぶやようかん

 このたち、そのなりたちは……

 心を支配された猫が、変異させられたものである。

 かつて、邪悪の法術師「あまくさげつぺい」の法力により、びようの民の多くがこのに変えられてしまった。そのときようかんはこのあまくさを討ち、その呪力を解き放っている。


(やはりあまくさの仕業とみてまず間違いない。しかし、やつの遺骸は小判寺に封じたはず……)


 身動きとれぬキノコ兵たちを見下ろし、思案するようかんの耳に……


「ぱおぱおぱお。さすがだな、くろいねこ!」

「む」


 びようの町の高い丘から、勝ち誇ったような、の笑い声が飛び込んできた。

 百人長であろうか? 金の装飾のあるかつちゆうは、他のきのこ装備とは一線を画す豪華さであり、知能も若干だが勝っているようだ。


「おまえが強いのはわかった! でも、びよう城の猫はどうかなっ」

「なに!?」

「うぉれの号令ひとつで、このカエンタケりゆうだん砲が火をふくぞ。びよう城は火の海だ。焼き猫百人前の完成だ! いかにお前とて、この人数の砲撃を止めることはできまいっ」


 高い丘の上には、ずらりと並んだ兵が一様に城に機械けの砲を向けており、なんだか緊張感なくぼけっとようかんを見下ろしている。


(なるほどらしい。武士道をかいさぬやり方だ)


 いかにようかんが俊足の四つ足を持つとはいえ、ここからでははくじんは届かぬ。全力で走っても一分、その間に砲は放たれてしまうだろう。

 びよう城の中には『さびつき』に苦しむじいしばふねが、逃げることもままならずに寝込んでいるはずである。


(さあて。どうする、八代将軍?)


 は気が短い。ひとまず今は、やつらの機嫌を取って時間を稼がねば。

 ようかんは〝しゃりん!〟と名刀を掲げ、百人長に見えるようひらひらと振った。


「お主らが欲しいのは余の身柄であろう。火砲を撃たぬなら、抵抗せぬと約束する。こちらへ使者を向けよ!」

「殊勝なやつだ。刀を捨てて、そこで待ていっ!」


 百人長と、ようかんの間に交わされる会話の、すぐ横で……


「ひまだぞ」

「撃ちてえなあ」

「撃つぞ」

「だめだぞ。百人長に怒られるぞ」

「パオー」

「でも、撃たなくても怒られるぞ」

「それも、そうか」

「撃つぞ」

「撃つぞ」

「パオー!」


 どかんっっ! どかん、どかんっっ!

 我慢のきかなかった兵の砲弾が、次々と高台から放たれた。燃え盛る胞子の砲弾はびよう城に次々に着弾し、炎と黒煙を上げる。


「!? ばかな、何を!」

「あっ、ばかもの──!! 誰が撃てといったのだ」

(おのれ。頭の足りぬ連中!)


 部下が隊長のう事を聞かぬことまで、流石さすがようかんも予測できなかった。ようかんとつきんつばを口にくわえると、四つ足になって町の屋根を跳ね跳び、びよう城へと跳ねてゆく。


「うわ──!! 助けてくれ──っ」

「上さま──っ!!」

じい……無事でおれ!)


 己の身が焦げるのもいとわず、ようかんしきに飛び込もうとする、その刹那。


「どけえっ、クロネコ!」

「!?」


 びゅんっっ!

 瞬時によじったようかん身体からだを、何かせんこうのようなものがかすめた。

 それは中空に直線を描いて瓦履き屋根に突き刺さり、

 ばぐんっっ!!

 と、城の屋根を覆い尽くすほどもある青緑色のキノコをそこから咲かせた。

 ゼリーのような質感のそのキノコは、傘の裏から水滴のような胞子をざあざあと降らし、炎に包まれていたびよう城をまたたに鎮火してゆく。


「なんだぁっ」

「ようかんめ、なにをした」

「これは。キノコじゃないかあ」


 慌てふためくたちの一方、


「こ、これは……!?」


 より驚いたのは、ようかんのほうである。

 幻術ではない。確かな質量を持った、水のような『キノコ』が、城の火を消し病猫たちを救っているのだ。あまりの光景に、とつに次の行動を取れずにいる。


「梅雨ダケだ。水に毒はないから、安心しろ」


 聞き慣れない声。いや、つい先ほど聞いた、この声は……!


「お主は!」

「弾が来る! ぼさっとするなッ!」


 背後から、しゅばんっ! と空に飛んだ赤い影。影は、ようかんを狙って飛んできていた火砲のりゆうだんに向かい、竜巻のようにその身体からだを回転させると、


「うぉぉらッッ!」


 ずばんっっ!!

 まるで大おのの一ぎのような蹴りで、りゆうだんを蹴り飛ばした!

 りゆうだんはそのまま逆の放物線を描いて高台にはねかえされ、さくれつし、の軍勢を「わあわあ」「ひゃあ~」と逃げ惑わせた。


(でたらめな!)


 風に燃え立つ髪。

 ようかんの隣に降り立つ、その素戔嗚すさのおがごとき少年は……

 やはり先ほどようかんの助けた、人間のかたわれに相違ない。


「命の恩は返すぜ。城には俺が行く! 将軍様は町を頼む」

れを知っているのか。貴様、何者だ?」

あかぼしビスコ。キノコ守りだ!」


 それだけ言って屋根を蹴る。


「……キノコ守り……!?」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
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