火に包まれ、ゴロゴロと転がる仲間を見て、鬼ノ子たちがわずかに慄く。
「火をつかえ」
「いぶせ」
どうんっ、どうんっっ!!
火斧が噴く爆炎が次々に炸裂し、羊羹に向けて放たれる。羊羹は民家の屋根を跳ね跳んでそれを避けるも、カエンタケの砲撃はまったくでたらめな威力で、木や藁をぶっ飛ばしながら羊羹を追いつめていく。
(ふむ。かつての鬼ノ子より手強い。妙な火を使う)
火の粉が、黒い毛先を、ちりちりと焦がす!
「すもーく、もくもく!」
「ようかん! どうした かかってこい」
「やねが なくなるぞ」
「あまもりするぞう」
口々に羊羹を挑発しながら、どうんっ、どうんっ! と火斧を連発する鬼ノ子たち。このままでは猫摩の町は消し炭だ……と、羊羹が、とある屋根の上で立ち止まる。
「観念したぞ」
「いけどりだ」
「焼いてしまえ」
先頭の鬼ノ子が、がしゃりと火斧槍を構え──
かしゃり! と、
妙に手応えの薄い音を立てた。
「ぱおっ?」
「斧槍ひとつに、火薬は三発……」
瞬間、それまで逃げに徹していた羊羹が、名刀・金鍔をずらりと抜き放ち、
「からくりがわかれば、大した武器ではないな!」
しゅばりと鬼ノ子の群れに躍りこんだ!
「撃て。うて」
「弾がないぞ」
慌てふためく鬼ノ子たちの中に、黒色の旋風がひらめく!
大振りな斧を躱しざま、一斬! 二斬! 三斬! と、カカトの腱を見事に切り払い、鬼ノ子の動きを瞬く間に封じてゆく。
「ぱおおおっ」
「立てないぞ」
無神経・マイペースなきのこの鬼たちも、普通の猫侍とは比べものにならない羊羹の剣力に、さすがにたじろいだ様子である。
「いずれの足の腱も斬った」
白刃を尻尾で包み、器用に血を拭うと、羊羹は名刀をしゃりんと鞘に納める。
「おとなしくしていろ。……案ずるな、己れが必ず、猫に戻してやる」
呟く羊羹。
この鬼ノ子たち、そのなりたちは……
心を支配された猫が、変異させられたものである。
かつて、邪悪の法術師「甘草月餅」の法力により、猫摩の民の多くがこの鬼ノ子に変えられてしまった。そのとき羊羹はこの甘草を討ち、その呪力を解き放っている。
(やはり甘草の仕業とみてまず間違いない。しかし、奴の遺骸は小判寺に封じたはず……)
身動きとれぬキノコ兵たちを見下ろし、思案する羊羹の耳に……
「ぱおぱおぱお。さすがだな、くろいねこ!」
「む」
猫摩の町の高い丘から、勝ち誇ったような、鬼ノ子の笑い声が飛び込んできた。
百人長であろうか? 金の装飾のある甲冑は、他のきのこ装備とは一線を画す豪華さであり、知能も若干だが勝っているようだ。
「おまえが強いのはわかった! でも、猫摩城の猫はどうかなっ」
「なに!?」
「うぉれの号令ひとつで、このカエンタケ榴弾砲が火をふくぞ。猫摩城は火の海だ。焼き猫百人前の完成だ! いかにお前とて、この人数の砲撃を止めることはできまいっ」
高い丘の上には、ずらりと並んだ鬼ノ子兵が一様に城に機械仕掛けの砲を向けており、なんだか緊張感なくぼけっと羊羹を見下ろしている。
(なるほど鬼ノ子らしい。武士道を解さぬやり方だ)
いかに羊羹が俊足の四つ足を持つとはいえ、ここからでは白刃は届かぬ。全力で走っても一分、その間に砲は放たれてしまうだろう。
猫摩城の中には『さびつき』に苦しむ爺・柴舟が、逃げることもままならずに寝込んでいるはずである。
(さあて。どうする、八代将軍?)
鬼ノ子は気が短い。ひとまず今は、奴らの機嫌を取って時間を稼がねば。
羊羹は〝しゃりん!〟と名刀を掲げ、百人長に見えるようひらひらと振った。
「お主らが欲しいのは余の身柄であろう。火砲を撃たぬなら、抵抗せぬと約束する。こちらへ使者を向けよ!」
「殊勝なやつだ。刀を捨てて、そこで待ていっ!」
百人長と、羊羹の間に交わされる会話の、すぐ横で……
「ひまだぞ」
「撃ちてえなあ」
「撃つぞ」
「だめだぞ。百人長に怒られるぞ」
「パオー」
「でも、撃たなくても怒られるぞ」
「それも、そうか」
「撃つぞ」
「撃つぞ」
「パオー!」
どかんっっ! どかん、どかんっっ!
我慢のきかなかった鬼ノ子兵の砲弾が、次々と高台から放たれた。燃え盛る胞子の砲弾は猫摩城に次々に着弾し、炎と黒煙を上げる。
「!? ばかな、何を!」
「あっ、ばかもの──!! 誰が撃てといったのだ」
(おのれ。頭の足りぬ連中!)
部下が隊長の云う事を聞かぬことまで、流石の羊羹も予測できなかった。羊羹は咄嗟に金鍔を口に咥えると、四つ足になって町の屋根を跳ね跳び、猫摩城へと跳ねてゆく。
「うわ──!! 助けてくれ──っ」
「上さま──っ!!」
(爺……無事でおれ!)
己の身が焦げるのも厭わず、羊羹が屋敷に飛び込もうとする、その刹那。
「どけえっ、クロネコ!」
「!?」
びゅんっっ!
瞬時に捩った羊羹の身体を、何か閃光のようなものが掠めた。
それは中空に直線を描いて瓦履き屋根に突き刺さり、
ばぐんっっ!!
と、城の屋根を覆い尽くすほどもある青緑色のキノコをそこから咲かせた。
ゼリーのような質感のそのキノコは、傘の裏から水滴のような胞子をざあざあと降らし、炎に包まれていた猫摩城を瞬く間に鎮火してゆく。
「なんだぁっ」
「ようかんめ、なにをした」
「これは。キノコじゃないかあ」
慌てふためく鬼ノ子たちの一方、
「こ、これは……!?」
より驚いたのは、羊羹のほうである。
幻術ではない。確かな質量を持った、水のような『キノコ』が、城の火を消し病猫たちを救っているのだ。あまりの光景に、咄嗟に次の行動を取れずにいる。
「梅雨ダケだ。水に毒はないから、安心しろ」
聞き慣れない声。いや、つい先ほど聞いた、この声は……!
「お主は!」
「弾が来る! ぼさっとするなッ!」
背後から、しゅばんっ! と空に飛んだ赤い影。影は、羊羹を狙って飛んできていた火砲の榴弾に向かい、竜巻のようにその身体を回転させると、
「うぉぉらッッ!」
ずばんっっ!!
まるで大斧の一薙ぎのような蹴りで、榴弾を蹴り飛ばした!
榴弾はそのまま逆の放物線を描いて高台にはねかえされ、炸裂し、鬼ノ子の軍勢を「わあわあ」「ひゃあ~」と逃げ惑わせた。
(でたらめな!)
風に燃え立つ髪。
羊羹の隣に降り立つ、その素戔嗚がごとき少年は……
やはり先ほど羊羹の助けた、人間のかたわれに相違ない。
「命の恩は返すぜ。城には俺が行く! 将軍様は町を頼む」
「己れを知っているのか。貴様、何者だ?」
「赤星ビスコ。キノコ守りだ!」
それだけ言って屋根を蹴る。
「……キノコ守り……!?」