錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫

1 ①

 ウーヤア ウーヤア

 あいほー

 ウーヤア ウーヤア

 うーら・ひーほう


 ときに かむつち

 でたか でないか

 つきのキノコの

 くもがくれ


 しめじ さいたか

 ありゃ まだかいな

 まだかな まだかな

 ウーヤア

 あいほー


 ひときわ大きなゲルの中、かがりに照らされて、スポアコたちが歌い舞う。

 もう、どれほど続いたことか……

 皆、一様に汗だくだ。

 耐え兼ねて、


「おい。いつまでやるんだ!?」

「しっ! 黙って」


 上座に座らされたビスコを、横からチャイカがたしなめる。


「大地から返事があるまでよ。スポアコに伝わる大事なとうなの。北海道にお伺いを立てているのよ。あのキノコが欲しいなら、がまんして」

れいびようのことか?」

「こら、だめだったら!」


 ぺしん! とチャイカに鼻っ柱をはたかれて、ビスコが不満げにうめく。


「直接その名前を呼ぶのはごはつなのよ。北海道はあまのじゃくなの、欲しがってるのを悟られたらいけないわ。あれ、とか、月のキノコと呼んで」

「地上でこんな事してるより。体内に潜って、直接探しに行った方が……」

「おどれら──ッッ!」


 同じく上座に座る族長カビラカンの怒声に、ビスコがびくりとすくむ。


「なんじゃあそん舞は。気持ちばまったくこもっとらんね。そげなことでは、北海道からお恵みなんぞ、望むべくもねえぞお───ッッ!」

「「ウー・ヤア」」

「わかったら最初からじゃあ。ええな!」

「「ウヤア……」」

「勇気がねえど!!」

「「ウー・ヤアーッ!!」」


 荒くれのスポアコたちは、カビラカンの一喝に再び隊列をととのえ、激しい舞を再開する。ビスコは客人用のおおがいとうに身を包んで、それをげっそりと見やり、


(くそ……ミロのやつ、うまいこと抜け出しやがって……)


 にこにこと片腕に抱き着くチャイカをほどけもせず、口の中でつぶやくのだった。


「ヒソミタケに……」

「ユラギタケ、ウツツヨダケ。」

「オニフスベに、ツチグリ……こんな狭い範囲に、こんなに。」

「やっぱり、北海道の自然は別格だ……病気がないわけだよ」


 苦しむ相棒を地表の里に残して、ミロは。

 パンダ医師の本領を発揮して、薬剤や滋養に役立つキノコや植物の採集にいそしんでいた。

 北海道自体が高速で泳ぐため、草原は常に風になびいている。夏の日本海ということもあり地表の雪はすっかり溶け、すさまじい生命力のおかげであろう、本州では極めて珍しい薬用キノコがそこらじゅうで芽吹いていた。


「……うん! これだけあれば、赤ちゃんの養育にはじゅうぶん」


 ミロは目ぼしいものをひとしきりバックパックにしまって、


「あとは、れいびようさえあれば……」


 ひとつそうつぶやいた。

 赤ちゃん、というのは……

 姉、ねこやなぎパウーの身体からだについてである。

 いま、パウーは懐妊をきっかけに、ミロの強い圧力によって戦士としての一線を退き、あらたに起こるしんけんべにびしの国でシシのもと静養している。

 はらに宿るはなにしろキノコ半神と人間のハーフ、手探りで育てていくしかないだろうし先は思いやられるが、まずはとにかく、安全に出産することが命題であった。

 そのためには、胎内でビスコから受け継ぐはずの『ちようしんりき』を安定させる必要があり、ミロの処方によればその対処薬はただひとつ……

 過剰進化をリセットする神のキノコ『れいびよう』をおいて他にない。

 出産予定ははるか先だが姉のこととなれば行動の早いミロ。ビスコをて、いま共にこうして北海道の大地にあった。


「アクタガワ! お待たせ。ビスコの所へ帰ろう!」


 暇そうに土をほじっていたアクタガワが、ミロの声に振り返る。掘り当てられたモグラが、間一髪命拾いしたように再び地中へ潜っていく。

 ミロは背中へ飛び乗りながら、


「ねえ。アクタガワも子供が生まれたら、なんて名前にする?」


 ポコ(泡)。


「じつはね、もうビスコと決めたんだ。リューノスケ、でどう?」


 ポコ(泡)。


「ねえ、興味ないの? もう、ビスコと似て淡泊だなあ……」


 ミロはさわやかな笑顔でそこまで言って、急に、


(……うっ??)


 胃のほうからこみ上げる強烈なおう感に胸をおさえた。あわててアクタガワを飛び降り、草陰にうずくまって、


「おええっ。おえ、げ──っ……」


 びたびたびたっ、と、胃液を吐き出す。

 おうはしばらく続き、ようやく収まったころ、ミロは口元を拭いて息を落ち着けた。


(はあ、はあ…………まただ。この吐き気、いったいなんだろう?)


 これが初めてではなかった。

 ちょうどパウーの懐妊と時を同じくして、ミロは強烈な胃部不快感やおう、食欲不振を覚えることになったのだ。

 ミロも医師であるから自分の容態はわかりそうなものだが、どうやら悪性の菌や毒によるものではないらしく、手の打ちようがなかった。むしろ逆に、体内に満ちた生命力があふれかえるような形で、おう反射が起こるようなのだ。

 しんごんきゆうをはじめとする二身一体のおうを繰り返すたび、ミロは相棒からばくだいな生命力を受け取ることになるので、そのオーバーパワーが原因かと思われた。

 とくにあせってはいないし、ビスコにも言っていないのだが……


(言ったほうがいいのかな。でも……なんでだろ、気が引けて……)


 不思議そうに引き返してくるアクタガワに笑顔を投げて、ミロが近寄る、そこへ……


「ミロ! 無事にとうが終わったわ!」


 草原のはるか向こうで、チャイカが手を振るのが見えた。その背後には大柄なカビラカンが節くれだった手を娘の肩に置いている。


「いまちょうど、乳豆のお酒をれたのよ。チャイカたちとお昼にしましょ」

「冷めねえうちにみに来ぃ。あかぼしば、付き合いの悪ぃでつまらねぇが」

(それはしかたない。ビスコは下戸だからね)


 ミロは大きく手を振って「いまいく──っ」と答えると、アクタガワに飛び乗り、手綱を握って……

 ふと。

 はるか前方の二人を覆う、巨大な影に気が付いた。不思議な気配を覚えたミロが、そこから上空に視線を移すと……


「……!? なんだ、あれは!?」


 そこには、うずたかく積み上がった雲を突き破って、何か巨大な浮遊物体が顕現していた。

 あまりにも突然、

 これほど巨大なものが、いつの間にそこに存在したのか……

 事態を把握できずにあつられるミロに構わず、浮遊体は水のような船底を、ゆるやかに波打たせている。


「なんじゃ、ごいつは! まがかみか」

「急に現れた。お父様、怖いわ!」


 娘を守るカビラカンのにらむ、その上空から、



『…………。』

検証アナライズ ヲ 完了。』

『未捕獲生物【北海道】 メス個体 ト 確認。』

『推定生命力──』

『──12億3800万ライフラ。驚異的 数値 デス。』

『大統領 ゴハンダン クダサイ。』

『…………。』

『閣議決定ヨシ。キャプチャ・ウェーブ スタンバイ。』

『タダチニ レスキュー スル。』



 浮遊体はやおら、青白く暖かい光を放ち、大地に放射した。円形の光は徐々に、だんだんと素早くその範囲を広げ、チャイカたちはおろか、スポアコたちの集落まるごと包み込む。


「いやっ、何これ!?」

「ワシから離れるな! ……ウーヤア、な、なんじゃァッ」


 どっしりと落ち着いたカビラカンに似つかわしくない、きようがくの声。

 無理もない……

 筋骨隆々、120㎏を超すその身体からだは、今や娘ごとふわりと宙に浮いているのだ!


「踏ん張りがきかねえ。身体からだが浮いっちまう!」

「そ、そんな! 族長! チャイカ──ッッ!」

「だめ、逃げてミロ! チャイカたちのことは……きゃあ──っっ!!」


 ぎゅおんっっ!!

 捕まえられてしまえば一瞬であった。カビラカンとチャイカは、キャプチャ・ウェーブの驚異の吸引力によって浮遊物体に吸い上げられ、うずしおのように巻く船底に、またたくまに吸い込まれてゆく。

 さらに、


「ウーヤアーッ!? なんだ!?」

「オワワ。ゲルが浮いちまうでな」

のんなことゆうな。皆、天に召されっちまうどーッ!」


 スポアコたち、いや、地上に構えられた集落それ自体が、暖かい光の中でどんどん吸い上げられていく。すさまじい規模、驚天動地の脅威という他ない。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影