錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫

1 ③

 知的好奇心に負けて、そのシリンダの中を凝視してしまう。


「おいッッ! 何してんだミロ、集中しろッ!」

「だって! ……見てよ、見たことない生き物ばっかり……!」

『その左前方はオオカワウソ、ならびにボルネオオランウータン。右後方はダイオウイカ。ならびにベンガルハゲワシ……いずれもさびの影響が極めて少ない、清浄生命体といえる。これらは言うまでもなく実に貴重で……危ない、シリンダを収納!』


 急に慌てた声が響き、瞬時にすべての生命シリンダが床下に格納された。それから間一髪、怒りのおおばさみが『ぶおんッッ』と振り抜かれ、少年たちの髪をなびかせる。


「ああっ、アクタガワ!」

「落ち着け!! 知らない動物ばっかりで、興奮したんだな」興奮しきったアクタガワに慌てて駆け寄り、その脚をでてやるビスコ。「大丈夫だ、お前より強い生きモンはいない!」

『フウム貴重な生命体を失うところだった。アクタガワ君、強い弱いが生命の価値ではない。かにとしてもう少し大人になりたまえ』


 ぽこぽこぽこ(怒泡)!


「偉そうに説教くれてんじゃ……!」


 ビスコが声にみして振り返り、ふと……

 一同の足元に、ひたひたと湧いて太陽を照り返す、みずまりの輝きに気が付く。

 いつの間に?


「さっきから一方的に、きようだぞ! 僕らに姿を見せないで!」

『姿を、見せないで、とは?』



(…………潮の匂い? この空の上でか。そもそもこの船、さっきまで乾いてたはず!)



『心外だ。すぐそばで話しているのに』

「ミロ! 何かやばいッ、こっちへ──」


 ずわっ!!

 何の前触れもない。甲板の床から、渦巻くような──


『海水』が!

 とぐろを巻いて湧き上がり、おびただしい質量をもってミロの身体からだを巻き込んだのだ。


「──うわァ──ッ!?」

『当職は〝ここ〟だ』


 渦潮は勢いを増し、ミロの身体からだをぐるぐると振り回す!


『……ブリリアント! ママの言う通りだ。驚くべき生命力。これが人間なのか!?』

──ッッ!!」

つかまれ、ミロっっ!!」


 ビスコは渦潮を切り裂くように弓を振り抜き、ミロが伸ばした手につかまらせた。そのまま強引に相棒の身体からだを水から引っこ抜けば、盛大な飛沫しぶきが太陽にきらめく。


『わはははは……』


 海水はたわむれるような笑い声を上げて、ミロをビスコに譲るようにそこから退く。すると、広く見渡せる甲板の中央部から、『がしょん』と何かが唐突にせり上がった。

 3mはあろうかという、大型の『潜水服』である。

 海水はその白塗りの潜水服に潜り込み、頭部までを自分でいっぱいにする。潜水服はそれを切っ掛けに動力をオンにしたらしく、


『メイク・ジ・アース──』


 両の足を『ズシン!』と踏みしめると、


『グレイト・アゲインッッ!!』


 天空を誇らしげに指さし、身体からだ中から盛大に飛沫しぶきを噴き出した。

 少年たちは……

 き込むのも忘れて、ただ目を見開き、あつられるしかない。

 その巨大な『潜水服』は絶えず後頭部から波のような飛沫しぶきを噴き出しており、見ようによってそれは水の頭髪のようにも見える。背後の衣装棚からジャケットを羽織り、ネクタイを潜水服の上から不器用に締めて……


『失礼、この服がなくては形が保てないのだ。……ふむ、ちょっと太ったかな?』

「び、ビスコ……あ、あれは、な、なに!?」

「お前がわかんなくて、俺にわかるわけねえだろ!」

『箱舟大統領・メア。メア大統領と呼んでくれたまえ』


 潜水服……もとい、メア大統領が太い腕を組み、無貌にごぼりと泡を立てる。


『当職はすべての生命体の代表として信任を受けたもの。あるいは貴職らはすでに、当職を〈海〉と呼び当てている』

「「う……海ぃぃ!?」」

『みごと東京の怨念に打ち勝ち! 滅びのさびを生き抜いた日本の生命体を保全する前に、まずはハイネケンで乾杯といきたいが……』


 メア大統領は『ふむ』と一拍置いて、少年たちの背後を見やった(らしい)。


『貴職らの御友人は、どうやらそういう雰囲気でもないな』

「!? アクタガワ!」


 二人がその言葉に振り向けば、

 アクタガワがすっかり敵意をしにして、そのおおばさみを振り上げているところだった。ビスコより先にアクタガワがキレてしまうというのは、過去にないことだ。


「待てアクタガワ! こいつは話をする気だ、手を出すのはまだ……」

「! うわっ、ビスコ、あぶないっ!」


 ミロが相棒のがいとうを引っ張り、間一髪、ぶおんっ! と振り抜くアクタガワのおおばさみをかわす。ゴロゴロと転がり避ける二人を振り向きもせず、アクタガワはそのごうさでもって、猛然とメア大統領に向かっていく。


「あいつ、どうしちまったんだ!!」

「わからない。けど、『命を軽く見られた』とき、アクタガワは怒る!!」


 ミロが戦慄わななきながら、鎮静剤のアンプルをサックから引きずり出す。


「早く止めないと! あいつのあの余裕、きっと得体の知れない力を……」


 立ち上がって駆け出そうとする、その刹那。


「うっ……!? ごぼっ!」

「ミロ!?」

「ごぼぉっ。ゆげええ……」


 びたびたびたっ!!

 唐突な変調がミロを襲い、胃の中の水をびたびたと吐き出させる。とつに助け起こすビスコだが、相棒の顔は真っ白に血の気が引いている。


「お前まで! さっき何かされたのか。おい、しっかりしろ!」

「く、苦し、い……おなかが……」

『……これは奇妙だ』


 一方のメア大統領、不思議そうにミロを観察し、


ねこやなぎ君に、生命反応が二つ? ──おっと。それどころではない』


 ぐわぁっ! と自身に影を落とすおおがにの迫力に、悠然と向き直る。アクタガワは猛然と身体からだひねり、そのりよりよくのすべてをたたきつけるように、

 ごずんっっ!!

 おおばさみの一撃を、メア大統領めがけて振り下ろした。

 びぎびぎびぎぃっ! とごうおんを立て、箱舟に亀裂が入る!


『……なんというパワーか!』


 しかし!

 そのごつい両腕でおおばさみを受けたメア大統領の身体からだ、もとい潜水服は、両脚を甲板に埋められたもののヒビひとつ入っていない。


『この僅かな年月で、アメイジングな進化だ』


 ぐぐぐぐ……!

 力む身体からだから飛沫しぶきを散らし、


『滅びを生き延びしかにまつえいよ。痛みに耐えよく頑張った。感動した!』


 メア大統領の力がおおばさみを押し返してゆく。アクタガワの怪力を正面から押し返すなど、世界中のどの生命体にも成し得ないことだ。


「そ、そんなバカな。アクタガワより、強いだと!?」

『これは! 貴職への!』


 ばんっっ! とおおばさみはじかえして、メア大統領が大きく腕を振りかぶる!


『敬意の一撃であ───るッッ!!』


 ずばあんっっ!

 ネクタイがはためく。大きく隙を開けたアクタガワの腹部に対して、メア大統領の右ストレートが突き刺さり、箱舟全体を衝撃で揺らした。


「「アクタガワッッ!!」」


 後部六本脚でなおも踏ん張るアクタガワへ襲い掛かる、すさまじい衝撃波。甲板の素材が次々とめくれ上がり、吹き飛ぶ!


『ドライブ・生命保全機構メア・エンジン!』


 必殺技のトリガーとなる、大統領のほうこう。打ち込まれた拳からおびただしい海水が飛び出し、アクタガワを巻き込んで、水の柱となって空へ立ち昇ってゆく。


『その力もて、新たな地平の開拓者となるがよい』

「やめろ────ッッ!!」

『海波! ライフ・オーシャン・ストリ──ムッ!!』


 ずおおおっっ!

 大きく舞い上がった水の柱は、そのまま蛇のように方向を変えると、メア大統領が開いた潜水服の「顔」の部分に、どどどどっっ! とすさまじい勢いで吸い込まれていく。アクタガワは海水の中で必死に抵抗していたが、その後ろ脚が大統領の顔にかかった瞬間、

 しゅぽんっっ!

 と、大きく音を立てて、


『 保 全 完 了 ! 』


 そのまますっかりメア大統領の顔の中に吸い込まれてしまった。


「あ……ああ……っ!! そんな!」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影