錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫

1 ④

 不純物として『でろ』と吐き出されたバックパックを顔から引きずり出し、メア大統領はそれを無造作に箱舟から空へ投げ捨てる。そして胸ポケットのハンカチで顔の周囲を拭うと、身体からだ中にみなぎるアクタガワの生命力に、噴き出す飛沫しぶきをいっそう強くした。


『グレイトフルな生命力。力がみなぎる!』

「てめえッッ!! アクタガワを、どこへ飛ばしやがったッッ!」

『おめでとう! アクタガワ君は、無事、当職の身体からだに格納された』


 ミロをかばって、み付くようにえるビスコへ、メア大統領が……さも喜ばしいことを共有するように語り掛ける。


きたる〈大波濤ジエノサイダル〉を生き延びる権利を与えられたのだ。大きな一歩だ。捕獲ほやほやの大陸生物・北海道をはじめとして、この日本には、保全するべき超生命体が山積している』

「アクタガワと、北海道が……身体からだの中に!?」


 さっきから驚くたびにくミロ。ビスコは苦しそうなその背中をでながら、


「それじゃチャイカも。スポアコの皆も、おまえの中にいるのか!?」

『そうなのでは? いちいち確認していないが。めでたいことだな。おっと、あせらずとも……無論のこと、貴職らにもその権利がある!』


 メア大統領は喜色満面(だと思われる)の顔にぼこぼこと泡を立てて、アーミーの募兵ポスターさながらに『びしっ』と二人を指さした。


『JOIN US! 遠慮せず当職の胸に飛び込みたまえ!』

「ミロ、やれるか!?」

「あなどらないでッ!」


 覚悟を決めれば動きは早かった。ミロは乱暴に口を拭うと、ぎらりとしようじようにエメラルドのキューブを顕現させ、


wonウオン / shadシヤツド / vivikiヴイビキ / snewスネウ!」


 しんごんきゆうの呪言を唱える。


「! きたぜ、この感覚はッ!」


 キューブは弓引くビスコの両手に、輝く虹色の橋を架け……


『ムウ!? これはッッ』

「顕現、」

「「ちようしんきゆうッッ!!」」


 ずわおっ!

 衝撃とともに、ビスコ&ミロの持てる最高おうちようしんきゆうを顕現させた。

 箱舟にすさぶ風に吹かれて、ナナイロの胞子が弓からほとばしり、二人の少年をこうごうしく照らす。それは『知性持つ海』メアをして、


『ビューティフォー……!』


 れ、感嘆させる眺めであった。


「おい大統領ッッ!! 今ならまだ撃たねえで済む。お前が吸った命をぜんぶ戻せ!」

『君は破滅主義者かね? マイノリティに発言権はないぞ』

「あるよッ! 世界はどうかしらないけど。日本の命は、おまえを信任してないぞッ!」

『なにい──!』


 大統領のアキレスけん……!

 世紀末日本から、いまだ信任ならず!


『──野党か貴職ら。生命改革イノベイシヨンに、いちいち理解を得ている暇はないッ』


 その言葉は言ったミロの思惑よりはるかにメア大統領に打撃を与えたらしい。『ぼごぼごぼごっ』と身体からだを沸騰させ、憤然と身体からだから蒸気を噴き上げる!


『よかろう。それに耐えることが信任たるのなら、受けてやる。ちようしんきゆうとやら、放ってみよ! 当職の政治理念は絶対無敵インビンシブル。たかだか矢の一発で──』


 自信満々に言い募るその耳元に、

 ちゅるんっ! と海水が受話器の形を取って顕現し、りりりりん、と音を立てた。


『む。ちょっと失礼、ママから電話コールだ。ママ困るよ、いま公務中で──』

「そっちがその気ならなァァ───ッッ!!」

『──え。ちようしんきゆうは撃たせたら終わり? 防御力は関係ない!? ヘイ、ママ! そういうことは早く言ってくれないと。対案を要求する!』


 急にしどろもどろに慌てだすメア大統領の眼前で、二人の少年は胞子を大きく噴き上げ、臨界寸前までお互いを高めていく。


「ミロ、撃てるぞ!」

「……待って。お、おかしい……!」


 必殺まで今一歩のちようしんきゆうは、しかし。


『オー、ゴッド! まだ辞任は考えていない! このような事態、誠に遺憾で……』

「痛い……お、おなか、が……!」

『おや?』

「ミロ!? だめだ集中を切らすな! 弓が……うわァッ!!」


 しゅぱんっ! と、弓からはじかれる、ビスコの両手!

 形成に極限の集中を必要とするちようしんきゆうは、ミロの身体からだを襲う強烈な痛みにより、弓の形を保てなくなってしまう。

 分解されたちようしんきゆうの胞子は、なんとあろうことかそのままミロ自身へ襲い掛かり──

 ごごごごっっ!! と口から体内に潜り込んでゆく!


「うわあ──ッッ! ごぼごぼごぼ、ごぼーっ!」

「ミロッッ!!」


 ナナイロの胞子はちようしんきゆうの力をそのままに、身体からだの中で暴れまわる。許容量をはるかに超えた生命力が体内で暴れる感覚に、ミロはいてもがき苦しむ。


「うわああっ。何かいるっ。僕の、なかに、何か!」

「腹に何か居るだって!? 何かまされたんだな。ミロ、しっかりしろッ!」

「助けて。ビスコお願い、怖いよっ」

「畜生、野郎ォォッ」


 ぎんっっ! と、それ自体が矢のようなビスコの瞳で射抜かれて、メア大統領は『ええっ』と困惑気味に後ずさった。


「ミロの身体からだに、何をしやがったッ!!」

『秘書が行ったことで記憶にございません。ではなく本当に当職は何も……!』


 メア大統領、そこで『いや待て』とはたと落ち着き、


『どこに言い訳をする必要が。いま有利なのは当職では?』


 やおら自信を取り戻して、両の足でずしんずしんと前進してくる。


『なんだか知らんが助かったらしい。大統領たるもの運も持ち合わせるものだ。さあ、おとなしく保全されたまえ』

「くそッ。やらせるかッ!」

「ビスコ!」


 自分の前に立ちはだかろうとするビスコの手を、こんしんの力で抱きしめるミロ。ビスコはその予想外の力に引き寄せられて、震える相棒を抱く形になる。


「だめ、こわい、離れないで!」

「どうしたんだ、バカ! そこに敵がいるんだぞッッ!」

「何かが出てくる! 僕の中から、なにかが……か、かひゅッ、ごぼっ」


 とうとう、喉から絞り出すような音を出すのみとなった相棒へ、ビスコもそうはくになって手を握ってやる。


「ミロ!」

生命保全機構メア・エンジン・ドライブ!』

「ビスコ、もう……!」

「心配するな。死ぬときは一緒だ!」

「う、産まれるう……!」

「──はあっ!?」

『安寧を享受せよ! 海波! ライフ・オーシャン・ストリィィ──ムッッ!!』


 ごうッッ!

 大統領のてのひらから噴き出す津波の竜巻。その圧倒的質量! 生命海の奔流に二人はもはやなすすべもなくみ込まれる、

 その寸前に!


「 お え゛ 」


 しゅぽんっっ!


「 マ゛ ──────── ッッ!! 」


 何か、半メートルほどの輝くものが。

 空を裂くようなうぶごえを上げて、ミロの口から飛び出したのだ。輝く小さなものは光のごときスピードで跳び上がり、大きく腕を掲げるメア大統領の顔面に、


「 マ゛ゃ─────ッッ!! 」


 べぎんっっ!!

 わいい足で核兵器のごとき威力の蹴りを繰り出し、


『──ごおわあああああああ───ッッ!?!?!?』


 潜水服をべこべこにへこませて、甲板のはるか向こうにそのたいをぶっ飛ばした。

 どがんっ、ずがんっ!! 二度、三度と地面を跳ねるそのありさまを見送って、


「 ず っ どどど──んっっ! 」


 小さなものは片手を上げ、勝利のたけびを上げた。

 あつられたのは……

 メア大統領より、少年二人のほうである。


「な、」

「なんだああっっ!?」

「ママ───っっ」

「うわっ!?」


 小さなものは、ぼうぜんとするミロに跳びついてその身体からだを押し倒すと、顔をのぞき込んで、まんまるなきらきらの瞳をぱちぱちとしばたたいた。


「まんま」

「ま……ママって、ぼくが!?!?」

「ぱっぱ」

「ええっ! 待て待て待て! 身に覚えが……」

「きゅははっ」

『な、なあんという……』


 じつに距離にして50mほどはブッ飛ばされたメア大統領が、潜水かぶとの向きを直しながら、ぎぎぎ、と立ち上がる。

 その気風は意外なことに、


『なんという、ぎようこう!』



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影