錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫

1 ⑤

 喜びに満ちている!


『ママが言っていたのはのことか。キノコの果ての弓が産む、あらたな生命……! 人間のその先、進化の末の最たるもの!』

「ビスコ! あいつ、まだやる気だよ!」

「マンマ~~」

「だ、だめだよ! きみを守らなきゃ……あははは! くすぐった……」

究極菌生命ミラクル・スポア・キツド! 当職の中にお迎えできることを光栄に思う。メア・エンジンの全力をって! 貴職を、滅びの大地から救って進ぜる──ッッ』


 眼前に海の力を収束させるメア大統領を見て、ミロはしんごんを練ろうとするも、小さなものにひっつかれたりくすぐられたりで、キューブを操ることができない。


「わああ。ビスコっ! 見てないでなんとかしてよっ!」

「名前を……」

「えっ?」

「名前を、つけるんだ。ミロ」


 ミロが相棒の顔を見ると、ビスコは何か……それこそ、神を目の前にしたかのような、透徹かつけいけんな表情でいる。

 ビスコが無造作に指を差しだすと、


「きゅはっ」


 小さなものは愉快そうにそれをくわえ、がじがじとかじった。


「おまえは神様を産んだらしい。それならそれで、俺にも責任がある」

「認知してくれるの? ……じゃなくてっ、メアが!」

「あんなやつがなんだ。誕生は! 何より優先されるべきことだ。祈りをこめて、この小さな神様に……名前を、つけるんだ、ミロ」

「…………。」

「この世界にお前だけ、それができるんだぜ……」


 澄み切ったビスコの視線にほだされて、この危機的状況でミロは、せいひつな落ち着きを取り戻す。ぱちぱちとしばたたく、父譲りのすいの輝きと、を合わせれば……

 不意に、胸にいっぱいの愛情がミロから湧き上がってきた。そのいとしさを抑えきれず、ミロはその子を抱きしめ、やわらかな頰に自分のそれをすり寄せた。


 ……つらいことを、何も知らないで。

 ただ、愛としあわせだけを吸って、

 甘く、甘く……

 生きてほしい。

 だから、きみは……



生命保全機構メア・エンジンッ・フルパワー!』

らえェいッ、』

『ライフ・オーシャン・ストリィィィ─────ムッッ!!』


 ごうっっ!! と海水が渦を巻いて、尋常ならざる威力でもって三人に迫る。ビスコは母と子を守るため、ずい、とその前に踏み出す。

 その、大災害規模の渦潮が、三人をまさにみ込む、その刹那──


「はじめまして『シュガー』。」

「愛してる──」


 シュガー。

 その名を呼ばれた瞬間、

 ぐわっ、とナナイロの胞子が噴き上がり、シュガーの身体からだの周囲に渦巻いた。

 虹色の赤ん坊は、母のことばをぽつりと繰り返すように……


「──しゅがー。」

「……シュガー!」

「シュガーは、」

「シュガーだぞ─────────ッッ!!」


 ごわあっっっっ!!

 その、ほうこうの、

 すさまじい神威の力! 三人の眼前まで迫っていた渦潮は、


『な、な、何ぃぃ──ッッ!!』


 その極大の質量を、ついに届かせることかなわない。シュガーの放つ音波の盾が、海波を八方へ散らしらし、飛沫しぶきと変えて霧散させているのだ!


『ば、ば、馬鹿なっっ。声だけで、当職の海を裂いただとッ!』

「モーゼも裸足はだしで逃げ出す、アトミック・ベイビーってわけか」


 ビスコはシュガーの音波にばさばさと髪を踊らせて、我が子の超力に舌を巻いた。


「とにかく、流石さすがは俺たちの子……」

「だ、だめだ、ビスコ!」


 ばきばきばきっっ、と、甲板が鳴り、三人の周囲に亀裂が走る。


「抱いてる僕が反動に耐えられない! シュガーはまだ、力の加減がわからないんだっ!」

「ええっ」

「わああっ、飛ばされるッ!」

つかまれ、ミロ!!」

「 マ゛─────────ッッ!! 」


 どうっっ!

 シュガーのほうこうがメア・エンジンの力を上回ると同時に、その身体からだもまた、両親ごと中空に跳ね飛ばされていた。

 もはや全ての力を使い切り、アクタガワも居ない一同は、なすすべもなく……


「「うわあああ───────ッッ!!」」

「キャッキャ」


 そのまま箱舟を飛ばされ、白い雲を抜け、はるか地表へと落下していく。


『し、しまったっっ』


 シュガーの音波によって必殺技を破られたメア大統領が立ち直るには、十秒近くの時間を要した。潜水服が箱舟から身を乗り出す頃には、すでに三人は雲の下に潜ったあとであった。


『……きようがくの極みだ』


 メア大統領はベコベコにへこんでしまった潜水服を見やり、びしょびしょのジャケットを放り捨てると、腕を組んで思考にふけった。


究極菌生命ミラクル・スポア・キツドの誕生を予見してはいたが、まさかミロ君から生まれくるとはかつだった。あれら三つを同時に保全するとなると、たしかに今の当職では厳しい』


 ミロの言葉、「いまだ日本から信任ならず」が、大統領の頭にリフレインする。


『──民意が足りぬ。民意こそ我が力の源。ここは初心に帰って列島を回り、日本国民の信任を集めねばならん!』


 決心したメア大統領は……

 一方で自分のボディと、それ以上に散々に破壊されてしまった箱舟の甲板を見て、いきのニュアンスで自分の体内に泡を立てた。


『しかし船がボロボロではないか……これから選挙活動というのに、えが悪くては話にならん。やれやれ、大統領自ら街宣車のメンテナンスとは、不景気なことだ!』





刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影