錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫

2 ①

 からりと晴れた昼に。

 くちなしの花が白く咲き、伸び行くべにびしの国に甘い香りをかもしている。

 あらたなみやこしんけんを開拓するべにびしの民たちは、その白い肌を汗にきらめかせながら、勤勉に街づくりにいそしんでいる。

 若き王、シシが先頭に立ってくわを振るうことに、べにびしも最初は戸惑ったものだが……

 今では、先王とはまた違う実直なその在り様にすっかり心を打ちとけ、「シシ王様」「おやかたさま」と親愛の情を示すようになっている。

 そのかたわらには、もちろん鉄の判官・ばきそめよしがにらみをかせ……

 王にいらぬ手間をかけぬようにと、諸般すべての雑務を請け負っておる。


そめよしよ。すべての苦労をお前にかけてばかりだ。おれにできることはないのか?」


 シシもこう気遣うが、頑として首を振るばかり。


「心配御無用。泰然として玉座におればよい。それだけが王の務め、器である」

「しかし建国の大事な折だ、金も要るだろう。この宮殿だって、貧乏県に似合わぬごうけんらんぶりだぞ。一体、幾らかかったのだ?」

「喝ッ!」


 ばきそめよし、ひとつ喝破して、


「王たるものが金の心配とは、度量小さきこと。万事、このそめよしにお任せあれ!」


 尺を振りかざし、そう言い切ったものである。

 シシも「はあ」とあきれたようなためいきのあと、椿つばきを咲かせて笑い、言う。


「ありがとう、そめよし。では言葉に甘えよう。今しばらく苦労をかけるぞ」

「苦労と呼ぶにはあまりにまつ。この程度、ホウセン王の半分にも足りぬ」

「ははは!」


 実際、りくどうしゆうごくこそ機能停止しているものの、裁判官としてのサタハバキの需要はいまだ大いに健在であった。送られてくるごとや罪人を次々とさばいてゆけば、じつに一国を支える収入になる。

 仕事風景をのぞいてみれば、


なんじしもぶき商人、双方の店に文句をつけ、なにかと争いばかり。本分の商売をおろそかにし、客をないがしろにしたとある。釈明はあるか」

「つれねが! ひん、あるめんど、けれ。ゆびし、おーぼる!」

「つれねがねが! ひばりゃんご、けれ、ばーびる。ひぼ、おーぼる!」

そめよしさま。しもぶき語はさっぱりですね、いま通辞をお呼びします……」

「要らぬ!!」


 鉄の判官サタハバキ、巨体をずいと持ち上げて、


「商売の心得足らぬは一発の損。そして語学の心得足らぬそれがしも、一発の損」

「「ゆ、ゆほー?」」

「三方ともに、この痛みもて猛省せよ!」


 びしっ、びしぃっ!!

 手加減込みとはいえ、強烈なデコピンを繰り出す! しもぶき商人二人はヘルメットの上からでも伝わるショックに「「よま──っ!!」」とスッ転げてゆき……

 そして一方! ばぎいんっ、と自分の面を思い切りブン殴ったサタハバキ自身も、ものすごい勢いで後方へブッ飛んでゆく。

 どがあんっっ!


「そ、そめよしさま───っっ!?」

「これぞ大岡奉行の名お裁き。三 方 一 発 損 のそれであるッッ」


 れきからヌウと立ち上がり、桜の扇子を広げる大えん


「これにてェ、ぁ一件、落着ゥゥ────ッッ!!」


 かかんっ!


 こんな具合でかなりのスピード裁定だ。

 一日に二十を超す裁判を行うのだが、そめよしの頑強にすぎる身体からだは疲れを知らず……


そめよしさま。お疲れでしょう、お食事のご用意がありますが」

「よい。それより、客人の具合はどうか」

「は。それが……」

「皆まで言うな。それがしが行こう」


 どうやらその『客人』の世話に、ずいぶんと心を砕いているようだった。

 どしん、どしん、とそのきよを揺らして、宮殿の客室へと歩いてゆくと……


「おいっ! 出さないかーっ! これを解け、誰もいないのか!」


 客室からやかましく怒鳴る声が聞こえる。


「シシ──っ!! いないのか!? ここから出してくれ──っ!!」


 サタハバキは、やれやれ、といった風に首を振り、ふすまを開ける。

 そこには。


「ああっ。法務官殿、これはどういうことだっ!?」


 いみはま知事……は辞職したので今はただのねこやなぎパウーが、サタハバキのりよく・桜の枝に拘束されて、ベッドに縛り付けられている。

 服はいわゆるマタニティ仕様の着物に着替えさせられており、えはみやびながら、ゆるりとストレスのないように気遣いがされている(その桜の拘束を除けばだが)。


「身動きが取れない。これを外してくれ!」

「いかぬ!」


 サタハバキ、歯をがちりと鳴らし、


「解けば暴れよう。御身は今や大事な身体からだ……べにびし王シシの名のもとにねこやなぎから預かった以上、かならず元気なお子を産んでもらわねば」

「気が早いのだっ! 私はまだ一ヶ月で……」

「わかっておる。食が進まぬというのだろう……特に御身のような肉食系の御仁は、急な食的こうの変化に身体からだがついていかぬもの。そこで」

(だ、だめだ。ぜんぜん話が通じない!)


 確かに、


「パウーはとにかく無茶が多いから。必要以上に暴れないように」


 そういう注意が医者のミロからあったのは、事実だ。

 ただ任せた相手がまずかった。最初はシシ自身が世話を申し受けたのだが、王たる者の仕事にあらずとしてサタハバキが猛反対。自らが世話を申し出て、今に至る……。

 それでまあ、このばきそめよし

 思いこんだらゼロか百かしかない。母体をおもんぱかる気持ちは充分あるが、方法論がりくどう獄長そのまんまなのだ。


「今からそれがしが、妊婦に優しい料理を作って進ぜる」

「ええっ!?」

「桜のアイスクリームである」


 べにびしの従者により運ばれてくるお料理テーブル。サタハバキはピンク色のわいいエプロンを身に着けると、おけいっぱいの氷に塩を混ぜ込みはじめる。


「氷は塩を加えることで氷点下20度ほどになる。鉄の筒に綿めんぎゆうの乳、生クリーム、そしてそれがしりよくを入れ、この氷の中で冷やす」

「さ、裁判官殿。料理の時ぐらい、籠手を外されては?」

「そうして筒を開け、中身を盛れば……」


 サタハバキの屈強な身体からだがアイスクリームを作る絵面は相当に奇妙なものがあったが、いざ眼前に盛り付けられたそれが出てきてみると……


「おおっ……!」


 流石さすがは美意識に優れるべにびしというべきか、ミントも添えてなんとも見た目のいいスイーツが出来上がっていた。この世紀末日本でなかなかお目に掛かれないえだ。


「腕を解いてやろう。めしあがれ」

「あ、ああ。これはれいな……いただきます」


 スプーンですくえばふわりと桜の香り。パウーはすっかり機嫌をよくして、それをぱくりと一口に頰張り──


「しょっっっっっぺえっっ」


 顔を真っ赤にして叫んだ。


「昨今のトレンドをかんがみ、甘さを控えめにした」

「甘さ控えめは塩を足せってことじゃないぞっっ!!」

「塩は砂糖とお互いを高め合い、しかも厄をける。安産祈願も兼ねて一石二鳥! 量も1kg作った。大飯食らいの女傑といえど充分に足りよう、ぐはははは……おっと、」


 ごおん、と響く正午の鐘の音を聞いて、


それがし、次の裁判があるゆえな。これにて」

「あっ、ま、待て! おなかの枝を外して……!」

「はたしてどんな傑物が産まれおるか。今から、それがしも楽しみである」


 がちがちがち!

 それが笑いであるらしい、白柱のごとき歯を鳴らす仕草をして、

 サタハバキはそのままズシンズシンと公務に戻っていった。


「……はあ~~~っ……」


 どっと疲れた、という言葉が適当であろう。

 パウーはバカっ広い客間で一人、頭を振っていきをついた。


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