錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫
2 ②
楽しみといえばたまにシシが訪ねてくれるぐらいで、
「これでは、我が子の前に──」
「自分が参っちまう、ってな感じだなァ」
「そうだとも。いくらなんでも、過保護すぎ……」
はっ! と、
パウーが顔を上げる。
聞き覚えのない声が自分の言葉を継いだのだ。
「へえ、妊婦向けにアイスクリームか。あのデカブツ、大御所グルメ気取りかしらんが、
「
謎の人影!
この距離まで気配の
ぐっ、と、人影の伸ばした手で支えられる。
「バカ。下手に動くんじゃないよォ。腹の子に悪いだろう」
「……あ、あなたは……!?」
きらりと光る、
差し込む光に照るクリムゾン・レッドの髪色は、否が応でも、自分の亭主のそれを思い起こさせ、パウーの敵意を一瞬で
キノコ守りの、女、である。
弓に
女はどこか愉快そうに、まじまじとパウーを見て、
「……ま~たえらい強そうなのとくっついたなァ、あのバカ。母親に似て苦労性だ」
「あのバカ、とは……」
パウー自身も不思議なことに、この気配なき侵入者に対して、すでに警戒心は
「それはビスコのことですか。あなたは、ビスコの……?」
「親戚さね」
女はぼりぼりと後頭部を
「
しかし、そのすらりと剛健な立ち振る舞いは、パウーをして、
(美しいひとだ……)
そう、うずくような嫉妬とともに思わせるものだった。
「
「このアイス
「ビスコに何の用です! 私はっ」
「ケッパダケで滋養をつければ。うん!
女は少女のような笑顔で、何らかの処置をした桜アイスのスプーンを、パウーの眼前に持ってきた。
「? あ~ん、しなほら。毒なんか盛らないよ」
「えっ、あ、あ……あ~ん……」
「いい子だ」
女の放つ不思議な包容力にあてられて、自然とパウーの口が開く。先ほどあれだけ
「!? 美味しいっ」
「滋養もある。母体には最適だろうさ」
「どういう手品です!? あの塩の塊をっ」
「なんだァ。亭主はこんなこともできないのか? ジャビの
なんだかあやされているようだ。パウーは困惑しながらも、女のペースを抜け出すことができず、されるがままになっている。
「んぐ、もぐ。せ、せめて、お名前を……んぐ!」
「マリーさ。マリー・ビスケットのマリー」
「ま、マリー……?」
「あたしなんかの名前より」
マリーはそこまで言って、突き出した人差し指でパウーの喉、胸元をなぞり、すべらかなお
「こいつの名前は、もう決まってるのかい?」
「ま、まだそんな。気が早いです」
パウーはマリーの迫力に
「でも、ビスコのように。
「あたしの意見を言えば、今から気負ってもしょうがないと思うね」
「そうでしょうか?」
「そうさ。あたしなんか、産んだ日に食ったお菓子で
「……あなたは、一体……」
「ほいっ」
ぼんっっ!
マリーがぱちん、と指を
「そ、そんな! 花はキノコを
「なら死にたがりの菌を発芽させりゃいい。キノコの自殺願望を
ぱんぱん、とパウーから木くずを払うマリー。それを見ながらパウーは、
(マリー。……まさか、『菌聖マリー』!)
ミロから聞きかじった、キノコ守りの伝説を思い出していた。
『弓聖』ジャビと並び立ち、次元の違うキノコの術を身につけた胞子の魔女。菌術の基礎を革新し、現代菌術の概念そのものを広く広めた胞子学者として、いまも広くキノコ守りに信仰される
そして、パウーにとっては、なにより……
(ばかな……菌聖マリーはとうに死んだと、彼は!)
「いざって時に
動揺するパウーの前で、マリーはこともなげに腰のサックを
「
「コンゴウハツ……?」
「パウー。会えてよかった」
パウーは膝元に置かれた、小さく金色に輝くキノコをまじまじと見、
そして
「んじゃな」
「マリー!
顔を上げたとき、
ほんのコンマ数秒前までそこにいたはずの、マリーの姿はなかった。
ほのかな胞子の輝きと香りを残して……
菌聖は、最初からそこに居なかったかのように、消えてしまっていた。
(…………。)
パウーに驚きはなかった。
何か不思議なみちびきを感じて、パウーは
(運命が動くときのにおいがする。行かなくては。ビスコのもとへ!)
決意とともに、部屋の隅にかけてある
「パウー殿! お
(すまない、法務官殿!)
ずしん、ずしん! と歩いてくるサタハバキを気取って、客間の窓を飛び降りた。パウーは黒髪を