錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫

3 ①

 そんごくうは……

 とうとう おしゃかさまの おいかりにふれ、

 おおきな いわの

 したじきに されてしまいました。


「ぐわー! ちくしょう ここからだせ!」


 さけぶ そんごくうに、

 おしゃかさまは……

 ……。

 ……。

 …………ぐう。

 いでッッ!

 は、鼻を引っ張るな! わかった読むよ、読む!

 ええと……

 そうそう。おしゃかさまは、こういったのです。

 ごくうよ、たすかりたくば、よくききなさい。

 500ねんののち、そこをひとりのおぼうさんが……。

 ……。

 いや、俺はやっぱり、ここのおしやさまは甘いと思うよ。

 筋斗雲やらによ棒やらを振り回して、あれだけ神の庭を暴れまわった孫悟空をだ。たかだか五百年の反省で許していいもんかね?

 被害者のことを考えたら、ここできっちり始末を……

 んぎゃわッッ!!

 父親のデコはたくな! わかったよ、私情は捨てる、ちゃんと読むから……

 おほん。

 そんなわけで、ごくうは、

 ながいときを いわのしたですごすことになったのです。

 あめのひも、かぜのよるも。

 そして、500ねんのときが……。

 すぎて……。

 ……。

 …………。


 そこでとうとう、父親がすっかり眠りこけてしまい、疲労の限界にうんともすんともいわなくなったので、


「……ぱっぱ。そんごくー、よんで、ぱっぱ!!」


 シュガーは不満そうにうなって、ぶんぶんとビスコの首をふりたくった。

 箱舟から落下し、宮崎県はてらすいわのあたりへ落ちて……

 まだ二日である。

 箱舟から逃げ、とんでもない高さから落下した三人は、シュガーが生やしたフウセンダケの発芽によって一命を取り留めたものの、落ちた先がまずかった。

 宮崎県てらすいわといえば、神武十八天の発神より以前、日本三大祖神の一柱を祭る神域であり、ゆうこくに並び凶悪な進化生物の温床でもある。アクタガワを失った少年たちが容易に抜け出せる環境ではないのだ。

 増して、子連れでは……。

 そういう背景もあって、


「ひとまずシュガーを育てよう」

「ええっ、そ、育てる!? この環境で!?」

「パウーの大事な時期に、このモンスターベイビーを連れ帰ってみろ! あいつの精神は肉体と逆に繊細だ、ストレスでお産に差し支える」

「それは、まあ、そうだけど……」

「むしろてらすいわに落ちたのは天啓かもしれん。神の子は神の庭に遊べというからな」


 そういうことになった。

 大変なのはミロで、ただでさえパンダのあざに、さらに深いクマを作ることになる。

 シュガーはひとときも落ち着いていない、何にでも興味を持たずにいられない性質で、文字通り無限のエネルギーに永遠に走り回られては母としてたまったものではないだろう。健康管理はもちろん、服を作ったり、遊んだり、寝かしつけたりと、もうケルシンハやアポロと戦っていたほうがよほどマシというほどのろうこんぱいぶりであった。

 結果、いま、

 ミロママは寝かしつけをビスコパパに任せ、寝袋の上にぶっ倒れている。

 そして頼みの綱のビスコお父さんも、膨大な数の絵本をしかばねのように積み上げて、それを背もたれにして眠りこけてしまっていた。


「おぎゃばぶ───っ」


 不満なのはシュガーで、その後、孫悟空がどうなったのか、なんとか父親を揺すったりたたいたりして吐かせようとしたが、もう死んだみたいに起きる気配がない。仕方がないので父の額からねこゴーグルを奪い取ると、その腕から飛び降りて、ようでゴーグルを装着してみた。


「……おおーっ。」


 早朝の水たまりをのぞき込めば、幼い顔にごっついゴーグルをした自分の顔がそこに映る。


「ぱっぱ、めがね。シュガー、つよい!」


 父の威風をその額に宿し、ご機嫌の様子。

 シュガーは先程までのふんまんをもうすっかり忘れて、水面に顔を近づけ……

 がぶっっ!!


「んぎゅばっっ!?」


 突然水たまりから飛び出した何かに、鼻っ柱をまれて後ろにすっ転んだ。鼻をんだ蜥蜴とかげのようなものは、その強烈な顎の力で顔面から離れようとしない。


「オワ~~ンっっ!!」


 その痛みよりも驚きで、シュガーは素っ頓狂な声を出して跳び上がった。驚きに呼応して、周囲の草むらからぽこぽこぽこっ! とキノコが咲き、その上をシュガーの小さな身体からだが転げまわる。


「うんだるら──っっ!!」


 ひとたび本気になればシュガーの怪力はすさまじい。何者かを顔から引っぺがして、

 どがんっっ!!

 その尻尾をつかみ、水たまりへたたきつけた。大きく水が跳ね、アメンボたちが逃げていく。

 驚いたのは、トカゲの方、もとい……

 これは『こけすべ』の幼生であった。

 眼球をもたず、頭をまるまる口として、白柱のような立派な歯並びを持つ様は、つつへびと似た進化を感じさせる。かわりに、つつへびがその名の通り蛇であるのに対して、こけすべはいわゆるトカゲ・イモリといった類の由来が濃いであろう。

 トカゲよりかなり長めの体側には、左右合わせて十対の足が生え、ちいさな五本指で地面をつかんでいる。『こけすべ』の名前どおり、背には豊富なこけをたくわえ、小さくカラフルなキノコがその深緑に華を添えている。

 ここ宮崎を代表するような、国宝的神獣である、それを──

 べぢん、べぢんっっ!!


「ずっ どどど──んっっ!!」


 すっかり興奮したシュガーはやたらめっぽうにたたきつけ、やがて、

 ぶちっ!


「んやっ!?」


 切り離された尻尾をつかんだまま、バランスを失ってスッ転んだ。尻尾をいけにえに一命をとりとめたこけすべはもう死に物狂いで、こけむした石の上をい逃げてゆく。

 シュガーはしばらくそれをで追ったあと……


「……おややっ。わすれものっっ!!」


 自分の手に握られた尻尾を見つめて目を見開くと、ミロが丁寧に履かせた靴をぽいぽい脱ぎ捨て、素足のままこけすべを追っていった。清水のきよらかな音が響くなか、小川の上の石をぴょんぴょん跳び跳ねれば、足跡から小さなキノコがぽこぽこ顔を出す。


「ずっどーん! とかげさん、まて───っっ!!」


 無邪気なこの声が、こけすべにとってはさながらしゆたけびに聞こえたことだろう。トカゲと幼児の追いかけっこはすさまじいスピードで続き、やがててらすいわの深い山の中に消えていってしまった。

 ……。

 一方、キャンプでは。

 ミロの枕から「ぼんっ」とスズナリダケが発芽し、りりりり、と目覚ましの音を鳴らす。ミロは喉の奥から「んぎゅう~~」ともんの声を絞り出し、三時間睡眠から無理矢理身体からだをひっぺがす。


「びすこ~~。交代だよ~~……」

「んぐ~~~」

「……ビスコ? ちょっとビスコ! 起きてよ!」

「ぐがっ」


 よだれを垂らして眠りこけていたビスコはミロに揺さぶられてようやく目覚め、


「すまん。えっと。そのとき、さんぞうほうしというおぼうさんが……」

「僕に聞かせてどうするの! シュガーはどこ!?」

「どこってお前、ここに……」


 ビスコは、シュガーを抱いていたはずの右肩を見て、


「いました。さっきまで、」

「ばかやろ────っっ!!」


 べしんっっ!! とすさまじい切れ味のビンタをらい、親にもぶたれたことのない令嬢のようなまなざしを相棒に向ける。


「お、お前、そんな強く」

「これだからっっ! 男性の意識の低さが、育児のハードルを上げるんだよっっ!!」

(お前も男性では)

「すぐ探しに行くよ。弓持って、短刀も!」

「そんな慌てんでも。あいつは神様だぞ、そう簡単に……」

「ビスコッッ!」

「はい!!」


 一瞬でそのを覚まし、わが子の足跡を追って跳び駆けてゆくのだった。


 こけすべに天敵はいない。

 てらすいわのこの深緑の山中において、水陸を自在に駆け回り、木のうろや石の隙間に入り込めるこけすべを捕まえるというのは、たとえ原生の獣であれ至難の業なのだ。

 ましてその名が示すとおり、今このようにこけむした石肌に張り付けば擬態も完璧。たかだか人間の幼児ひとりに、見つかるはずがない……

 こけすべ自身もそう思っていたに違いないが、直後、


「マ゛────────────ッッ!!!」


 神の子のほうこう


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