錆喰いビスコ9 我の星、梵の星

 さんれいの丘に、レッドは立っている。



(…………。)



 風が吹き付ければ、レッドの炎の髪がばさばさと躍り、夜に美しくなびいた。


『かっ』と見開かれた両目にはきようじんすいの輝きが宿り、煙るまつの向こうで、昼のように光る山頂を見つめ続けている。

 その、隆々たる筋骨。

 いわおのような背中、肩、腕、それらは歴戦の傷にまみれてなお力みなぎり、抱きしめれば巨木すらへし折るような、壮絶な迫力に満ちている。

 人呼んで『ふただけのレッド』。

 地球最後のキノコ守りであった。たくましく組まれた両の腕の中に、脅すように張り出したその胸が、レッドが『女戦士』であることを最後に付け加えていた。



(今日が、あたしの。)

あかぼしビスコの──)

さいの戦いになるわけか。)



 あかぼしビスコ。

 レッドの本名である。己の名をひとつつぶやいて、拳とてのひらをばしんと合わせれば、なめしだけがいとうがはためいて太い両腕があらわになった。

 その腕、いや、レッドの全身には、まるでごうのようないれずみが刻まれ、実に喉首までを覆っている。そのいれずみの一つ一つが、うずくような痛みをってレッドに語りかけるのだ。


 勝て、ビスコ。

 勝て──



(勝つさ。)


 レッドは己の中に揺蕩たゆたう無数の英霊たちにそう言い聞かせ、焦げるように熱いいれずみをひとですると、再びがいとうでそれを覆った。


(あと少しの辛抱だ。あたしの中の、幾千人の英霊たち。)


 いれずみが放つ、怒り、無念、祈り……。

 今やレッドの中には、それら魂のえんが力となって渦巻いている。度重なる戦いで散っていったキノコ守りの英雄、その力の集積体が今のレッドなのだ。

 負けるわけにはゆかぬ。

 自分のため。英霊たちの無念のため。そして……


「ビスコ!」


 澄んだ声が、背後からレッドに呼びかけた。うつそうとした森林を器用にかきわけて、あいがにアクタガワの姿がのそりと現れる。

 そして、そのあんじようには。


「探したよ。一人で動いたら、危ないってば!」

「ミロ!」


 ねこやなぎミロ、二つ名を『ふただけのブルー』。

 レッドとは魂のきずなで結ばれた、相棒である。きよなレッドと反対の小柄な少女ながら、パンダあざの奥には強い意志の光をきらめかせている。


「逃げたと思ったか、あたしが?」

「まさか。でも、思いつめてたから。一人で行ったかもとは思うじゃん」

「行くわけない。あたしは約束は守る!」


 すねたように頰を膨らませるブルー、レッドはその隣に飛び乗って肩を組み、強引に相棒の頭を胸にかき抱く。


「怒るなよお。あたしとおまえ、死ぬときは一緒さ。だろ?」

「むう~~っ……」


 アクタガワは少女二人のやりとりに、あきれたようにはさみで土をほじっている。結局なんだかんだでブルーが懐柔されてしまうところまで含め、いつもの光景なのだ。


「──だめだよ、死んだら。シュガーのために、生きて帰らなきゃ」

「そうだ、ミロ。シュガーはどうした?」

「カプセルベッドの中で、ぐっすり寝てる。チロルがしんごんの結界を張って、そこに隠してくれたんだ。外から見つかることはないはずだよ」

「で、そのチロルは?」

「あっ……」

「お~~い、バカパンダ!!」


 理知的な声がの森の中から響くと、「ぜえぜえ」と息を切らせて、小柄なシルエットがそこに現れた。

 アクタガワの足元にへたりこみながら、くらげ髪の少年が恨みがましく言う。


「あほか。ぼくが結界を張っている間に、置いていくな!」

「ご、ごめん! ビスコが心配で……」

「乗れ、チロル!」


 笑ってレッドが差し出す腕を、汗だくのチロル少年は黒縁眼鏡越しににらむ。

 やがて眼鏡を直し、「ふん!」と鼻を鳴らして助けを借りると、引っ張り上げられた身体からだをアクタガワの荷物袋に滑り込ませた。


「いいかあかぼし。〈さびがみ〉を仕留めるチャンスは、ほんの一瞬だ」

さびがみ〉。

 チロルが発するその名前こそ、キノコ守りの宿敵。人類の魂を奴隷とし、滅びの静寂の中に君臨する、歯車の神である。

 レッドたち三人と一匹、この場に残った最後のキノコ守りたちの使命は、このさびがみを打倒し、その支配を打ち破ることにある。


「お前のたかを使って、やつの知覚の外から弓をぶち当てる。あのパウーがてつこんかなわなかった相手だ、有視界戦に持ち込まれたら勝ち目はない」

「…………。」


 ブルーがわずかにうつむき、まつを震わせる。その横顔を見て、レッドは己に刻まれたいれずみが、一層熱く燃えるのを感じる。


「……パウーの命を無駄にはしない。あたしが負けるもんか」

「ビスコ……」

「行こう」


 レッドは短く言いながら、決意の弓をその手に構える。


「あたしの中には、死んでいった皆の力が宿ってる。だからあたしを信じろ、ミロ。みんなで生きて帰って、かならずシュガーを抱き締める!」


 ぎらりと輝くすいの両目を見返して、


「……うん!」


 ブルーが強くうなずく。そしてアクタガワの手綱を取ると、さびがみの待つ山頂めがけておおがにを駆けさせてゆく。

 眼下に広がる滅びの世界を見ながら、レッドは炎の髪をなびかせる。身体からだの内に燃え上がるいれずみが、しやくねつとともに訴えかける。



たおせ ビスコ』

『骨折り 身を焦がしても』

さびがみたおせ』──



(わかってる!)




 し掛かってくる英霊たちの思いに応えるように、すいは光り輝いた。



(勝つ。)

(絶対に、勝つ!)

(あたしのために死んでいった、みんなの魂のために!!)





刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
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錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
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錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
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