錆喰いビスコ9 我の星、梵の星

「うおお───っ、勝つっっ!!」


 威勢のいい声とともに、ビスコは跳ね起きた。

 大きな天幕の中である。

 屋根からったランタンの中に小さながゆらぎ、眠る家族たちを照らしている。ビスコは自分が何に返事をしたのかわからないまま、


「………???」


 自分の中で燃える高揚感を持て余して、寝ぼけた頭をひねった。



(…………あれ?)

(なんで寝てんだ、こんなとこで……)

(俺はミロとさんに登って、)

(それで……?)



 不思議そうに自分の身体からだを眺めまわせば、あれだけびっしりと刻まれていた烈火のいれずみは影も形もなくなっている。なんだか身をまもるものがなくなったような気がして、ビスコは自分の肩を抱いて「ぶるる」と震えた。

 そこに、


「パパ?」


 隣で眠っていたシュガーが、をこすりながらむずむずと起き上がってきた。


「どうしたの、きゅうにい?」

「……シュガー、」


 ビスコは数秒間、娘の姿を見て固まっていて、やおら「うわあっ」と慌てたようにその身体からだを抱きしめる。


「シュガー! い、いつの間に結界から出たんだ!?」

「けっかいぃ?」

「戻らないと狙われちまう! そうだ、さびがみのやつに──」

「さびがみ?」

「…………???」


 だれだそいつ?

 ビスコは自分で言った言葉を自分で理解できず、口を開けたまま混乱にほうけてしまった。シュガーはそんな父の頭をポンポンとたたいて、眠そうな声でたしなめる。


「どーせオバケの夢みたんでしょ。シュガーがまもってあげるから、心配しないの!」

「いや、違う、俺は、」

「あしたは海で一日中あそぶんだから、パパもちゃんと寝ないともたないよ。きのこおねんね、ぷ~いぷい。はい、おまじない」

「頼むよ、聞いてくれ、シュガー!」

「いやです。おやちゅみ」


 スコーン! とそのまま自分とミロの間に倒れ込み、秒で寝息をたてはじめる娘を見つめて、ビスコはしばしぼうぜんとしていた。

 右隣には、シュガー、ミロ。

 左には、パウー、ソルト。

 なぜかついてきてるチロル……。

 そして天幕の外からは、アクタガワの気配を感じる、いつもの旅暮らしの夜である。ビスコは徐々に記憶をはっきりさせて、先ごろまでの不思議な夢を忘れてゆく。



(俺は、何を見たんだ?)

(もう思い出せねえ。)

(なのに肌触りだけ残ってる……。)

(気味悪いぜ。)

(こんど先祖ように行ってこよう。)

(くわばらくわばら……。)



 ビスコはシュガーのとなりでふたたび毛布をかぶる。しかしいちどき思いつめだすとそのはぎらぎらにえてしまい、


(寝れん!!)


 結局夜が明けるまで眠りが訪れることはなかった。







刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
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